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医療とタトゥーは共存し得るかータトゥーアーティストの語りを考察する

医師免許なくタトゥー施術を行ったとして、医師法違反で大阪のタトゥーアーティストが2015年に逮捕、起訴され、第一審の有罪判決から一転、2018年11月に無罪判決が言い渡されました(1)。

世間の関心を大きく集め、現在最高裁へと上告されているこの事件は、医療関係者の間でも好奇心とわずかな危機意識を持って注目され、私の周りでは、非医療従事者は「タトゥーは文化だ」「絵心のない医者に彫られるなんて御免」という反応に、医療従事者は「針で人の身体を傷付けるんだから医師免許が必要」「感染症や皮膚トラブルが起きた時の尻拭いができない一般人がやるべきではない」といった反応に分かれており、タトゥー・刺青への認識の違いやある種の分断を感じる状況となりました。

日本でタトゥー・刺青は、世間的には暴力団やアウトローのイメージを持たれることが多いものの、若年層の間では自己表現やファッションとして浸透しつつあります(2)。
一方で、タトゥースタジオの衛生管理や針の使い回しによる感染症の存在、インク成分による皮膚癌はじめ皮膚トラブルのリスクが指摘されており(3)、私も看護師として関わる、主に高齢の患者が、タトゥー・刺青が原因と思われるウイルス性肝炎を発症しているケースを目にすることは、そう珍しいことではありません。

私自身は、育った地域の特性か、物心ついた時からタトゥーを入れている知人が少なからず周りにいます。友達の父親の腕に、お祭りで見かけたおじさんの背中に、アルバイト先の先輩の足に、一緒に海へ行く友人の腰に、恋人の胸に、当然のようにタトゥー・刺青があって、「どこのスタジオで入れた」「特に痛かった部位は」「彫師さんがこんな人で」という会話が日常に入り込んだ人生を送ってきました。

私が看護師になったのと近い時期に、タトゥーアーティストが医師免許を持っていないことを理由に逮捕されたと知り衝撃を受けたと同時に、医療側の人間になってしまった者としてどう捉えたら良いのか分からず、ひどく困惑したのを覚えています。

そしてそれ以上に、知人の医師達が飲み会のネタとして「医師免許必要になったしタトゥークリニックでもやる?」と笑いながら話していたことが、どうしようもなく悲しくて悔しかった。タトゥーを入れる覚悟を舐めているのかと、私の愛する人達が人生を共にすることを決めたタトゥー・刺青という存在に、土足で踏み入られたようなやるせなさを感じました。

医療や保健衛生とタトゥー・刺青は、人間の肌にインクを入れるという特性上切っても切れない関係にあります。
現在、多くのタトゥースタジオのホームページでは、「針は使い捨て」「オートクレーブの使用」「施術台には使い捨てのシートを貼って毎回交換」など衛生管理の徹底が謳われており、タトゥーアーティストの感染症に対する努力が伺えますが、実際にどのように衛生管理が行われているのか、アーティストがどうやって知識や技術を身に付けるのか、感染症をはじめとする安全面について、タトゥーアーティストは知識を持っていると言って良いものなのか、明言することができません。

タトゥー・刺青は、それを愛する人とアーティストのためにあるもので、医療だからといって軽々しく踏み込んで良いものでは無いという事実と、人の肌にインクを入れることは確実にリスクで、安全のために医療と分断してはいけないという事実に、どう折り合いをつければ良いのか。

まずはタトゥー・刺青の現状を知らなければと考え、京都にあるTATTOO STUDIO Ray’s(4)にて、タトゥーアーティストのダニエル・レイ・ブルースターさん、広報のISOさんより、タトゥーを取り巻く状況に関するお話を伺いました。


タトゥーアーティストの知識体系と衛生管理

「僕達は、このスタジオに関する話や僕達が勉強してきたことに関する話はできますが、タトゥー業界の代表という形でのお話はできません。日本ではタトゥースタジオを開設するための一定の基準がなく、マンションの一室などで開業しているアーティストもおり、状況が不透明なのが実情です」
土足禁止、白い壁紙、煌々とした照明の施術室で、ダニエルさんはそう前置きをします。

埃ひとつ落ちていない施術室には、施術台、横にあるワゴン、さらにライトにも透明ビニールが巻かれており、顧客ごとに破棄し、張り替えるとのお話です。

(右から3番目がダニエルさん、左奥がISOさん)

