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テクノ新譜試聴メモ:Inigo Kennedy - Strata

5月18日リリース。最近聴いているテクノのアルバムは何かと聞かれたらこれです。とてもいい。飽きずに繰り返し聴ける。

Inigo Kennedy - Strata [Token 82]

Inigo Kennedy(イニーゴ・ケネディ)はUKを拠点に活動するベテランで、どこかのタイミングで超人気になったというよりは、細く長く活動しているいぶし銀のアーティスト。90年代後半はハードミニマルの旗手としてMissileやMarco LenziのMolecular、スロヴェニアのExpireなどからリリースしているほか、何と言っても自身のレーベルAsymmetricからの作品が印象深い。特に初期は無慈悲なストロングスタイルのツールトラックが目立つ(2番のA1がめちゃくちゃ好き)。

個人的なイメージが変わったのは2013年の"Cathedral"[Token 27]。フロア志向のヘヴィーなミニマルである点はブレずに、125bpmの世界観のなかで独自の瞑想的なメランコリーを打ち出してきたので、こういうのも作れる人なのかと驚いた記憶がある。音響的にも空間上の広がりのある、界隈ではちょっと変わった音像で、以降また注目するようにしていた。

詩情あふれるストレートなテクノ

本作は6枚目のアルバムで、ベルギーテクノ定番レーベルTokenからのリリース。このレーベルのダーク&インダストリアルなイメージも今は昔、昨年のSighaのアルバム"Metabolism"を例に出すまでもなく、ディープ方面やロウ・スタイルのプロパーなテクノにもリーチする懐の深いレーベルになった。

アトモスフェリックなノンビートの"Clarion Call (Return To Nothing)" (2015年の曲のセルフアレンジだ)に続き、最初におっと思わせるのは2曲目の"Trapezoid"。12拍でループするマイナー調のシンセリードのリフが、シンプルなノコギリ波からゆっくりと変質しながら、連動して周りの景色もどんどん変わっていく。4つ打ちを予感させるイントロから半分のノリの変則キックに入るところも意外性がある。

続く"Mood Shift"と"Shudder"はストレートな縦ノリの4つ打ちテクノ。どちらも特に変わったことはしていなくて、教科書通りというか、低音域を支える基礎の充実の上に、自然体のシンセのアルペジオが踊る。BPMはいずれも130で、かつての抑制的な雰囲気は感じられない。

これは別途レビュー記事にするかどうか分からないけれど、今回ほぼ時期を同じくしてリリースされたSurgeonのニューアルバム"Luminosity Device"[Dynamic Tension LP4]にも感じたこととして、テクノのアートフォームの基本に立ち返るような動きが(特にハードミニマルのベテランのなかに)あるような気がしている。

奇をてらわず、フォーマットに倣って、快楽原則に忠実に作るだけでも十分に作家性を出すことはできる。特に、彼らのようなベテランには、20年以上にもわたるテクノ活動のなかで言語化できない「身体的ノウハウ」が蓄積されていることは間違いなく、彼らの身体を通してインプットとアウトプットが為されるだけで価値が生まれるのだ。それは懐古主義では全然なくて、「いろいろ試してはみたけれど、やっぱりこういうのがいいよね」というテクノの原初の煌めきのようなものの不動の価値を示してくれる。

このアルバムにおいてInigo Kennedyの作家性はどこにあるかというと、どこまでも孤独でダウナーで、しかしとてもエモーショナルな、独特の詩情にあると感じた。共有体験を至上とするEDMのような音楽とはまったく対照的に、真っ暗なフロアで聴くミニマルテクノは完全にプライベートな体験で、そのような時の脳のテンションとこういう音楽はリンクしやすいと思う。つまり、ずぶずぶとハマってしまう。深夜に散歩しながらGoogle Play Musicで聴いてみたら、めちゃめちゃ波長が合って良かった。

リッチな空間系エフェクトが生み出す、無限遠の広がりを感じさせる音響にも個性がある。こういうタイプのサウンドと、DJツールとしての実用性をどちらも共存させる手腕はさすがだなあと思う。

全体のトーンは変えずに、アルバムとして様々な色調の変化も見せてくれる。ハードなトラックが続いたあとの7曲目の"Stillness Expanded"のアンビエンスの深さは劇的で、このままチルアウトかと思いきやさらにもうひと展開待っている。

Apple Musicにもあるので、普段テクノを聴かない人にもおすすめしてみたい作品。ハッピーなアルバムでは決してないけれど、瞑想と覚醒を同時に体験するような、テクノならではの良さの一端に触れることはできるはず。


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