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ぼくらきっと鏡みたいだった

「小説家になりたいんですよね」

初めて会った時にそう言った私に、なんと答えたか覚えてますか。
覚えてないだろうなあ。
だって本当に何気なく、思わず言ったって感じだったから。

でも私は一生忘れない。
私に運命の日があるとしたら、それはあの何気ない午後のことだった。

*

大学4年の私は、就活を終えてひましていた。
持て余すほど時間があるのはきっといまだけだ。せっかくだからなんかおもしろいことしたい。そう思って、変わったバイトやボランティアやイベントを探しては参加したりしていた。
そんな時に舞い込んできたのが、君の出した「デザイナーのアシスタント募集」というチラシだった。

大学の教室に、たぶん無断で置かれていたそのチラシは、デザイナーが作ったとはとうてい思えないほどチープで怪しかった。
でも、だからこそ得体のしれないおもしろそうな気配があって、私は手招きされるように記載のアドレスにメールを送った。

面接の場に現れたのは、天パでひょろひょろで、やたらと重そうな鞄を持った若い男だった。
それが君だった。

バイトの具体的な内容なんかについて話したんだけど、それもいろいろおかしかった。
まず、やっぱり君はデザイナーじゃなかった。
ルームシェアしている友人が映像制作の仕事をしていて、それがデザイナーと言えなくもなかったけど、それは今回のバイトとは関係なかった。

本当のところ、君は自分で事業を立ち上げた人で、それが忙しくなったので、その手伝いを見つけるために募集をかけていた。それがバイトの実態だった。
「なんでデザイナーのアシスタント」って書いたんですか」って訊いたら、「そのほうが人が集まりそうだったから」ときまり悪そうに答えた。

勝手にチラシを置いたら大学に怒られるから捨てアドを作って、デザインとか全然できないながらチラシを作ったらしい。そりゃあんな安っぽいチラシになるわけだよ。

全部がガバガバで、穴だらけで、子どものいたずらみたいでおかしかった。

最初に応募メールを送る時、おおげさにも志望動機を書かなきゃいけなくて、私はそこに「文章を書いていて、表現することが好きなので募集した」と書いた。
(ものすごく疑わしかったけど)デザイナー相手なら、クリエイティブな要素に関心を持つんじゃないかと思ったから。

その時まで、私は自分が文章を書いてることをほとんど誰にも言ってなかった。
完全に隠してたわけじゃないけど、ぽろっと言った時に返ってくる言葉はいつも「すごいね」か「がんばってね」のどちらかだった。

別に、悪意があるわけじゃないのはわかる。言葉通り賞賛してくれてたのかもしれない。
でもそう言われるたびに、なんだか一線を引かれた気がした。
ああ、関心ないんだな、というのがなんとなくわかってしまった。「どんなもの書いてるの?」「読みたい」と続かないことがその証明だった。そのかわり(私にはわかんないけど)というセリフが続いているような気がした。

だから「言うのが怖い」というのもあったけど、「言っても意味ないな」と思ってた。
それをメールに書けたのは、それがこんなにも得体のしれない怪しいバイトで、全然知らない相手で、仮に面接で落とされたらその後一生会わない人だとわかっていたからだ。
全然知らないこの人にどう思われたって、私が傷つくことはない。
いい意味で投げやりだった。

その日もそんな気持ちだった。
だから、「文章書いてるんだっけ? 小説とか?」と言われた時、私は自然と答えていた。

「小説家になりたいんですよね」

そしたら君はちょっと驚いた顔をして、こう言ったんだ。

「へえ、なってほしいなあ」

何を言われたか一瞬わからなかった。
そんなこと言われたことなかった。そんなこと言うなんて思ってなかったから。

なってほしいなあ。
そう言われて、私は生まれてはじめてちゃんと自分を理解された気がした。
一番掬い取ってほしかったところを見つけてもらった気がした。
この人はわかっている、と直感した。

後から知ったことだけど、君は自分も仕事のかたわら音楽をやっていた。
仕事はお金を稼ぐための手段で、最終的な目的は、めちゃくちゃ歌が上手いと信じている一緒に音楽をやっている人たちを、音楽で食えるようにすることだった。
君にも夢があった。
だからたぶんあの時、「小説家になりたい」と言った私のなかに自分を見た。
「なってほしい」は「なりたい」の裏返しだった。
私たちは正しく仲間だったのだ。

*

その後私はしばらく君のとこでバイトした。
結局大したことはしなくて、遊びに行ってるようなもんだったけど、卒業した後も長いこと、何年もぽつぽつと連絡は取り続けた。
ライブを見にいったり、何時間も電話で話したり、一緒にアイスを食べたり、ギター渡されて鳴らしてみたらめちゃくちゃ下手くそだと笑われたりした。あの時は人生でギターに触るの二回目くらいだった。あれは超むかついたからな。

いろいろなことがあって、いいことも腹の立つこともあった。
なんなんだこいつ、と思うこともあった。まったく理解できない部分もたくさん持っていた。
それでも、私は最後にはこの人のことを許せるな。
あとにも先にもそんなことを思ったのは君だけだ。

*

今はもう連絡を取らなくなってしまったけれど、最近どうですか。
私は変わらず文章を書いています。小説家には全然なれてないし、小説家になりたいのかも最近わからなくなってきたけど、それでも書いています。
あの時の夢を分解すると、それは「文章で何かを表現したい、それをたくさんの人に読んでほしい」ってことだったんだと思う。
だからたぶん、あの日から私は変わっていないし、最近やっと少しだけみんなに読んでもらえるようになってきた。
君はどうですか。まだ音楽やってますか。前に進んでますか。夢は叶いましたか。

もちろん、やっているだろうな。
私や君のように夢を見つけてしまった人間は、一生それにとらわれる。
夢に呪われながら生きていく。
叶う叶わないに関わらず。
答えを聞くまでもなくわかる。

だってあの日、私たちはきっと鏡みたいだった。

#エッセイ #コラム #小説 #夢


ハッピーになります。