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「そこに、君の死体が埋まっている」番外編①「そこに、あの子の死体は埋まっていた」後編

 親として、犯罪を犯しているなら、それを正してやらなければならないと、そう思ったからです。母親として当然の行為です。
 カメラはその日のうちにネットで注文して、操作も簡単なものを選びました。ペットや小さい子供の様子を離れたところで見守るのに使うものです。今時、みんな使っているもので、買っても何も不審に思われることはありません。

 そうして、私はあの子の部屋での様子を監視するようになりました。そうしたら、あの子……やっぱり、変だったんです。学校から普通に帰って来て、部屋で勉強した後、夜になると毎晩のようにその古いPCを開いて動画を見ていました。私が見つけた、小学生の男の子と自分の動画を見ながら、ニヤニヤと笑っていました。嬉しそうに、とても愛おしそうに……それを見ながら、性的に興奮している様子もありました。
 あの子は笑顔がとても爽やかな子で、本当に、屈託のない笑顔でわらう子でした。それが、とても気味の悪いものに見えて、仕方がありませんでした。

 しばらく様子を見ていましたが、やっぱり、毎晩のようにその動画を見ていたんです。音声を拾うタイプのカメラではなかったので、音は聞こえませんでしたが、きっと、あの男の子の名前を呼んでいたんだと思います。

 そうなると問題は、相手の男の子です。私が知る限り、あの事故の後、その男の子と会っているような様子はありませんでした。連絡を取っている様子もありません。なにより、この町の子供達の顔はみんなわかります。小さな町ですから、一学年に一クラスしかないような町です。小学校にも同じ中学校にも、それらしき男の子はいませんでした。
 田舎ならでは————というのでしょうか。みんな親戚の子供のような、そんな関係でした。元夫の祖父は町長をしていたので、町の人たちとの交流も盛んでした。
 どこの家の息子さんだとか、お孫さんだとか、顔を見ればすぐにわかるようなものでした。でも、その男の子の顔を何度見ても、誰とも結びつかなくて…………でも、確かにあの時期、小学五年生の夏休み、よく家にお友達が遊びに来ていたような気はしていました。

 その子はどうしているのか気になって、思いきって小学校の担任の先生に、顔写真を見せて聞いてみました。そうしたら、その子は外町そとまちくんという子で、夏休みの終わり頃に急に別の町へ転校して行った子だとわかりました。書類上、親の都合ということになっていましたが、きっと、龍起から受けた暴行……イジメを苦にして、別の町へ移ったんだと思いました。元夫の家は、この町じゃ由緒正しいいわゆる町の有力者の家です。きっと、龍起にイジメられたと訴えたところで、誰も取り合ってくれないと諦めたのだと————

 私も中学生の頃に同じような経験をしています。私をイジメていた同級生は教育員会や市議会議員の家の子供で、なかったことにされたことがあります。悪いのはイジメをする側なのに、被害者の私が転校することになって……まぁ、今思えば、そのおかげで新しい土地では普通に友達もできて、普通の生活が送れて、そこで元夫と出会ったんですが……————とにかく、その外町くんはもうこの町にはいないことがわかって、内心ホッとしました。
 今も継続して、他の誰かをイジメていたり、嫌がらせをしたりしている様子はありませんでしたから。でも、怖いのはその動画や写真の流出でした。ちょうどその当時、ニュースでやっていたんです。ネット上に芸能人の裸の写真とか、昔の写真、表に出すはずじゃなかった写真やSNSの動画が流出して炎上するなんてことが度々起きていました。一般の人でも、ふざけて撮った動画が拡散して問題になったりしています。今でも、たまにありますよね?
 もし、何かの拍子に龍起がPCに保存しているものが流出してしまったら……息子の間違いを正そうと、問い詰めました。

「なんで見たの? どうして? なんで、僕のなのに」
「なんでって、見たのは偶然よ。勝手に見たことは謝るわ。でも、これは犯罪なの。今すぐに消しなさい」
「なんで? どうして? これは、僕の宝物なんだ。どうして、消せなんて、そんな酷いことを言うの? これは、この動画もこの写真も、全部、僕の知らない、思い出せない記憶の一部なんだよ? 何も覚えていない期間が半年もある……それが、どれだけ怖いことか、母さんにはわからないんだ」
「それは……!」

