医療従事者が知るべき、性風俗の話

昨年日本では44年ぶりに、梅毒の感染者が5000人を超えました(1)。

2011年頃から増加が指摘されてきた梅毒ですが、大きく話題になったのは昨年です。性風俗の仕事をする女性と結び付ける報道が多いことが印象的でした。

男性患者の大半が30代以上である一方で、29歳以下の女性患者が急増していること、同性間での性交渉よりも異性間の性交渉での感染が増加していること、また梅毒の届出の備考欄に、性風俗産業の従事歴や利用歴が記載されているケースが増加していることから、外国人観光客増加と結び付けつつ、性風俗産業に従事する女性を中心に梅毒が広まっているのではないかと予測する声があります(2)。

厚生労働省は梅毒の調査・分析強化のため、梅毒発生時の届出事項に性風俗の従事歴、利用歴を追加しました。産婦人科をテーマとした漫画「コウノドリ」では、風俗嬢から梅毒の感染を受けた男性が妊娠中の妻にも梅毒を感染させるというエピソードが緊急無料公開されました(3)。


私は、大学生の頃に性風俗産業に従事する女性のキャリアを支援する会社でインターンシップをしていたことをきっかけに、現在でも性風俗産業で働く女性と接する機会は医療従事者の中で相当に多い方だと感じています。

その立場からは、性風俗で働く女性が梅毒増加の要因となっているかどうかに関しては何とも言えず、可能性としては十分に有り得ると考えています。そしてそれ以上に今回、特に「コウノドリ」が無料公開されたことを受けての医療従事者の、梅毒検査の啓発方法はあまりにひどいと感じています。

「風俗に行ったら性感染症の検査を」「風俗嬢が全員性病検査をしていると思うな」そんな言葉が並ぶSNS。風俗嬢自身がその言葉を見た時にどう感じるか。性風俗が梅毒増加の原因のひとつだと思うのなら、「風俗で働いている人も病院に来てね」とどうして言えないのか。風俗嬢達がそれぞれひとりの人間であることに想像が至らないが故に、当事者にアプローチできない、公衆衛生活動上の初歩的なミスをしていました。

あまりに心ない言葉への怒りを抑えられない一方、「医療従事者自身が性風俗で働く人々と日常の中で出会う機会を持たないが故に、性風俗産業自体が、どこか別の世界の話であるように思えてしまうのではないか」とも想像します。確かに、実感を持たない遠い世界の存在ならば、実在の人間として想像できないのも理解できます。

一方、性風俗で働く女性達から、「性病検査に行ったら『そんな仕事するな』と説教された」「風俗嬢だと言ったら子どもを虐待していると疑われた」と、「もう病院に行きたくない」という言葉を聞くことが決して珍しくないのも、彼女たちとの関わりの多い看護師としては事実です。

性風俗産業は「だらしない女」あるいは「貧困問題」といったイメージや、そこで働くことの是非で語られることが多い業界。しかし実際はその「是非」を語ったところで、当事者の抱える問題の大半に対しての有効策に繋がるケースはほとんどありません。

今回は、主に統計データや当事者の声から、性風俗産業が抱える課題の中で医療に関するものを取り上げ、医療が性風俗産業とどのように関わっていくべきか、どのように触れることが当事者や公衆衛生にとってベストであるのかを検討していきます。


日本の風俗嬢は約30万人

法律上はパチンコや水商売も「風俗営業法」の中にあります。一般に「風俗」と呼ばれる、女性店員が男性の客に性的なサービスをする仕事はその中で「性風俗関連特殊営業」と呼ばれる法律に該当し、営業のためには届出が必要です。

警察白書、及び大手の広告事業を基に出した性風俗店数から推計する風俗嬢の人数は、現在日本に約30万人というデータがあります(4)。

また、性風俗業界での平均就労年数(とはいえ性風俗業界は1日だけ~何十年も働く人もいるので上下共にバイアスが大きい)は約10年。この値から考えると日本女性の4%前後は性風俗で働いた経験を持っており、分かりやすく言えば女性の20~30人にひとりは性風俗産業で働いている(あるいは働いた経験がある)可能性がある、というのは、医療従事者は見過ごすべきではないと感じます。外来受診した女性が20人いたら、1人は現・あるいは元風俗嬢とはたしかに想像しにくいことですが。


