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⓪「冷戦×バレエ」というテーマ

はじめまして☺︎。大学時代に研究した「冷戦×バレエ」というテーマが、改めて考えてもマイナーな割に結構面白いテーマなのでは…と思い、色んな人に知ってもらえたらという気持ちでnoteに投稿を始めてみることにしました。国際政治や外交、文化史などに関心がある方はもちろん、バレエなど芸術が好き!という方、なんとなく開いてみた!という方も、是非読んでいただけたらと思います。

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1.「冷戦×バレエ」という結びつき

このノートでは、はじめに「冷戦」「バレエ」という2つのキーワードがどう結びつくのかということについて述べていきたいと思います。全くメジャーなテーマではないので、馴染みがない人の方が多いかと思います。



まず「冷戦」についてざっくり整理すると下のようになります。

冷戦」:第二次世界大戦後に始まった、米ソ間の水面下での対決。核兵器の登 場により、実際の戦闘を伴う戦争は抑止された状態にあった(各国が核戦争の勃発を恐れていたため)が、その代わりとして、各国の芸術や文化を政治的武器とした「文化冷戦」が巻き起こった。最終的にはベルリンの壁の崩壊、ソ連の崩壊などによって幕を閉じる。
文化冷戦」:各国が自分の文化を相手陣営にアピールしあう戦いのこと。「うちはこんなに魅力的な文化を持ってる良い国だよ。仲良くしようよ〜。」と呼びかけ、相手陣営の人々(国民)の敵対心を削ごうとする作戦。そしてあわよくば「向こうの国の方がうちより魅力的だ!」と人々に思わせることで、相手陣営内のナショナリズム(忠誠心みたいなもの)を崩し、敵を内部崩壊させてしまおうというもの。

冷戦期、核戦争のリスクがネックでなかなか物理的な戦闘に踏み切れなかった各国は、その代わりとして、文化的なアプローチから自国の優位性を確立させようという方向に動いていました。


一方バレエは、特にロシアにおいて大きく発展を遂げた、ロシアが誇る芸術です。簡単な歴史は以下のようになります。

バレエ」:イタリアで生まれ、フランスに渡ったのち宮廷文化として発展。ルイ 14 世の時代以降、劇場文化として繁栄する。しかし革命で王政が倒されるとフランスバレエは衰退を迎え、代わりに西洋化を推進していたロシア帝国において発展する。皇帝権力の庇護のもとバレエは黄金時代を迎え、現在のバレエの基礎が作り上げられていった。(「白鳥の湖」などの有名作品の多くがロシア帝国時代に生まれている)

バレエはロシアにとって特別な文化であるということが分かります。


さてこれらを合わせて考えると、段々と「冷戦×バレエ」のイメージが出来てきたのではないでしょうか。


そう、バレエは冷戦期、この文化冷戦の武器の1つとして利用されていました。

しかも、単にソヴィエト(ロシア)側が一方的にアピールしていただけではありません。


というのも初めは、ソヴィエト率いる東側陣営がもっぱら、自分達の得意分野であるクラシック・バレエを用いてアピールをしていました。

しかし次第にアメリカ率いる西側陣営も、当時ソヴィエトではあまり活発でなかった新しいタイプのバレエ(モダン・バレエ)の発展を後押しし、担ぎ出し、文化外交の武器として応戦するようになったのです。両者の違いについては、実際の動画を見ていただけたら一番わかりやすいと思います。

クラシック・バレエ」:ロシア黄金時代で確立された古典的なバレエ。形式的。世界三大バレエと言われる『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』など。バレエといって大抵の人がイメージする方。
モダン・バレエ」:古典的なクラシック・バレエへの反発から生まれた革新的なバレエ。民族舞踊や、従来バレエになかったステップを取り入れ、自由な発想で作り上げられる。『牧神の午後』『アゴン』『ボレロ』など多岐にわたる。


こうして、世界では【クラシック・バレエ vs. モダン・バレエ】 という形をとってバレエ冷戦が巻き起こることになったのです。

ここまでで、「冷戦×バレエ」というテーマの背景についてなんとなくご理解いただけたでしょうか。☺︎


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2.ソヴィエト連邦とクラシック・バレエ 〜疑問編

ではせっかくなのでもう少し深掘りしていきたいと思います。☺︎

次は、実際にはどのようにバレエ冷戦が起き、進んでいったのか? ということについて深掘りしていきたいのですが、その前に1つ、解消しないといけない疑問が浮かんできます。

それは、

そもそもソヴィエトがバレエを文化外交の手段として選んだのは何故か?

