令和初期を代表する純愛小説【書評】#しょぼい喫茶店の本

柴崎コウさんの「泣きながら一気に読みました」というレビューで300万部を超えるヒットを記録した「世界の中心で愛を叫ぶ」。あるいは、「ケータイ小説」発の「恋空」や「DeepLove」の大ヒットも、平成を象徴する物語だったといってよいだろう。以上の3作に共通するのは、主人公や恋人が病に侵され、帰らぬひととなるストーリーだ。


しょぼい喫茶店の本は、就職活動に失敗して絶望の中にあった主人公が、看護師としての激務でうつ病になった女性とともに、小さな喫茶店を立ち上げて結婚するという「回復の物語」である。平成中期に流行した、「喪失の物語」と対をなしている。


思えば平成は、機械化が進み人間か危険作業をする必要性がなくなり、物理的に豊かになった時代だった。機械化が進んだ結果、多くの仕事は「誰にでもできる仕事」になり、その物質的豊かさと反比例するかのように、人々は社会の中で自分がどのような立ち位置を占めるか迷い、精神を病んでいった。


「ナンバーワンではなくオンリーワン」というフレーズも印象的だった。しかし、社会の中でオンリーワンの位置を占められるのは、特別な頭脳や身体能力をもったスターだけであって、仕事という面では「誰にでもできる仕事」として交換可能になり、居場所を見つけられなくなった時代だったといえる。


本書は「起業」の物語である体をとりつつ、「ボーイミーツガール」で少年が大人になるという成長譚という、普遍的な物語である。居場所を失った若い男女が、お互いをオンリーワンの存在として見出し、社会のなかに居場所を見つけ、また居場所を作ってくれた先人に感謝し自分たちも次の世代に希望をつないでいく。


僕は結婚してから仕事やお金に対する考え方がだいぶ変わった。しょぼい喫茶店がオープンした頃は自分が明日死なないだけのお金があればいいやと本当に思っていたけど、今はそれではだめだと思っている。妻がいて、長野と鹿児島に両親がいて、そんなに遠くない将来には子供もいると思う。妻にはおいしいご飯を食べてほしいし、あたたかくて柔らかい布団で寝てほしい。両親にはいつかサプライズで高級なマッサージチェアーとか送ったりしたいし、子供には自分が両親にしてもらったくらいはしてあげたい。僕が今楽しく幸せと思えるのは、僕の周りにいてくれる人たちのおかげだ。(しょぼい喫茶店の本より引用)


ちいさな世界でオンリーワンになり、ささやかな希望を次の世代につないでいく。言葉にできない不安感や絶望感が支配していた平成の時代が終わり、新しい時代になっていく。そんな中で、大きな潮目になると感ぜられる1冊だった。


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