 失った記憶の話をされて、さすがにその時は言い返すことができませんでした。私は記憶喪失になったことはないですし、龍起の言う通り、その怖さが理解できませんでした。

「こんなに愛していた人と、こんなに幸せな時間を過ごしていたのに、全部覚えていないんだよ? それを、どうして奪おうとするの? もう、僕の愛した人はこの町にもいない。知らない間にどこか遠くの町に行ってしまって、戻っても来ないんだ。それなのに、その大切な思い出を、僕たちが愛し合っていた証拠を消せって言うの? 僕は待っているんだよ。この動画や画像を見ながら、戻ってくるのを……寂しいのに耐えながら、ずっと」

 そこまで真剣な思いだったなんて、正直驚きましたよ。龍起は、こんなに感情を露わにするような子じゃなかったんです。いつも楽しそうに笑っていて、怒っているのを初めて見ました。親バカだと思われても仕方がありませんが、本当に優しくて、純粋で、いい意味で手のかからない子だったんです。大人のいうことをよく聞いて、ダメなものはダメなんだとすぐに理解するような子でした。
 それが、顔を真っ赤にして、眉を吊り上げて怒っていました。
 外町くんにものすごく執着していたんです。

「愛し合っていた……? 本当に? 私には、嫌がっているように見えたけど」

 私も、冷静ではいられませんでした。それでつい、そんなことを口走ってしまったんです。それは、あの子にとって、言ってはいけないことだったんです。

「愛し合ってた。愛し合ってた!! 僕たちは、僕は、僕は愛し合ってた!! 勝手なことを言うな!! 出ていけ!!」

 激昂しながら、龍起は私に向かってものを投げつけてきました。手当たり次第、掴んでは投げて、クッションやリモコン、ゲーム機、鞄、教科書、ノート……ついには、椅子まで持ち上げたんです。私は怖くなって、逃げました。
 部屋のドアを閉めて、すぐにドンと大きな音がしました。投げた椅子が、ドアに当たったんです。

「————どうした……? なんの騒ぎだ?」

 そこにちょうど、帰ってきた元夫が居合わせて……

「龍起が…………あなた、やっぱり、変よ! あの子、龍起じゃない。あの子は、あんな風に怒ったりしない。あんなの、あんなの私たちの息子じゃないわ」
「落ち着け、一体何があった? 最初から話してみろ」

 姑と舅の目もあったので、自分たちの寝室に行って私は元夫にすべて話しました。ずっと感じていた違和感のこと。あの動画のこと。外町くんのこと。龍起が暴れたこと。全部、全部泣きながら話しました。
 すると、元夫が言ったんです。

「————何言ってるんだ。龍起が別人なわけないだろう? むしろ、今の話を聞いて、やっぱり俺の息子なんだって思ったよ」
「どういう意味……?」

 何を言っているのかわからなくて、私は首を傾げました。今の話のどこに、そんな要素があったのか、さっぱりわかりませんでしたから……

「大丈夫。あいつはちゃんと、俺の息子だよ。ほら、これを見てみろ」

 元夫は、なぜかクローゼットのドアを全開にして、ポールにかかっていた服を端に寄せました。私は全く知らなかったのですが、クローゼットの奥に、扉があったんです。私の知らない、秘密の部屋があったんです。
 四畳半ほどの小さな部屋でしたが、壁一面が棚になっていてテレビ画面も置いてありました。DVDや昔のビデオなんかもありました。ラベルも全部手作りで、日付と、私の名前が書かれているものもありました。

「俺も、全部撮ってあるんだ。これは、お前と初めて寝た時の。こっちは、新婚の頃だな。こっちは、もう少ししてからで……多分、この時に龍起ができたんだろうな」

 とても嬉しそうに、そう言って笑ったんです。

 私の知らない間に、私の全てがそこに保管されていました。

 それが耐えきれず、離婚しました。気持ち悪くて仕方がなくて、娘だけ連れて、あの家を出ました。あの家で、私の話をわかってくれたのは、娘しかいなかったんです。あんなのは自分の息子だとは思えなかったですし、離婚してからもたまに会うことはありましたが、何度会っても、やっぱり自分の息子ではないと思えてなりませんでした。

 だから、あの子の骨を見た時、思ったんです。
 ああ、あの子はやっぱり、私の息子じゃなかったんだって。
 別人だったんだって……

 私の本当の息子は、龍起は、本当は記憶を失ってなんていない。記憶を失うような交通事故にもあっていないし、中学生にも、高校生にもなれずに、小学五年生のまま、ずっと……

 そこに、あの子の死体は埋まっていたんですよ————

【了】


本編第1話はこちら↓


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