タトゥー・刺青は、施術部位の洗浄、消毒後に、タトゥーマシンと呼ばれる針のついた機械を用いて真皮にインクを注入することで皮膚に装飾を施します(5)。

こちらのスタジオでは、施術時のアーティストのマスク、ディスポーザブル手袋の着用は当然のこと、針の再使用をしていないことを証明するため、施術が終わると顧客の前で、ペンチで針を曲げて使えないようにして注射針回収容器に破棄、最終的には病院に持ち込んで処理しています。

独自に作成したというマニュアルには、肝炎やHIV等感染症の種類や感染経路、エタノール、ポビドンヨード、次亜塩素酸ナトリウム等主要な消毒薬の種類と効能・用法が詳細に書かれており、「従業員には全て読むよう指導しています。全部丸暗記はできなくても、これくらい複雑なものなので(ダニエルさん)」とのお話。

私は率直に、下手な病院や診療所よりも遥かに衛生レベルの高い環境で人の身体に針を刺していると感じました。マニュアルも確実に看護師の国家試験レベル以上のもので、感染症専門医のアドバイザーもおらず、ICT(病院における感染対策チーム)のようなシステムもない中で、自助努力でここまでできるものなのかと、とても驚いています。

またTATTOO STUDIO Ray’sでは、タトゥー施術前に皮膚トラブルに関する同意書へのサインを得た上で、タトゥー施術後は、施術部位に関して毎日の洗浄と、数日間の亜鉛華軟膏塗布(亜鉛華軟膏は第3類医薬品のため医師の処方や薬剤師の説明は不要)の後、さらに数週間のワセリン塗布を指導し、施術直後の禁止事項(飲酒や日焼け等)をパンフレットにまとめて渡しています。

「衛生や施術の美しさの知識は、医療の本をかじりつつ、インターネットで勉強し、自分の肌でも実験して今の対策になりました。正直、僕達の師匠にあたる世代にはまとまった知識がないので、自分達で調べるしかないんですね。
その上で、先日ロサンゼルスでタトゥーをはじめとするボディアートのライセンスを取得しました。LAでは、衛生面に関するタトゥー、ボディアート施術のライセンスと、スタジオを開設のための資格の2つがないとタトゥースタジオを設置できません。現在は、そのライセンスの内容を日本語に翻訳しています。

衛生面に関して、僕達は針を曲げてお客さんの前で捨てます。目の前で針を捨てる、そこでしか信頼される証拠がないのでこれは1番重要なことだと思うのですが、他のスタジオで同じことをしているところを知りません。いくらホームページで針を使い捨てていると書いても、実際にどうしているかは完全に彫師個人に任されていますし、針を病院で医療廃棄物として処理できることを知らないアーティストもいるのではないかと思います」

お二方は情報を補い合いつつそう語ります。
病棟看護師の私としては衛生管理に関して、確かにお話の通りなんだけれども、感染対策は地味な作業の繰り返しの上、やったからといってすぐに目に見える成果が出ないものでもあり、だからこそ疎かになってしまうのではないかと思う部分もあります。衛生管理をここまで徹底する熱量はどこからやって来るのか。そう問う私に対しダニエルさんは、

「タトゥーは一生のものなので。アートとしての美しさを保つアフターケアの指導も、衛生的に安全であることも含めて自分の作品だと言えると、そこまで含めて彫師の責任だと考えます」

淀みなくそう話します。


インク、技術による皮膚疾患リスクについて

タトゥーのリスクといえば、感染症以外にも、インクによるアレルギー・皮膚癌や、マシンで皮膚を抉ることによるケロイド等が挙げられます。

それについてダニエルさんは、
「インク成分そのものによるトラブルももちろんあると思いますが、技術的な面で改善できるところも大きいと思います。タトゥーマシンは針が高速で何十回と回転しますから、どの程度の深さで彫るかを含め、マシンの回転数に耐えられる肌のキャパシティには当然限界がある。それを超えた時にトラブルに繋がるケース、例えば肌が凹凸になる、異様に腫れるといった話は多く聞きます……基準やマニュアルがないのでこういうことが起きるのです」

と、技術水準の統一の必要性を話します。
タトゥーインクによる皮膚癌の症例報告は存在しますが、詳細が明らかになっていないところも多いのが現状です(3)。この語りからは、真皮よりも深い皮下組織にタトゥーインクが注入される可能性もあることが分かりますし、静脈を損傷して血流にインクが入り込む可能性もあるでしょう。そういった技術面の特性を考慮して、安全性が担保されることが必要だと感じます。


