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VERY最新号を読んで「想像力を鍛えるにはどうすればいいんだろうね?」と感じた話

VERYで毎号楽しみにしているコーナーのひとつに、小島慶子さんのコラムがある。昔Twitterで小島さんのコラムが好きと書いたら「いいね」をしていただいて小躍りしたこともある。好きな人のことを好きって声に出したらほどなくしてサクッと「いいね」とリアクションをもらえる現代。漫画家さんにファンレターを書いても書いても返事をもらえなかった頃とは全く違う。人と人の距離感、短くなったものです。インターネット様様。インターネットしゅごい。

最新号のVERYの小島慶子さんのコラムは、想像力の欠如について怒りを感じながら語られる内容だった。小島さんは、大所帯でベビーカーも抱えながら混み合うバスに乗り、出かけたのだそう。目的地でバスを降りようとした時、1つ前の停留所に到着した時点で周囲に「次で降ります」と発言したが、いざ降りるとき、周囲の人は彼らの荷物を少々寄せるぐらいのアクションしかしなかったそうだ。それに対して小島さんは「あなたたちが一度降りてもらわないと、私たちがベビーカーを抱えて降りることができないのに(引用)」と感じたのだそう。小島さんの言葉をそのまま引用すると、「あのな、この狭い通路を空けるためには、一度バスを降りてくれないと私たちが降りられないということにだな、気づいて欲しいからさっき予告したんだぜ。」

小島さんのコラムを読みながら、「あぁ、ベビーカーが畳んでもかさばることも、畳んで小さくなっても重さは変わらないから抱えても重くて大変なこと、さらにそのベビーカーの移動を怪獣(子供)を連れながらではあまりにも大変だということも、子供の世話をしたこともなければベビーカーを運んだこともない若い子にはわからないのか」と驚いた。小島さんが思いを馳せた若者たちは、子育ての経験はないにしても、旅行先で重いキャリーケースなどを運んだり、満員電車で降りるのに苦労したり、した経験はないのだろうか。人に促されて初めて道を開けるためにバス通りた若い子たち。彼らの想像力の欠如は、悲しすぎると思った。

「ここ(日本)は子どもの国」とおっしゃる小島さんの主張を理解しつつ、実に日本人らしい側面がもう一つあるなと考えた。
日本は、直接的な表現で発言すること、直接的な表現の発言を受け取ることもまた一般的ではないのだ。

日本語や日本の「空気を読む」的文化には少々、「わたくしの発言の意味を汲んで、あなたが空気や意図を読んで、理解してくださいね?」という側面があると感じる。もっと、はっきり言い合うと様々なところがうまく回るのにな、と思う場面をよく見る。「察してね?」、これは発言者の希望だ。経験が足りず察しが悪い人は必ずいて、そんな人にはわかりやすく言わないとちっとも伝わらないのだ。

満員電車でもよくある、「降ります〜!」という叫び。
私はこの叫びを聞いて「『降りるので道を開けていただけますか!』『降りるので一度降りていただけますか!』と言った方がわかりやすくない?」と考える時があるのです。日本人の発言は時々回りくどい。自分以外の他人と自分の考え方がイコールではなくて当然と考え、もっと直接的な言葉を選んでいいのではないか。
例えば「降ります」と言われて、「はい、降りてください」と感じて微動だにしない人もいるだろう。
「降ります」という言葉は「私は降りる」という本人の意思表明だが、周囲を動かすための言葉としては弱いと思うのだ。
満員電車で近くの人が「降ります」と発した時に「道を開けよう」とか「道を開けるために一度降りよう」という思考になってくれる人は10%程度しかいないのである、自分の道を開けてもらうためには90%の想像力が欠如した人を動かさなければいけないのである、ぐらいの気持ちでちょうどいいのかもしれない。もう、直接的な言葉を投げかければいいのではないか。

鉄道各社のマナーポスターを見ていても思う。
「〜しましょうね」「こうすると、周囲に迷惑をかけないよ」と優しく啓発している。しかし乗客のマナーが悪く乗客同士の喧嘩に発展することさえあり鉄道各社の現場の人は大変な思いをしているはずだ。マナーが、良くなってもらわないと困る。ならな「こうしてください」「そうしてください」くらいの強さを持ってマナー向上を支持してもいいのだと思う。例えば「ベビーカーの人がいたら道を開けてください」「ベビーカーは重いのだ、助けてあげてください」「昇降口近くに乗車した人は、多少面倒でも、次の駅に到着する都度降りて、その駅で降りる人のために道を作ってください」というように「〜ください」とやや強めに発言してもいいのではないか。やや強いがわかりやすい。

京都で「いい時計してるね」というようなことを言われたら、それはつまり「時計してるんでしょう、時間見れないの、さっさと帰っていただけるかしら」と来客に帰宅を促すような意味を持つらしい。これは言葉遊びでもある。言葉の裏を理解する、空気を読むというようなことは、VERYのコラムで小島さんも憤っていたように「子ども」にはできない、そして「子どもの国」になりかけている察しの悪い人が増えてしまった日本では、直接的にわかりやすく言うことが、発言者にとっても受け手にとってもストレスないコミュニケーションにつながるのではないか。

と、ここまで書いて、直接的なコミュニケーションが増えたら増えたで、はっきり言われることに慣れていない人が「なんでお前に命令されないといけないんだ!」などと憤るシチュエーションも増えるんだろうな…、と思いを馳せた。話が終わらない。笑

そして、文章を短く仕上げる技量が欲しいと心から思いました。長すぎる。

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