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私はまだ勝っても負けてもいないのだ。名人戦を見て本当の「戦い」を知ったこと。

私は将棋を見るのが好きだ。といっても、プロ棋士の将棋。「見る将棋」ってやつだ。

なぜ好きになったのかは置いといて。プロ棋士の勝負に対する姿勢や、仲間であり対戦するであろう相手への敬意とかとか話すとキリがないのですが、人柄だったり、背景だったりも好きなのです。

指す方はまったくのど素人で、解説を聴きながらなるほどーーっとなるくらいだし、次元が違い過ぎて解説を聞いていても??となるような私である。

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4月10日11日に名人戦があった。
佐藤天彦名人対豊島二冠の対局。
お二人とも大好きな棋士なので、そわそわしながら見ていたら初日にまさかの千日手(簡単に言えばドロー)になってしまい、まさかの展開だった。

2日目は仕事が終わって夜、終局くらいにネット配信で見ていて、「豊島さんに向いてるなぁ」なんてご飯を食べながら見ていた。

解説の方が「そろそろもう厳しいですね。」なんてことを言っていて、豊島二冠がどんどん追い詰める。

もう、投了かなぁ。

そう思っていたら、天彦名人はそっとリップクリームを口に塗った。

将棋好きならほとんどの人が知っているんじゃないだろうか。
去年の名人戦で天彦名人が投了する前にリップクリームを塗って「負けました」と投了したのを。

おそらく、本人の儀式的なものというか、気持ちの整理というか、なにかしらのアクティブなのだろう。だから、彼がリップクリームを塗ったとき、

みんなが「あっ!」ってなったと思う。
解説の人も「あ、塗りましたね…!」と言った。

これは投了かなぁって誰もが思ったときに、彼は駒を盤上に指した。

続けるんだ…って、思った。

私の記憶が正しかったら、そこから2回、計3回リップクリームを塗って、席をたって、駒を指した。

解説の人が「負けましたの言葉が出ないんでしょうね。」みたいなことを言った。

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私は将棋はスポーツだと思っている。残酷なスポーツだなとも思う。だって、自分で「負けました。」と言わないと勝負が終わらないから。

名人戦はポンっとプロになってすぐに挑戦できるものではない。ランキングのグループがあって、そこをシーズン毎に勝ち上って、さらに一番上のA級に上って、そのシーズンの頂点に立たないと挑戦できないのだ。どんなに強くてもすぐに挑戦できるものではない。藤井聡太七段だって同じである。そして、去年のシーズン、藤井七段はC級1組からB級2組に上がれなかったのである。ストレートでA級に行くだろうと思っていた藤井七段でもなかなか難しい順位戦なのだ。

その頂点の戦いなわけで、「負けました」という言葉を口にするのにどれだけの勇気が必要なのか想像すらできない。特に佐藤名人がプロになるときフリークラス行きを辞退してからのプロという経緯も知っている。彼の勝負への価値観は空を突き抜けるレベルでの尊敬に値するのだ。だから、「負けました」と言う、その言葉を発する勇気の中にはなにが渦巻いているんだろうと考えると、私の方が涙が出てきそうなってしまった。

自分への反省、悔しさ、相手への執念、どんなものを抱えて「負けました」と言うのだろう。
そう思ったとき、私はこれが本当の勝負の世界なんだなぁと思った。

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私は競争があまり好きじゃない。自己分析のサービスを受けても一番下に「競争」がくるし、写真のコンテストも受けるように進められるもあまり乗り気になれない。なんとなく同業者とは話すのも苦手である。

性格もわりとのんびりマイペースというのもあるけど、おそらくフォトグラファーとして写真の学校に行ってなかったり、スタジオで働いていない、師匠についていない、などのコンプレックスがあるからなんだと思う。

そのコンプレックスのせいで無意識に周りの活躍しているフォトグラファーを見て、自分で勝手に競争をしていたんだろうなって思った。そして、自分は経験がないから、やりたい仕事に辿り着けてないんだとか思っていたり、口にすることもあった。自意識過剰をはるかに超えて、被害妄想レベルなのだけど。(特に誰かに害を与えてはいません…笑)

最近、自分の実力不足を目の当たりにすることがあったタイミングでもあり、振り返ってみると、そもそも土俵にもバッターボックスにも盤上にも上っていないのに気が付いた。そんな状態で誰に言うでもないけど「負けました」と平気で口にしていたり、態度に出ていた気がした。なんだかとっても恥ずかしいなぁと思った。

私は戦ってもいないのになぁって。

どうやら私は「競争」と「戦い」の意味を理解していなかったんだろうなと思う。それは、私自身の「競争」であって、「戦い」なわけで、これを読んでいる人にもその人の「競争」「戦い」があると思う。

ただ、私が好きな将棋でいう「戦い」というものと同じ種類というか意味合いのものを、私自身は「『競争』が苦手」と言って避けてたような気がする。それはライバルのフォトグラファー(いないけど)に対してとかではなく、私に写真を撮って欲しいとお願いしてくれる人、私の写真が好きと言ってくれる人にとっても失礼だなぁって思った。もちろん、自分のためにも。戦わなきゃなって思った。

棋士たちは毎日毎日、一番の手筋をずっと考えている。どれが一番の手か。最善の手か。
同じように私もどの瞬間でシャッターを切ったら最高の一枚になるのか。毎日、毎日考えていたいし、たくさんの写真や刺激になるものを見たいし、勉強したい。呼吸をするように写真を撮っていきたい。没頭したい。

まだ、私は自分自身の戦いには勝ってもいないし、負けてもいない。
3年前に撮った1枚の写真を超えるものを撮ってもいないし、撮ろうともしていなかった。
気づいてみると、それはそれで悔しいなぁって思った。

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3月から始まった忙しさと、4月初めに引いた風邪もちょっと落ち着いたので、数日前から図書館に通っている。近所の図書館はとても大きくて、写真集も国内外のものがびっくりするくらい大量に置いてある。

「まだまだ自分にはやれることはたくさんある」

写真集を見漁って思った。戦わなきゃ。

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と、名人戦を見て思いました。

まだ、気持ちの整理ができてなくて100%言語化できていないのだけど、noteに書いておきたかったので書きました。もうちょっと頭の整理がついたら書き直そうかな。

将棋に関してはミーハー知識なので、間違ったことを書いていたら大目に見てやってください。(あと、個人的には終盤の慎重の極みが尊敬レベルの豊島さんも大好きなので、本当に名人戦が楽しみです!)




最後まで読んでいただいてありがとうございます。写真展が続けられるようにサポートしていただけるとありがたいです…!