日本の風俗店の大半は店舗を持たない

以前、救急医の友人から、「風俗の女性が客に酒の瓶で殴られたって来たんだけど、どういうことなの?どうなってるの?なんでスタッフの男の人普通に付き添ってるの?殴られる前にどうにかしないの?」と混乱した様子で訊かれたことがあります。

性風俗店には大きく分けて、店舗型と無店舗型があります(4)。

店舗型は多くの方が歓楽街などで見たことがあるであろう、ソープランドやファッションヘルスといった形態となります。一方無店舗型は、事務所(多くは雑居ビルなどの一室)でスタッフが客からの電話を受け、客が指定した自宅やホテルに女性店員を派遣するもので、主にデリバリーヘルスと呼ばれます。

1999年頃からの風営法改正に伴い、店舗型性風俗店の経営は建築基準や営業時間などの問題から減少、それに伴い、規制がある程度緩い無店舗型風俗店は今も増加傾向にあります。現在の性風俗の約7割はこの無店舗型性風俗店です。

昨年、群馬県のホテルに派遣されたデリバリーヘルス勤務の女性が、客の男に切りつけられる事件が起きました(5)。同年、池袋のホテルでも、デリバリーヘルス勤務の女性が客の男に殴られ、現金を強奪される事件が起きています(6)。

店舗型風俗店では、呼べば届く距離に男性スタッフがいますが、無店舗型はそうではありません。客が先にホテルに入っている、あるいは自宅に行く業態では暴力や盗撮といった被害が後を絶たず、働いている女性が常に危険に晒されているのが現状です。さらに昨今のラブホテルのドアは手動ロックではなく、部屋に入った途端に鍵が自動でロックされ、部屋の入口に設置されている会計システムにお金を入れて会計を済まさなければ開錠されない、つまり被害に遭いそうになってもすぐに逃げられないシステムとなっていることも、被害を増やす要因のひとつになっています(7)。

救急医の友人にこの説明をすると唖然としていました。その仕組みを知らずに当人の話を聞くことはたしかに難しいのではないかと、もっと早くに話しておけばよかったと私自身も大変悔しい思いをしました。

店舗型風俗店が堂々と営業できることが性風俗で働く女性のために最も必要ですが、法律を変える力も無い現状、身体的・精神的被害に遭った女性が真っ先に関わる場所として、医療機関が知識を持つことはとても重要なことではないかと私は考えています。


なぜ性感染症リスクが上がるのか

日本では売春防止法の元、金銭のやり取りが発生する性器性交は禁止されています(ソープランドは「風呂屋に行ったら偶然女性がいて偶然その場でお互い恋に落ちて自由恋愛の元セックスをした」という大変ややこしい建前を持つシステム)(8)。

ですが実際に性風俗と性感染症は切り離せない関係にあります。なぜ性器性交がない筈なのに性感染症が問題となるのでしょうか。

ひとつは、性風俗店で行われる新人講習で、体液や粘膜接触を伴うスマタ(股に男性器を挟む疑似性行為)が教えられており、挿入はしなくとも体液との接触が避けられないこと、もうひとつは、多くの性風俗店が生フェラ(コンドームを使用しないフェラチオ)を当たり前に指導していることが挙げられるように思います。

性感染症のリスクは風俗嬢と客の両方に影響するものなので、互いに性感染症予防を意識できれば良いのですが、一般教養としての性感染症の知識が広まっていないことや、「生」=コンドーム無しでの接触に価値があるとする客側のニーズから、経営側の指導が全く行き届いておらず、性感染症リスクへの対応がなされていないのが、日本の性風俗産業の現状です。

その中で、店によっては自己検査キットでの性感染症検査を義務付けている性風俗店もありますが、自己検査キットで感染が判明した時に「店で検査したら陽性だった」と近隣の産婦人科を受診するのはハードルの高いものですし、検査を義務付けていない店に在籍する風俗嬢から「毎月同じ産婦人科行ってたら風俗ばれて超怒られた」と報告を受けることは私自身何度もありました。
私個人の経験だけでなく、性風俗産業に従事する当事者グループが当事者と研究者、支援者の成果をまとめた「セックスワーク・スタディーズ(7)」という本でも、医療従事者によって性風俗へのスティグマが強化されている現状が書かれています。


