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「そこに、君の死体が埋まっている」第3話 嫉

 幸いにも、俺は堀の後ろの席だ。いつでも背後から刺し殺すことだってできる。ライターでも持って来れば、火を点けて燃やすことだって————体だって、あの頃は俺の方が小さかったが、今は俺の方が大きい。バスケ部で鍛えていたし、体力も俺の方が上のはずだ。だが、俺は堀と心中するつもりはない。
 校内で、それも教室で堂々と人を殺してしまっては、こいつを殺しても待っているのは別の地獄だろう。俺には未来がある。まだ、十六歳だ。うちは無駄に長寿の家系だから、日本人の平均寿命くらいは最低でも生きるだろう。そう考えると、今よりも、殺した後の方がずっと長い。前科者のままその長い人生を生きるなんて嫌だ。
 前科者になったとしても、その相手が堀であるなんて、一生を支配されるのと同じことだろう。

 堀を殺すには、念密な計画が必要だ。
 理想は完全犯罪だが、事故死か自殺に見せかけて殺すのが一番いいだろう。そして、火葬場で焼かれる瞬間を見届けてやる。何がどうなって、あの状況から生き延びたのかわからないが、最後まで見届けなければ、安心できない。

 授業なんて耳に入らなかった。俺は堀のあの頃より大きくなった背中を睨みつけ、殺人計画を考える。何より、まずは堀の行動を把握する必要がある。あの夏から六年経っているし、完璧な計画を立てるには、まずはそこからだと思った。今すぐにでも殺してしまいたい相手のことを徹底的に調べようとしているのは、はたから見れば滑稽なことかもしれないが、これは俺自身を守るための行動だ。殺したはずの人間が、生きて目の前にいるこの状況で、正常な人間として生活することなんてできない。俺の人生は、こんな悪魔のような男に邪魔させない。

 俺の視線に気がついたのか、堀は授業中、一度だけこちらを見た。俺はすぐに視線を逸らして、窓の方を見る。雲ひとつない青い空が、憎くて仕方がない。今朝のニュースで、今日は例年より気温が高くなるといっていたのを思い出した。

 * * *

「————堀さん? そうだねぇ……」

 家に帰ってすぐに、俺は祖母にこの六年の間のことを聞いた。何か変わったことはなかったか……特に知りたかったのは、堀が記憶喪失になったという交通事故についてだ。

「堀龍起が交通事故にあったって聞いたけど、本当なのかと思って……」
「ああ、あったねぇ、確か、あんたたちがこの家を出ていってすぐだったかな?」

 祖母の話では、俺たちがこの町から引っ越したその日、堀は行方不明になっていた。母親は「もうすぐ夏休みが終わるから、友達の家に泊まってくる」としか聞いていない。その友達が誰なのかまでは聞いていなかった。田舎の町だし、堀と同じくらいの年頃の子供がいる家とは信頼関係が築かれている。お互いの家に子供同士で泊まることはよくあったし、ほとんど親戚の家に泊まりに行くようなもので、堀の母親は気にしていなかったそうだ。
 ところが、泊まるのは一日だけのはずが、翌日の夜になっても帰ってこない。心当たりの家に聞いて回ったが、誰も堀を泊めていないと言った。何か事件にでも巻き込まれたのではないかと騒ぎになったらしい。

「それからみんなで探したんだけどね、ほら、小学校の裏山の前にある道路でね、倒れているのが見つかって————」

 そこは車通りが少ない道路で、防犯カメラの類はなかったが、痕跡からひき逃げと判断された。頭に酷い損傷を負っていたらしいが、堀の父親と祖父は医者だ。ありとあらゆる手を使って、一命はとりとめたが、しばらく植物人間状態だったらしい。それからは順調に回復して、今に至る。

「犯人はまだ捕まっていないのよ。龍起くんも事故の当時の記憶が全くないから……探しようもなくてね。きっと、この町の人間じゃないわね。ひき逃げだなんて、そんな酷いことするような人間はこの町にいないでしょうし」
「そう……」
「あと、変わったことといえば、前のお嫁さんの方ね」
「前のお嫁さん……?」
「龍起くんのお母さんよ。あそこの息子さん夫婦はすごく仲が良かったんだけど、三年くらい前に離婚したのよ。お姉ちゃんの方だけ連れて……————理由までは知らないけど、ほら、龍起くんは男の子だから後継でしょう? だから、お姉ちゃんの方だけ連れていったんじゃないかって。会長さんは龍起くんを溺愛していたしね。離婚自体反対していたでしょうし……」

 あの絵に描いたような、腹が立つくらいに幸せそうな家族が崩壊したのかと思うと、いい気味だと思った。堀は生まれた時から恵まれた環境の中にいた。つらいとか苦しいとか、何かに絶望したり、誰かに嫉妬したりすることもないような環境が少しでも崩れたなら……

「————でもねぇ、すぐに別の人と再婚したのよ。だから、前のお嫁さんって呼んでるの。それがもう、前のお嫁さんより若くて綺麗な人でねぇ。料理研究家っていうの? テレビとかにもたまに出てるみたいよ? 会長もね、ずいぶん気にってるみたいで……婦人会でも評判がいいのよ」

 俺が知っている堀の母親は、本当に理想の母親そのものに見えた。俺の母親は料理はまるでできない。食べられさえすればいいんだという考えの人で、クッキーの一つも焼いたことのない人だ。初めてあの家に行った時に出された見たことのない洋菓子と紅茶は、堀のせいでどんな味だったか思い出せないが……————より良い母親を手に入れたということだろうか。どうして、いつも、あいつだけ……
 まるで世界はあいつ中心で回っているのではないかとさえ思えてしまう。
 本当に、存在自体が憎くてたまらない。俺にあんなことをしておいて、そのことを全部忘れて、何食わぬ顔で暮らしていたのか。
 どうしてあんな奴が助かったんだ。何で生きてる。誰が助けた。なんて不公平だ。理不尽だ。神も仏も、あいつに味方したというのか。
 どうして俺だけ、こんな思いをしなければならないのか————悔しくて、悲しくて、泣きたくなった。

 それから俺は、毎日のように堀の後をつけるようになった。

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