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正しい恋の終わり方 7

7.

『咲生がさっちゃんて、やっぱり全然似合わないよな』

猫が笑うみたいにきゅっと目を細くして、いつかの雄介が笑ってつないだ手に力を込めた。

*

目を覚まして呆然とした。
夢の中で初めて、雄介が私に笑顔を見せた。
どうして笑うの。今までずっと、重苦しい顔をして去っていくだけだったのに。もう二度と、そんな顔をして私を見ることはないくせに。雄介。私の手の届かない場所で、いつまでも苦しんでよ。

時間は九時を過ぎたところだった。午前の授業に出るために、そろそろベッドを出なければならないのに、布団の中で私の体は硬直したままだった。
不意に枕元の携帯電話が点灯して、着信音が鳴りだした。画面に表示される『三城さん』という文字。私は鼻をすすって、一呼吸してから通話ボタンを押した。

「……もしもし」
『さっちゃんおはよう。もしかして寝てた?』
「……さっき起きました」

電話の向こうでちょっとだけ笑って、居住まいを正すような短い間を置いて、三城さんは言った。

『さっちゃん、野田くんが来るよ』
「え?」
『連絡が来たんだ。次の水曜日。飛行機作るためのタバコの空き箱集めたんだって。今度こそ作り方教えてほしいって』

三城さんの言葉に私は沈黙する。その日私はシフトに入っていない。それを聞いて、私にどうしろと言うのだ。

『さっちゃんもおいで』

沈黙から私の気持ちを読み取ったように、短く三城さんは言った。

「……やめときます」
『どうして』
「だって、今さら会ったってどうしようもないじゃないですか。あたしは雄介に振られて、もう全部終わってて、今さらどうにもならない」

涙腺が緩みそうになるのを、強く目をつぶってこらえながら、必死に私は答える。言いながら、自分で自分の心臓をえぐっているような気持ちになった。

「そんなの、ただつらいだけじゃないですか。雄介に会って、また家帰って泣いて、そんなのみじめなだけじゃないですか」
『そうだよ。つらくて惨めで、君はまた傷ついて泣くことになるかもしれない。だけど、全部終わってるなんてことはないよ』

――何度も何度も繰り返し聞いた、雄介の残した留守電メッセージ。どうして私は、いつまでもそれを消せないの。どうして、諦めた、終わったと思いながら、何一つ捨てられないで、いつまでも留まろうとするの。

『さっちゃん。君の恋は君のものだ。野田くんのものじゃない。終わるのか、終わらないのか、それは君が決めるんだよ』

三城さんが、いつもの彼らしからぬ強さで言った。

『水曜日の、いつもの時間。待ってるね』

そう言い残して、三城さんからの電話は切れた。
手の中の通話の切れた携帯電話に目を落とす。
私は一体どうしたいのだろう。冬が終わって春が来て、夏が来てまた冬が来て、そうして時が流れる中で、私はどうなりたいのだろう。
私は私の恋に、どうあってほしいんだろう。
もうこれ以上泣きたくない。
これ以上傷つきたくない。
なのに、心の中で誰かが叫んだ。

(あたしは、本当のことが知りたいよ)

<続>

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