同意の無い性器性交は「犯罪」である

性器性交のことを性風俗の業界では「本番」と呼びますが、性風俗産業には、無店舗型性風俗店、性感染症の両方に関わる、「本番強要」という問題があります。

先述の通り、ソープランド以外での性器性交は法律で禁止されています。店の中に本番をする女性店員がいると客が他の女性を指名した際に「○○ちゃんは本番させてくれたのに」と強要する可能性があることからも、店単位でも本番行為は厳しく取り締まられています。

しかし客の中には禁止されていることを知りながらしつこく本番をせがむ者や力ずくで挿入行為を行おうとする者もおり、先述の群馬のデリヘル嬢切りつけ事件も、「本番を断ったことで切りつけられた」というものです。

本人の同意のない性器挿入行為は、店や業界のルールに違反しているだけでなく、明確に犯罪です。レイプ被害を受けたとして病院で適切な対応を受ける権利があります。

しかしそのことを知る医療従事者はどれだけいるのでしょうか。「風俗嬢なのにレイプに遭った…?」と首を傾げる方のほうが、圧倒的に多いのではないでしょうか。

日本では性暴力被害者の支援を専門とする看護師(性暴力被害者支援看護職・通称SANE)の養成が行われており、性暴力に対する関心は今後も高まっていくと考えていますが、基本的な知識の中に、こういった問題も入れていただければと切に願います。


「やらなければいい」で済む話ではない

上記のように、性風俗産業に従事することでのリスクを挙げると「じゃあそんな仕事しなければ良い」という方が必ずいます。

ですが、そんな話は、どうでも、本当にどうでも良いのです。誰が性風俗の仕事を否定しようと、そこで働いている人達が今すぐ全員揃って辞めるわけがありません。働いたその日に収入が手に入ることで生活を成り立たせている人も、何かしらの病気によって昼の仕事ができない人もいる。リスクがあってもそれ以上のやりがいを感じている人も、もちろんいる。

店舗型風俗店を規制して潰そうとしたことが結果的に無店舗型の性風俗店の増加に繋がり、性風俗で働く女性たちを危険に晒すことになったのと同様に、単純な職業への否定は彼女達を孤立に追い遣ります。また、性風俗で働くリスクと書きましたが、実際のところ性風俗産業の問題とは、法律の追い込みや客側のモラルあるいは人間性といった社会の問題であり、その中でも性感染症予防の知識は性風俗に限らず、広く一般に啓発されるべき課題です。


性風俗で働いているからといって眉を顰める医療従事者ばかりではないことも重々理解しています。性風俗関係の勉強会に毎回のように参加する医師や看護師を私は誰より信頼しているし、風俗嬢の友人が「かかりつけの病院で『気を付けて』って性病予防のパンフレットもらった」と嬉しそうに言っていた時の安堵感を絶対に忘れません。「言われないだけで、風俗で働いている患者はもっとたくさんいるのかもしれない」と話してくれた医師の存在に心から救われたことが、今回記事を書こうと思えたきっかけでもあります。

性風俗産業は仕事の特性上、医療との結びつきを切ることができません。だからこそ彼女達にとって、病院に行くこと、即ち医療と関りを持つことが不要な傷付きに繋がらず、人として当たり前に尊重される医療を受けられるよう、心から祈っています。


(1)厚生労働省.梅毒の発生動向の調査及び分析の強化についてhttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000203809.pdf

(2)若い女性に梅毒が流行中! 患者が増えた二つの理由https://www.buzzfeed.com/jp/yoshitomokobori/baidokuoutbreak

(3)コミックDAYS編集部ブログ『コウノドリ』梅毒エピソードを緊急無料公開!https://comic-days.com/blog/entry/kounodori_baidoku

(4)荻上チキ・飯田康之(2012).夜の経済学.扶桑社

(5)呼んだデリヘル嬢切り付ける 46歳男を逮捕 被害者?ツイート「客に殺されかけたよ!!」https://www.sankei.com/affairs/news/180614/afr1806140020-n1.html

(6)「プロ意識が低い」とデリヘル嬢に激高…初風俗で支払いの料金26万奪った都立高教諭の怒りの沸点https://www.sankei.com/premium/news/170624/prm1706240025-n1.html

(7)SWASH編(2018).セックスワーク・スタディーズ.日本評論社

(8)中村淳彦・勅使河原守(2015).職業としての風俗嬢.宝島社新書



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木村映里

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