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「そこに、君の死体が埋まっている」最終話 君

 小学校の裏山。六年前の記憶を辿って、腰の高さまで伸びた雑草をかき分けて、たどり着いたのはあの夏よりも荒廃が進んでいた秘密基地。あの日以降、きっと誰もここへ来ていない。南京錠のかかった、錆びついた緑色のトタンの扉。
 周りに落ちていた適当な石を掴んで、無理やり鍵をこじ開ける。彼を埋める時に使った大きなシャベルは、雨で洗い流されて、泥も血も残っていない状態だったのを、この小屋の中に放り投げた。とても重たくて、翌日ひどい筋肉痛になったことを思い出した。
 ほこりまみれで転がっていたそれを拾い上げて、窓の前の床を見ると黒いシミができている。確かに残っている血痕。俺が叩き殺した彼の血は床板にこびりついていた。

 ————埋めたのはどこだったか。

 はっきりとした場所は覚えていない。だが、この小屋からそこまで離れていた場所ではなかったはずだ。子供の力で掘って埋めた場所。思い出したくない記憶を必死に辿る。適当に歩いていると、少し傾斜があって、近くに川があったのを思い出した。思い当たるところを掘ると、一気にあの当時のことが思い出される。
 掘って、掘って、掘って……埋まっているはずの彼を必死に探した。

 気づけばすっかり陽が傾いてた。そこでやっと、シャベルの先端が土ではない白いものに当たる。素手で土を避けると、骨だけになった彼の頭蓋骨が浮き出て来た。やっぱりある。ここにある。

「あった。やっぱり……ここにある」

 小学五年生のあの小さな子供が、こんなに深いところまで掘っていたのかと、自分がしたことなのになぜか他人事のように思えた。確認のために全身を掘り返してみると、思ったよりも彼だったものが小さくて、不思議だった。
 こんなに小さかったのか。六年前は、彼の方が俺より遥かに大きくて、力も強くて、絶対に敵わないと恐れていたのに……今見ると、彼も俺と同じように子供だったんだと実感する。
 やはり俺は、彼を殺して埋めていた。あいつが言った通り、俺は小学五年生の堀龍起をちゃんと殺して埋めていた。それなら、あいつは一体なんだ。高校生の堀龍起として、小学五年生の堀龍起のような顔をして笑っていたあいつは、なんだ。

「どうなってるんだよ……————」

 わけがわからない。あれはなんだ。意味がわからない。「今は僕が堀龍起だから」と言っていた。今はということは、前がある。堀龍起が他にいるということだろうか。同じ人間が、もう一人いるとか……?
 まさか、そんなことありえない。仮にもう一人いたとして、例えば……————双子とか……?よく似た兄弟がいた?クローン人間?

 俺が彼を殺して埋めたということが、間違いじゃないとわかってどこか安心したのか、どっと疲れが出てその場に座り込んでしばらく考えた。突拍子も無いものもあったが、色々な可能性を。似ている別人なら、堀龍起が生きていてもおかしくない。俺が殺した彼ではない誰かが、堀龍起として生きている。それが今の堀龍起。入れ替わったなら、おそらく交通事故に遭ったその時だろう。
 入れ替わってなりすましているとしても、偶然同じ町に同じような年齢の、似た顔をした少年がひき逃げに遭ったいうことだろうか。わからない。でも、そうだとしても自分の息子を別人と間違えるだろうか?
 事故の時にどこをどのくらい怪我をしたのか……今の堀の体には六年経っているせいか、とくに目立つ傷のようなものは見た感じ全くないように思える。後ろの席から観察したが、俺がシャベルで殴った場所にも傷は————

「……別人なんだから、そもそも残っているはずがないか」

 自分で考えて、自分で否定する。そんなことを何度も繰り返していると、気づけばあたりはすっかり暗くなってた。俺はさっさと埋めなおして帰ろうと立ち上がる。
 その瞬間、不意に何かが俺の背中を押した。

「え……?」

 俺の体は自分が掘った穴に落ちた。彼の骨の上に、覆いかぶさるように。頬のすぐ横を、蚯蚓みみずが這う。気持ち悪くてすぐに起き上がって、俺を穴に落とした犯人の顔を見た。

「なんで……お前が、ここに……————」
「なんでだろうね」

 今の堀が、彼と同じ笑顔で俺を見下ろしている。

「お前、一体、なんなんだよ」
「言ったじゃない。堀龍起だよ」
「そういう意味じゃ……」

 堀の姿をしたそれは、俺の上に覆いかぶさった。無理やり組み敷かれ、俺の体は、俺が殺して埋めた彼の骨と今の堀の間に挟まれる。

「やめろ!! いい加減に————……」
「僕ね、君とずっと遊んでみたかったんだ」

 あの時と同じ声だった。小学五年生の、夏休み。彼の部屋で言われた言葉が、そのまま、あの時と同じ声が耳元で響く。俺の下にある動くはずのない彼が、動いたような気がした。土の上を這う虫が、襟首や裾から入って背中を伝っている。

「理くん、理くん……」

 あの頃と同じ声で、何度も名前を呼ばれた。声変わりをする前の、彼の声が何度も何度も頭に直接響いている。俺の上に乗っている今の堀は、俺に呼吸をさせるつもりがないくらい、強引なキスをしているのに。
 この状況で、喋れるはずがない。独りよがりなキスがずっと続いている。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。何が起きているのか、わからない。何だこれは。どうなってる。

「ずっとこうしたかった。理くんに触れたかった。ずっと一緒にいようね。ここなら誰にも見つからない」

 息ができない。苦しくて、苦しくて、意識が遠のいていく。一方的な愛の言葉を吐き続けて、そいつはまた、堀の姿をなしていない、人間の姿をなしていない、泥のように溶けた。口いっぱいに土の味が広がった。偽物の堀龍起だった何かは、土になって俺の体の上にかぶさった。土は重くて、起き上がることも、身をよじることもできない。

「この山は、僕たち二人だけの秘密基地。僕の死体と一緒に————」

 俺が最後に聞いたのは、多分そんな言葉だった————

「底に、君の死体が埋まっている」

【了】



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