タトゥーアーティストに医師免許は必要か

私は「絵心の無い医者にタトゥーを彫られるなんて御免だ」というスタンスでいます。診療の傍らではなく、タトゥー・刺青を彫ることを生業としている人、そして美しさの感性を共有できる人からの「センスをいただく」という形を望みますし、自分が一生消えないアートを肌に刻むパートナーにそれを求めるのは至極真っ当だと考えます。

今後、日本でタトゥー・刺青はどのように扱われていくのか。医師免許が必要とされるのか、グレーゾーンのままなのか、あるいは新たなライセンスを作るのか。現実的に何が可能なのか。そう問う私に対し、ダニエルさんは以下のように答えます。

「そもそもタトゥーアーティストを目指す人は、親が面倒を見てくれて自由な期間があってという状況ではありません。全面的に医師免許を必要として、今の彫師を切り捨てれば当然犯罪者が増える。かといって、医学部で6年通って病院勤務もして彫師を目指すというのは無謀すぎるし現実的じゃない。必要なのはピンポイントの知識と感染対策で、それ以上の医師としての、例えば骨折や専門的な疾患の勉強が必要なわけではない。その時間はアートとしての技術にあてがう必要があります」

“親が面倒を見てくれて自由な期間があってという状況ではない”その言葉に、現在のタトゥーアーティスト、あるいはアーティストを目指す人々にとって、「医師免許」が無いことで逮捕される、というのがどれほどのことかと想像します。

彼は非常に客観的に語るけれど、自身の仕事に対して「切り捨て」という表現を使わざるを得ない状況は、どれだけの腹立たしさとなり得るか。

「医師ではないけど衛生面に関わる仕事ではある。治療ではない、病気や怪我を治すことはできない、でもお医者さんにできる仕事でもない、というところで、新たな基準を作り衛生を徹底する、というのはそんなに難しい話でもないと僕は思います。

ですから、今後タトゥーアーティストのライセンス制が進んでいく可能性はあると思います。今回の裁判は良くも悪くもタトゥー業界全体を揺るがすイベントとなりました。正しい方向に転がっていけば良いと思いますし、このままでは収拾がつかないところもあります。僕自身は、ライセンス制を進めるとすれば、具体的な根拠やデータ、実技面の基準はどうするのかという疑問を持っています」

私は、私が今までしてきた仕事が犯罪化されるかもしれない状況となった時、こんな風に論理的でいられるのだろうか。こんなに冷静に言葉を紡げるのだろうか。タトゥー業界からすれば門外漢なはずの私がどうしようもなく泣きそうで、タトゥークリニックでもやろうかなんていう医師の話を笑って誤魔化していた自分が情けなくて恥ずかしくて、上手に質問を重ねることすらできませんでした。

広報のISOさんは、
「タトゥーアーティストになりたいという若い人や独学で勉強している人は、おそらく思っているよりもたくさんいます。現在はネットで1万円出せばタトゥーマシンを買える時代で、誰でも彫師を名乗れます。『アーティストになりたいけどどうしたら良いか』『自分で買ったマシンで彫ってみたんですけれどどうですか?』といった内容の連絡も頻繁に受けますが、タトゥーは、知識と技術無しに行って良いものではありません。タトゥーアーティストになりたいとういう気持ちが悪いわけではありませんが、教わる場がないというのが業界の課題です」
そう話します(6)。

国内でタトゥーを入れている外国籍者を見かけることは珍しくなく、インターネットの普及も手伝って、タトゥー・刺青に対する認識は過去とは大きく変わっているでしょう。今の10代では、そもそもアウトローのイメージにすら繋がらない可能性も高く、そうなればアーティストになりたいと考える若年層が増えることは容易に想像できます。その際にどうやって安全を担保していくのかという課題は、医療にも繋がるものだと強く感じます。


考察

ダニエルさん、ISOさんが話すように、タトゥースタジオに統一された設置基準がなく、状況が不透明であることは注目すべき点であるように感じます。TATTOO STUDIO Ray’sは非常にクリーンな環境でのタトゥー施術を行っているため、スタジオが一定以上の衛生水準を保つことは可能だともいえますが、そもそも、医療従事者の取材を引き受けてくださった時点で既に大きなバイアスがかかっており、TATTOO STUDIO Ray’sのようなスタジオがむしろ珍しいという可能性も否定できません。

