じぶんカメラの話 (1)

人は写真に写るとき、ちょっとでも良く写ろうとします。
笑顔をつくったり、顔が小さく見えるようなポーズをしてみたり。

あれって、誰のための、何のための演出なのでしょうか。後でじぶん以外の人に見られて恥ずかしくないように、なんて対外的な理由として、じぶんを納得させてしまいがちですが、本当はじぶんの写っている写真を見返すのは、本人がいちばん多いのではないでしょうか。

となると、より良く写りたい願望というのは、未来のじぶんが写真を見返したときに、過去のじぶんを肯定したいという気持ちがあるからなのかな?と考えました。

自己肯定するための『じぶんカメラ』とは何か。まずは、じぶんのポジショニングを確認するためのカメラのことを、学生に向けて話します。

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「今日はカメラの話をします。注意深くテレビを見ていると、スタジオでもロケでも、撮影現場にはカメラがたくさん存在することに気づきます。

例えばスタジオ収録の番組だと、中央にあるスタジオ全体を撮るカメラ、右側から人を撮るカメラ、左側から人を撮るカメラ、人のアップだけを撮るカメラなどがあり、スイッチングしながら放送しています。

そうすることによって、奥行きが出たり、視野が広がったり、逆にフォーカスすることで、人やモノの奥深さが見えたりします。さて、みなさんは日常生活において、自分自身が映っているカメラを何台持っていますか?」

「先生、論点が見えません!」と学生。

「ふむ。例えば、『相手の立場になって考えてみなさい!』なんて過去に大人から言われた、みたいな経験ありませんか?

あれはカメラを増やしなさい!、すくなくとも相手から見た自分が見えるカメラを設置しなさい!という教えだと思うのですが、そういう視点のお話です」

「普段から、自分のカメラは何台あるかって話ですね。だとすると、自分の目がカメラAとして…自分の頭の斜め上くらいにいて、自分を映すドローンみたいな俯瞰視のカメラBが時々現れる?みたいな感じです」と女子学生。

「なるほど、なるほど。Bのカメラはどんな感じの自分が見えるのですか?」

「そうですね…『鏡に映る自分』というか。そんな感じです。ちなみに熊野さんは何台ですか?」

「僕は3つ4つですかね。(1)自分の目、(2)俯瞰視、(3)もっと俯瞰視みたいなカメラ、(4)相手がいる場合は相手の目のカメラです。(1)〜(3)は順に自分とカメラの物理的な距離が遠ざかっていくようなイメージです。距離と比例して、自分の感情も薄まっていくように設定しています。

例えば、僕はいつも妻と喧嘩したときに、途中まではカッカしているのですが、途中からスっと怒りが引きます。これは、カメラを切り替えているんですね。もちろん、怒りが引くといっても完全に火が消えたわけじゃないので、妻の目線のカメラには切り替えられないのですが。

いちばん遠いカメラから見た自分は、客観的なカメラかつ、感情が薄いカメラなので、単に怒っている中年男性が映っているわけですね。しかも、とてつもなくだらない理由で怒っている(笑)すると、なんでこの人は怒っているんだろう?という気持ちになり、さっきまでの感情がスッと引いてしまうわけです。

二重人格か!って言われそうなことではありますが、カメラを切り替えることで怒りのリミッターが効くわけですね。

でも、それで喧嘩が治まるのかというとそうではなく、僕が突然冷静になることで、逆にカッカしている妻の怒りの炎に油をドバドバ注いでしまうことになるのですが(笑)

おっと。脱線した。さっきお話いただいた『鏡に映る自分』というのは、じぶんの気持ちは主観的なままですよね。これを視点を切り替えるタイミングで気持ちの距離まで切り替えられるようになると、面白い人の見方、世の中の見方がいっぱいできるようになりますよ」

「え?どういうことですか???」


この話は、次回へつづきます。




Text : 熊野森人 (@eredie2)
Illustration : ぎだ (@gida_gida)

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「じぶん編集」の授業

美術大学で学生に伝えている、デザインにおける考え方やコミュニケーション、健やかに生きていくための思考方法のまとめ。「じぶん」を再発見する為にどんなことを普段授業でしているかをご紹介します。
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