ということです。一見、「ん?どういうこと?」と思うかもしれません。


たとえば文化冷戦において、自国をより効果的に相手にアピールするために、武器となる文化に求められるものは何でしょうか。

もちろん「芸術や文化そのものが、国境を越えて人々を魅了するような素晴らしいものであること」というのは言うまでもありません。しかし、何より文化冷戦は政治的意図を含んでいるものです。オリンピックのような、国同士の純粋な対決ではありません。


そこで思うに、政治的武器としての文化には、「その文化を普及することが、各国の政治的なアピールに繋がる要素」が必要と言えるのではないでしょうか。

より具体的に言うと、武器とする文化が自国の主義・主張を代弁するものであったり、もしくは政府がアピールしたい自国のイメージとマッチしている方が、その文化を普及させるうえで、より政府にとって都合がいいですよね、ということです。


実際に1つ例をあげると、アメリカが文化冷戦の武器として重要視していたものの1つにジャズがあります。

ジャズといえば、「自由と平等の精神」を体現したような存在ですが、これらはまさに、当時のアメリカが外部に向けてアピールしたい「理想のアメリカ像」そのものでした。実際には当時のアメリカ国内ではまだ酷い黒人差別が横行していたのですが、「人種差別国家」という批判は冷戦期のアメリカにとって耳が痛いものであり、政府はこうしたイメージを何とかして払拭する必要があったのです。

そこで各国に派遣されたのが、黒人と白人の混合で結成された「ジャズ大使」と呼ばれる演奏団でした。ジャズを通して「アメリカは自由の国だ!無差別の国だ!」というイメージを世界中に広めようとしたのです。そして、その戦略は見事に成功したといえます。

★ジャズ外交について詳しく知りたい方には齋藤嘉臣先生の『ジャズ・アンバサダーズ 「アメリカ」の音楽外交史』(講談社選書メチエ)がオススメです☺︎


では上記を踏まえて、バレエについて考えてみます。

バレエの作品には、王子様やお姫様から妖精や死者の亡霊まで、様々な登場人物がいます。多様な作品があるので一概には言えませんが、特に有名な古典作品などは、貴族文化非現実的な世界を前提としているものが多いですよね。

一方ソヴィエト連邦とは、バレエが発展したロシア帝国を革命で倒し、何やかんやを経て出来上がった国家です。ロシア帝国は帝政でしたが、ソヴィエト連邦は社会主義国家です。


・・・あれ? 確かにソヴィエト連邦は社会主義ですよね。

社会主義」:「私有財産制の廃止、生産手段および財産の共有・共同管理、計画的な生産と平等な分配によって・・・平等で調和のとれた社会を実現しようとする思想および運動」(weblio辞書『社会主義』より一部抜粋)

社会主義とは、端的にいうと貴族制度などとは正反対の、労働者至上主義!平等万歳!的な概念ということですね。

そしてさらに、当時ソヴィエト連邦には「社会主義リアリズム」と呼ばれる、芸術分野において公式とされた表現方法がありました。これは簡単に言うと、「国民がお互いに助け合い、労働の成果を祝福しあう」という理想のソヴィエト生活を出来るだけ「現実的に」描きましょう!という内容です。


さて、じゃあ社会主義リアリズムにのっとって、ソヴィエトが標榜する社会主義思想を対外的にアピールしよう!となった時、あなたならバレエという選択肢を選びますか?  ・・・おそらく選ばないと思います。


バレエはそもそも貴族文化の中で生まれたものです。さらに、非現実的な世界を表すことが得意で、文字や台詞がないため全体的に抽象性が高い芸術と言えます。

つまり社会主義とバレエは、あまりにも相性が悪いのです。


ではなぜ、ソヴィエトは社会主義思想と相性の悪いバレエを、わざわざ文化冷戦の一手段として採用することにしたのでしょうか?

より一層疑問に感じてきたのではないでしょうか。


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このことを探るためには、実はソヴィエト誕生の時代まで遡る必要があります。・・・が、思いのほかノートが長くなってしまったので、続きは次回にしたいと思います。

ここまで読んで、少しでもこのテーマに関心を持っていただけていたら嬉しいです。

最後までお読みいただきありがとうございました☺︎☺︎

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