それを認識した上で、私自身は、タトゥー施術に医師免許は不要だと考えます。文化や表現の自由云々という理由ではありません。タトゥーがファッションとして浸透しつつあり、アーティスト側から「タトゥーアーティストになりたい若い人も少なからずいる」と話される現状では、医師免許を必須にし、無免許を犯罪化することは、タトゥーアーティストを地下に潜らせ皮膚の構造や感染症の知識を得られにくくし、顧客や施術者本人の身を危険に晒すことに繋がる危険性が高いからです。

「犯罪化」という面において、例えば性風俗産業は、店舗型風俗店の規制により無店舗化が極度に進み、従業員の女性が客からの暴力に晒されている現状があります(7)。薬物依存の文脈においても、依存症患者に対する厳罰化が招く患者の孤立が、最悪の場合死につながることが指摘されています(8)。もちろん性風俗・薬物はタトゥー・刺青とは別の分野ですが、安易な犯罪化がその当事者の身体、精神的に大きな危険を伴うものとなるという事実、またその危険に1番強く晒されるのは常にその中でも条件の悪い、何があっても周囲に助けを求められない人々であるという事実は、分野を超えて認識する必要があると私は考えます。

タトゥー研究を行う都留文科大学の山本芳美教授は、今後20年でタトゥー・刺青への認識は変わっていくだろうと指摘します(2)。また、医療側から「タトゥーは自己責任なのだからそれによる疾患を治療する義務は無いのではないか、せめて自費診療で良いのではないか」という意見を聞くこともありますが、「タトゥー・刺青を入れることが成員要件」というカルチャーを持つコミュニティが存在することからも(2)(9)、タトゥー施術・被施術を自己責任に押し込めることはあまりに排他的だと感じます。

今後タトゥー業界がどうなっていくのか、今回の取材を通しても明確な予測はできない、というのが正直な結論です。今回取材を行ったTATTOO STUDIO Ray’sのように、安全性やクリーンさを大切にするスタジオもあれば、「リスキーでアンダーグラウンドだからかっこいい」と認識している当事者もいるでしょう。アートとしての哲学に外野の人間が軽々しく口を出すことは極めてナンセンスです。

ですがそれでもタトゥー・刺青との結びつきの強い医療という業界の、且つタトゥー・刺青を愛する人間のひとりとしては、少なくとも知識を求められた際に快く提供を行うことが(あるいはその分野の専門医と繋ぐことが)できればと、分断することなく互いに安全を求めていければと願わずにはいられません。

また、おそらく多くの医療従事者はタトゥー・刺青に対して否定的な感情を持っているとは思いますが、医療はあらゆる人間と接する職業です。今後、タトゥー・刺青を持つ人々と関わり続けることを避けられません。だからこそ、感情論で止まることなく、その先の論考へと進むことを、私は医療に対して期待しています。


参考資料

(1)タトゥー裁判第一審判決文
https://camp-fire.jp/projects/66613/activities/48235
第二審判決文
https://camp-fire.jp/projects/66613/activities/66970

(2)山本芳美(2016).イレズミと日本人.平凡社

(3)Paprottka FJ, Krezdorn N, Narwan M, Turk M, Sorg H, Noah EM, Hebebrand D.
Trendy Tattoos-Maybe a Serious Health Risk?.
AestheticPlastSurg.2018 Feb,42(1),310-32.

(4)TATTOO STUDIO Ray’s
https://tattoo-rays.com/

(5)最新マシンでタトゥーしてみた【RayTube011】レイチューブ(動画・施術風景は6:40~)
https://www.youtube.com/watch?v=noOi2nS9XL4&t=302s

(6)この課題を受けTATTOO STUDIO Ray’sでは実際に2019年8月よりタトゥースクールを開催予定としている。

(7)SWASH編(2018).セックスワーク・スタディーズ.日本評論社.

(8)小林桜児(2018).依存症医療は今、ハームリダクションに切り替わっています.精神看護,21(6),548-554.

(9)山越英嗣(2012). 「縁」をつむぐタトゥー―日本の若者下位文化における身体加工―.現代民俗学研究,4,73-82.

タイトル部画像:https://thestyleup.com/ear-tattoos/

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