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「デイブレイク・チェイサー」1話+あらすじ

大陸歴1944年、鴎州東部に位置するクシルカ王国が西に隣り合うハイダキア共和国との係争地帯・ガルト高原を巡って侵略戦争を仕掛けた。
空軍元帥にして国家指導者・ニコラエ=ノッホ率いるクシルカ空軍の空中艦隊は両国を隔てるベズニディ山脈を越え、ハイダキア首都・キンゼルデックの夜間爆撃を行いはじめた。爆弾を落として黎明の空を東へと向かう爆撃機群とそれを追うハイダキアの夜間戦闘機をクシルカ・ハイダキア両軍の空軍軍人とキンゼルデックの市民は「夜明けを追う者たち」と皮肉を込めて呼ぶのだった。
これはクシルカ王国の爆撃機『バンシー・エリー』の機長・エリフ=キリスク大尉と、ハイダキアの夜間戦闘機乗り・レーカ=レッツェル中尉の二人の女性士官を軸に描いたクシルカ・ハイダキア戦争と「夜明けを追う者たち」の攻防である。

「『夜明けを追う者たち』、それがあの頃のわたしたちにとって唯一無二の呪われた仕事だった」
「僕たちは生きている限り、あの夜空に縛られ続け、朝日を見る度に生きてる意味を問うんです」

 大陸歴1944年、散発的な戦争の火花が鴎州全体を覆っていた頃。
 鴎州東部に位置するクシルカ王国とハイダキア共和国の間で、係争地とされていたハイダキア領のガルト高原を巡ってクシルカ王国側が「かつてのクシルカ父祖の地を取り戻す」とのスローガンの下、戦端を拓いた。
 クシルカ空軍元帥にして統一党総帥・ニコラエ=ノッホは戦端を拓くと同時に『空中艦隊』と称された大型爆撃部隊をハイダキア首都・キンゼルデックへの夜間戦略爆撃に投入する。
 それに対しハイダキア空軍は夜間戦闘機による首都防空部隊を編成し、押し寄せる『空中艦隊』の撃退を図ったのであった。
 そしていつしかキンゼルデックの夜間爆撃とその防衛戦を演じる両軍の爆撃機と夜間戦闘機は、黎明の空に向かって飛ぶ爆撃機とそれを追う戦闘機の構図に、両軍の将兵とキンゼルデックの市民から皮肉を込めて「夜明けを追う者たち」と呼ばれるようになったのであった。

 大陸歴1945年6月8日午後7時、クシルカ王国西部ダギンツ基地。クシルカ空軍第309爆撃大隊の一機、C9-12号『バンシー・エリー』の女性機長エリフ=キリスク大尉は三人のクルー達と共に、爆弾を満載した自機をエプロンから飛び立たせる。
 同盟国・ベルガニアからのライセンス生産を受けたアズレードAz199-3『リントヴルム(翼竜)』双発爆撃機は倒立V型12気筒液冷エンジンを快調に鳴らして高空へ上がってゆき、列機と隊列を組み、一路西を目指す。
 やがて日は落ち、高度6000mの雲海の上の半月の明かりとわずかな計器灯に照らされた『バンシー・エリー』の機内では航法士兼副パイロット兼前方銃手のイオン=スネフ中尉、爆撃手兼航空機関士のフィナ=コトレプ、後方銃手のフローレンシア=ソヤクヴィチ上等兵、上部銃手兼無線士のサラ=チャペリスク軍曹の四人がエリフと共に今夜の目標であるキンゼルデック東駅の貨物ヤードについてや、僚機の様子を語っていた。
『バンシー・エリー』唯一の男で相変わらずハイティーンの少女である三人の銃手の間で肩身の狭そうなイオンがエリフに世間話を振ろうとするが、エリフは彼をすげなく突っ返す。
 大学から招集を受けたというイオンは物腰の柔らかさを備えていて、思慮を余計なことばかりに巡らせて絵空事の書いてある本を読み漁り、『良いこと』にしがみついていようとする、エリフにとっては苛つくタイプなのだ。
 エリフは操縦輪を握る手を片方離し、制帽を深く被ると、月明かりにぼんやりと照らされた、超えるべきベズニティ山脈の影を睨むのだった。

