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彼らの異常な純愛ー椎名うみ『青野くんに触りたいから死にたい』

読みながらずっと、嫌な予感を感じている時のあのリズムで、心臓が鳴っていた。だって、どうやったって二人の運命は、悪い方にしか転びそうになかったからだ。

高校生の優里は、唐突に青野くんに恋をした。
全然友達のいない彼女は、ちょっと話しかけられただけで同級生の青野くんが自分のことを好きなのかもと思い込み、彼氏ができちゃうかも、とドキドキする。青野くんと廊下ですれ違った時、話しかけられるどころか視界にも入っていないことに気づいて自分の勘違いを自覚する。だが、 その時にはもう、青野くんへの気持ちが溢れんばかりになっていて、勢いのまま優里は青野くんに告白する。当然振られるかと思いきや、意外にも青野くんはこう答える。

「じゃあ付き合ってみますか?」

晴れてカップルとなった二人。友達がいなかったのも相まって、優里はすぐに青野くんにのめり込み、
「わたし青野くんに会う前はどうやって生きてきたんだろう」
とさえ考える。
ところが、交際から二週間、青野くんは死ぬ。交通事故であっけなく。
いきなり世界から放り出されたようになった優里は、青野くんに会いたい、青野くんに会うためには、と衝動的にカッターを握り、自分の腕に当てようとしてーーそして青野くんがそれを止めるために飛び出してくる! 幽霊となった青野くんが!

幽霊なので触れない青野くんをスカスカとすり抜けながら、優里はボロボロ泣いて「連れてって、連れてって」と繰り返す。青野くんに触れるためには自分が死ぬしかない、と思い詰める優里をなだめるため、青野くんは優里の枕に入り込んで自分の胴に見立て、それを抱きしめるように言う。傍目には抱き合っているように見えるけれど、優里は思う。

「わたしの匂いだ!!」
「わたしの匂いだ私のにおいだわたしのにおいだ」

見えている。聞こえている。でも触れないし、そもそも死んでいる。

その虚しさを優里は痛いほど体感したはずだけれど、それでも二人は交際を継続することにする。
青野くんは優里にしか見えないので、「赤川くん」という仮名をつけ、会話するときは電話をかけているふりをする。工夫を凝らしながら、生きている人間と幽霊との交際を成立させていく。

すでに超展開の目白押しなのだが、怖ろしいのは、ここまでがたった四十ページぽっちの内容であるということと、これはこの先のストーリーの土台づくりに過ぎないということだ。

一緒にDVDを観ている時、優里はふと青野くんに、「誰かに憑依することはできないのか」と尋ねる。試しに私の体を使ってみる?と提案する。
その瞬間、青野くんの瞳から光が消え、雰囲気が豹変する。このシーンの恐ろしさは、私のつたない筆致では到底伝えられない。ぜひ漫画を読んでほしい。
同じ顔をしているはずなのに、別人のように青野くんは言う。

「ちゃんと言って」
「君の中にちゃんと俺を招いて」

その雰囲気に圧されるようにして、優里が許可を出すと、青野くんは優里に入り込んでいく。全身で、ずぶずぶと。そして、苦しそうに呻きながら、それを受け入れる優里。

セックスを思わせる官能と、今まさに禁忌に触れていると感じさせるおぞましさが、この見開きページには満ち満ちている。

そうして、青野くんは本当に優里に憑依してしまう。青野くんはもう正気に戻っていて、とまどい、焦りながら、優里の体で、どこにもない優里の気配を呼ぶ。

その憑依はすぐに解消され、肉体も優里に返されるのだけれど、怖ろしい予感が影を残す。
青野くんの中に潜む、得体のしれない存在。そしてこれが、ただの幽霊の男の子とのラブストーリーでは決してないこと。

その後も、二人の平凡で(片方死んでるけど)ほほえましい男女交際はつづくのだが、憑依に関わることが出てくるたびに、青野くんの中の「何か」が現れて、青野くんの本来の自我をどこかへ追いやってしまう。得体の知れないその現象は徐々にエスカレートしていく。そして、青野くんの友人の藤本、引きこもりの同級生の堀江さんとの関わりによって、「何か」は少しずつその全容を明かし始めるーー。

女の子は思い込みの激しいコミュ障で、男の子は死んでいて、彼の中にはどう考えても危険な「何か」が潜んでいて、何もかもがまともじゃなくて、おかしな方法に全力で進んでいて、読めば読むほど明るい結末が見えなくなってゆく。けれど、そんな中で、優里の青野くんに対する気持ちだけは恐ろしく純粋で、本能的だ。狂った舞台上では、異常に見えるほどに。

青野くんに触りたい。
青野くんは死んでしまったから、それでも青野くんに触りたいから、死にたい。
この物語について何か言おうとするたびに言葉は失われて、衝撃的なタイトルに立ち返っていくような気がする。
獣が咆哮するような、彼らの異常な純愛に。

物語はまだ一巻。今月二巻が出るそうで、私は手に嫌な汗をかきながら、彼らの行く末を目撃するのを待っている。

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