タトゥーの誤解やあれやこれ

タレントのりゅうちぇるさんがご家族の名前をタトゥーにした影響か、タトゥーの是非について論じている方をTwitter上でよく見かけるようになりました。

「タトゥーを差別するな」「いや差別させてるのはお前らだろう」というものと共に、悲しいことに、タトゥーのデメリットを異様に誇張する文面や、ありもしないリスクも大量に流れてきます。

タトゥー・刺青が「肌にインクを入れる」という性質を持つ以上、医療に関するデマも多く、中にはタトゥーと関係のない感染症患者やタトゥー・刺青を入れた方に対する過剰な偏見となるものも。

タトゥー・刺青への好き嫌いは個人の価値観ですが、間違った医療情報が流れるのは見過ごせませんので、医療に関する誤解について、知り得る範囲で書いていきます。

誤解1.タトゥーを入れたら一生MRIを受けられない。

そんなことはありません。

MRIは磁力によって体内を撮影する画像診断方法であり、大きく強力な磁場を持つことから、持ち込んだ金属の発熱、変形などの恐れがあります。

タトゥーインクは酸化鉄、コバルト、亜鉛など金属成分を含むものが多く、特に20~30年以上前のインクにはその傾向が顕著だったためか、タトゥー・刺青部分の熱傷や変色の症例が報告されています。そのためタトゥー・刺青が入っている人はMRI検査ができないという通説がありますが、現在はタトゥー・刺青部分がMRIにより熱傷になる可能性は低いと考えられています。

インクの色や施術範囲、濃さによっても金属の含有量は変化するため、MRIによる熱傷リスクがゼロになるわけではありませんので、タトゥー・刺青を入れる際にはそのデメリットを理解して入れることが大前提となる一方、特に地方の病院にありがちな、タトゥーを入れている患者にMRI検査は絶対にしない、という方針に関しては疑問を持たざるを得ません。

熱傷の症例が報告されている以上、検査に慎重になるのは当然のことですが、MRIによる熱傷リスクは低いという報告がされている中で、きちんとした説明をせずにMRIを実施しなかった場合は適切な医療の提供を怠ったと判断されても仕方ありません。またそれにより癌や脳梗塞など重篤な疾患を見落とした場合、患者家族から訴訟を起こされる可能性もあります。

SNSではMRIが受けられないという情報が広まる一方、彫り師やタトゥー愛好家の間では口コミにより、MRIを受けても安全という認識が広まりつつありますので、医療従事者からはメリットデメリットを合わせた丁寧な説明と同意が必要になると考えています。

誤解2.タトゥーを入れたら一生献血できない

タトゥー・刺青を入れた後献血できないのは半年程度です。

日本赤十字社大阪府赤十字血液センターのホームページには献血に関して、「タトゥーや刺青の類を入れた場合は少なくとも6ヶ月間はご遠慮いただいております。それ以降は医師の判断によりご協力をお願いしています」との記載があります。

サッカーのクリスティアーノ・ロナウド選手が「献血ができなくなるからタトゥーは入れない」と発言したことからタトゥー=献血禁止の認識が広まったようですが、C.ロナウド選手の場合は毎年2回献血を実施していることから上記発言に至ったのであり、タトゥー・刺青を入れたら一生献血ができない、というのは間違い。

半年間の献血禁止は、過去にタトゥー用の針の使い回しによる肝炎やHIVの感染があったことから取られた措置ですが、現在は使い捨ての針が主流で、また衛生管理を徹底しているところがほとんどです。

とはいえ、タトゥースタジオの設置基準が法律で定められていない以上、針の使い回しやずさんな衛生管理をする、いわゆる「モグリ」の彫り師が全くいない、とは言えませんので、タトゥーを入れる本人が、スタジオのホームページの確認をすることや実際にスタジオに足を運ぶことで自己防衛することが感染症対策の唯一の手段であり、また感染の不安がある場合は医療機関で血液検査を受けることが必要です。

誤解3.タトゥーによる感染症はプールや温泉で他の人に移る

完全なデマであり、タトゥー・刺青を入れている人だけでなく、タトゥー・刺青と関係のない感染症患者への偏見としても非常に悪質です。

上記のように、タトゥー・刺青に伴う感染症への対策が彫り師たちにより自主的に取られている上、針の使い回しによる感染リスクのあるB型肝炎、C型肝炎、HIVの感染経路は母子感染、輸血・針刺し・注射、性行為(オーラルセックス含む)であり、プールや温泉による感染はあり得ません。

タトゥーや刺青のある人がプールや温泉への入場を断られる理由は、昭和の仁侠映画の影響により刺青=反社会的勢力(いわゆる暴力団)という印象が社会に根付いたことにあります。一般の人がそのような人と一緒ではくつろげないとして30年程前から取られた対策であり、感染症とは一切関係ありません。

 私の個人的な考えは、タトゥーや刺青を入れることによる身体的なリスクはゼロにはならないし、その責任は入れた当人にある、というものです。ですが、でたらめな情報によって人として最低限の生活ができなくなることや、適切な医療を受けられなくなるのは話が別。

日本では独特なイレズミ文化があることから、刺青、タトゥーに対する否定的な価値観が一般的で、また入れている当人たちの間に「タトゥーはアウトローのものだ」という認識も少なからずあるため、日本でタトゥー・刺青の是非を問うというのは無意味なものだと考えています。そのうえで私自身は、ひとりの医療従事者として、入れるのであればせめてより安全に、タトゥーを楽しめる社会であれば、と考えています。

参考資料

辰井聡子(2018).医行為概念の検討 : タトゥーを彫る行為は医行為か.立教法学(97).

山本芳美(2016).イレズミと日本人.平凡社.

湯川芳美,田守昭博 他(2017).Direct-acting antivirals治療例におけるC型肝炎ウイルス感染経路の検討―再感染リスクを踏まえて―.肝臓 58(8).

国立研究開発法人 国立国際医療センター 肝炎情報センター 日常生活の場でウイルス肝炎の伝搬を防止するためのガイドライン http://www.kanen.ncgm.go.jp/category/nichizyou.html

タトゥー情報メディア Dott https://do-tt.jp/

乳輪乳頭部へのアートメイクのMRI検査における安全性
〜第2報 : マウス皮膚を用いた形状の検討〜 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jopbs/1/1/1_20/_article/-char/ja/

日本赤十字社 大阪府赤十字血液センター https://www.bs.jrc.or.jp/kk/osaka/index.html

Materials Safety Data Sheets http://www.intenzetattooink.com/msds/#.W4LGZej7SM8

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