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「そこに、君の死体が埋まっている」番外編②「そこに、誰の死体が埋まっていた」後編

 日曜日になっても、月曜日になっても、龍起くんは帰ってこなかった。土曜日に一緒に遊びに行ったというクラスメイトは大勢いて、確かにカラオケをしたと言っていた。途中で帰ったらしいが、その後の足取りは、まったく不明だった。田舎のこの町には、防犯カメラなんてほとんど設置されていない。
 そして、もう一人、龍起くんと一緒にいなくなったのが、五月に転校して来たという山中やまなかおさむくんという同級生だった。警察署で山中くんの母親と会ったけど、山中くんは小学四年生の秋から小学五年生夏までこの町で暮らしていたらしい。離婚して、実家があるこの町に再び戻って来ていたのだとか。クラスメイトの話によれば、その山中くんの歓迎会をやろうと提案したのは龍起くんだということだった。

 警察が二人のスマホの位置情報を調べると、龍起くんのものはカラオケがあるアミューズメント施設のトイレで見つかった。てっきり一緒にいるだろうと思われていた山中くんの方は、小学校の裏手にある山の中を指し示していた。その情報を頼りに、捜索隊が山に入ると、掘り返され、そして再び埋められたような不自然な場所があった。
 試しにそこを掘ってみると、柔らかい土の下から、山中くんの死体が見つかる。そして、その死体の下から、誰のものかわからない白骨死体も発見されるという、奇妙な事件だった。
 龍起くんはまだ、見つかっていない。もしかして、龍起くんが山中くんを殺して埋めて、逃げたんじゃないかという話まで出ていた。そうだとしても、なぜ龍起くんが山中くんを殺したのか、その理由には誰も心当たりがなかった。

「————ふざけるな! 龍起が人殺しなんて、そんなことするわけないだろう!!」

 いつも穏やかな夫が、そんな噂を聞いて怒っている。姑も舅も、龍起くんが犯人だなんて思っていない。龍起くんも山中くんと同じように、何か事件に巻き込まれているのかもしれないと、心配ばかりが募っていた。

「一体、どこにいるんだ? まさか、また、あの時みたいにひき逃げにあったんじゃ……?」
「ひき逃げ……? え? 何、どういうこと?」
「ああ、君には話していなかったな。龍起は、小学五年生の時にも一度、行方不明になっているんだ。あの山の近くの道で、車に轢かれて倒れていて————一命はとりとめたけど、一時期記憶喪失になっていたんだ」

 夫の話では、小学五年生の夏休みの終わり頃に、そんなことがあったのだという。最初は自分がどこの誰かもわかっていない状態だったのが、今は事故にあった小学五年生の春から事故にあうまでの記憶だけがないというところまで回復している。心配した夫と舅が、いてもたってもいられず町中を見て回っている間、自宅の電話が鳴って、私が出ると警察からの連絡だった。

『龍起くんが、見つかりました』
「え、本当ですか!? 今、どこに……?」
『それが……大変申し上げにくいのですが…………DNAが一致しまして————その先日見つかった、白骨遺体が……ですね』
「は……?」

 何を言われたのか、すぐに理解できなかった。先日見つかった白骨遺体ということは、山中くんの下にあった、あれのことだろうか? あの山は舅が所有している山で、見つかった遺体は、百四十から百五十センチ前後くらいの子供のものではないかという話だった。その遺体のDNDが、龍起くんのものと一致したという。
 そんなはずがない。龍起くんは、高校二年生で、身長も百七十五センチ以上あるはずだ。夫よりも背が高いくらいなのだから。
 それがどうして、そんな小さな遺体のDNAと一致したのか、意味がわからない。

「……どういう意味ですか?」
『ですから、底に埋まっていた遺体が、龍起くんのDNAと一致したんです。詳しくは、署の方でお話ししますので、念のためご両親、それ以外のご家族も一緒に来ていただけないでしょうか?』

 他の家族のDNAも調べて、本当にそれが龍起くんのものか改めて調べたいと言われてしまった。私はすぐに夫に連絡して、警察署に行くように話した。血の繋がっていない私は、行っても意味がない。一人家に残った私は、それまで一度も入ったことのなかった龍起くんの部屋に初めて入った。

 十二畳ほどの広い子供部屋。ベッド、テレビ、ソファ、ゲーム機に立派な学習机。整理整頓されていて、とても綺麗な部屋だった。男子高生特有の、汗の匂いはまるでしない。テーブルの上には少し古いノートPCが置いてあった。何気なく電源を入れてみると、デスクトップの壁紙は小学生くらいの男の子。

「かわいい……」

 その瞬間、私は龍起くんが言っていたことを思い出した。

『僕はお母さんのタイプじゃないだろうけど、■くんはお母さんのタイプかもしれない』

 この男の子は、私のタイプの男の子だった。一体誰なのかわからない。でも、そのPCの中から、次々とその男の子の写真や動画が見つかる。中には、その男の子が裸で抱き合っているものもあった。高校二年生の龍起くんよりもずっと幼い顔をしている男の子が、その子に『あいしている』と無理やり言わせているものもあった。私は気づけば夢中になってその動画を見ていた。何度も。何度も、まるで自分がこの男の子を犯しているような感覚にとらわれる。

 かわいい。本当に、かわいい。
 あの子みたいにかわいい。

 ずっと隠して来た、初恋の男の子。
 あの子にとてもよく似ている。私はずっとあの子が好きで、でもあの子は女の子が好きで、私のことは嫌いだった。私が好きになる人は、みんな女の子が好きで、私を受け入れてくれなかった。
 どんなに愛していても、誰もありのままの私を受け入れてはくれなかった。気持ち悪いと罵られ、拒絶されて、叶わない恋を何度もした。名前も顔も体も変えて、やっと手に入れた幸せだったのに……————

「どうして、いなくなったのよ。龍起くん。戻って来てよ。私、息子なんて産めないんだから……いてくれないと困るのよ」

 私の願いは虚しく、見つかった白骨死体は、何度調べても小学五年生の龍起くんのものだった。つまり、偽物の誰かが、ずっと龍起くんのふりをしていたということ。

 どうして、最後までそのままでいられなかったの?
 あなたの正体を暴いた山中くんを殺して、逃げたの?
 なんてバカなことをしたのよ。私に相談してくれれば良かったのに。

 あなたのせいで、今、私はせっかく手に入れたこの家の嫁の立場が危ういの。あんなに優しかった姑がね、早く孫を抱かせろって毎日うるさいの。「産婦人科に行けって」しつこいのよ。医者に診せたところで、できるはずないのに。舅もね、そんなに妊娠できないなら、自分が診てやるっていやらしい目で言ってくるようになったの。専門は耳鼻咽喉科のくせに。

 いつ私の正体がバレるか、不安でたまらないの。夫がこんな私を受け入れてくれているのは、この家の後継であるあなたがいたからなの。このままだと、ご飯に毒物でも入れてしまおうかなんて、恐ろしいことまで考えてしまうのよ。

 そこに、誰の死体が埋まっていたっていいじゃない。
 秘密なら、私がいくらでも隠してあげるのに。

 勝手にいなくならないでよ。
 ねぇ、戻って来なさいよ。

 あなたは私とは違って、何の不安もない、幸せな家の息子になれたのに————

【了】


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