 6月9日午前2時12分、ハイダキア共和国首都キンゼルデック郊外、トリストン空軍基地。
 首都の防空電探網に引っ掛かったクシルカ爆撃機隊を迎撃すべく首都防空隊であるハイダキア空軍第107航空隊は出撃命令が下る。第1飛行隊第2中隊長・レーカ=レッツェル中尉はパイロットになるときに切った短い茶髪を風に靡かせて半月の浮かぶ東の空を睨む。
 雲量は多め。サーチライトはどこまで役に立つかはわからないが、それでも飛ぶしかない。
 既に双発夜間戦闘機は爆音を上げて飛び立ち始めている。レーカは同い年で僚機のリリアーナ=チャルデュク中尉とすっかり乗り慣れた自分の機のコクピットに潜り込む。
『ラッパンチュ(ヨタカ)』の通称で呼ばれる極東の島国・瀛洲から輸入された倒立V型液冷エンジンの単発単座戦闘機、『青の16』号機はキンゼルデックの空に舞い上がる。
 レーカは地上のクローク司令の言葉に従って、クシルカ爆撃機の飛ぶ高度6000mまで機隊を急上昇させた。
 その途中、レーカはまた何度も抱いた素朴な疑問を頭に浮かべてしまう。
 今から来るクシルカの爆撃機にはどんな人間が乗っているのだろうか。どんな気持ちでキンゼルデックに爆弾を降らせているのだろうか。
 この一年半、自分が今までに『青の16』で落とした13機の爆撃機に乗っていた人々に対して時折抱くのと同じ疑問を、正義感でミドルハイから空軍飛行学校に入ったハイティーンの少女士官はまた抱いていた。

 サーチライトに照らされて薄ぼんやりと色づく雲の隙間から、横列に並んだ『リントヴルム』の群れの反射光がキラリ、キラリと夜空に映し出される。
『バンシー・エリー』の機内では指揮官機『早駆けソフィー』に乗る部隊長・アーカス大佐の指令に従って250kg爆弾を落とす準備を整える。が、そこにはもうハイダキアの夜間戦闘機が上がってきていた。
 フローとサラが下面に潜り込もうとする双発の夜間戦闘機を13mm機銃で追い払うも、近づけられないようにするのが精一杯だ。エリフは操縦輪を汗ばむ手で握って、なんとか進路を保つ
 フィナは照準儀を覗き込み、雲の隙間から覗く貨物ヤードの分岐器小屋に照準を定め、エリフに機体を少し右に寄せてくれと頼み、エリフが方向舵で進行方向を微調整すると、フィナはここというタイミングで8発の250kg爆弾を一気に投下する。
 眼下の貨物ヤードのポイント小屋が一直線の爆発の中に包まれたのを確認して安堵するや否や、エリフの絶叫でフィナとイオンは前を向く。二機の単発戦闘機が20mm機関砲を撃ちながら突っ込んでくるように『バンシー・エリー』の前方から迫ってきていた。
 イオンは焦りのまま機首のエリコン20mm機関砲を乱射して弾幕を張る。
 エリフは爆弾を落として軽くなった機体を大げさに右へとロールさせて、単発戦闘機の攻撃を躱そうとする。曳光弾をかわそうとして勢いが付いて戦闘機は『バンシー・エリー』を通り過ぎたが、その直前にエリフはサーチライトで照らされた戦闘機に乗る赤毛の少女の顔を見てしまった。

 目の前の爆撃機から放たれる太い曳光弾をかわそうとして機体をわずかに上へ向けて直前、サーチライトの光に照らされて機上の操縦輪を握る軍帽を被った黒髪の女性と視線が合ったのをレーカは感じ取っていた。
 臆病風に吹かれて曳光弾をかわしたためにレーカの射撃は爆撃機――ロールした側面に『バンシー・エリー』と書かれた機体の翼端部に数発の穴を開けただけで、リリアーナの機も致命傷を与えることは出来なかったらしく、『バンシー・エリー』の後方機銃群に追い立てられている。
 しかしレーカはバンクしたために後方を飛ぶ機体を結果的に狙うことが出来た。上面機銃座も全面機銃座も突然前の機体を追い越して現れた戦闘機に対処できず、レーカは殆ど無意識にロールをかけながら機銃の発射ボタンを押す。『青の16』の翼内の二挺のイスパノ20mm機関砲の射撃で目の前の機体は右エンジンから翼端にかけて虫食いのように穴が空くのを見た。
 レーカは他の機体の防護機銃で狙い撃ちにされぬように高度を下げて回避する。バックミラーにはエンジンと燃料タンクが食いちぎられて火が点いたままずるずると高度を下げて落ちてゆく機体の姿が映っていた。
 高度5000でリリアーナの乗る『青の18』と合流すると、せめてもう一機、と逸る彼女にレーカは「うん」と少し上の空で短く答えて、爆撃機の群れ目がけて再上昇する。
 この日もハイダキア第107飛行隊は燃料残量ギリギリまで爆撃機群を追い、レーカの撃墜を合わせて合計で3機の爆撃機を撃墜したのだった。

 6月8日午前4時35分。朝の訪れと共にベズニティ山脈を越えたクシルカ爆撃機隊のクルーたちはひとまずの安堵を覚えた。
 だが安堵を覚えると、それまで緊張感に押さえ込まれていた別の感情も膨らんでくる。
『バンシー・エリー』がとった回避機動で後方の僚機『水曜日のブルース』が失われたことを責めるように、封止を解かれた無線でどこかの機の無線士がぶつぶつと文句を言う。
 負けん気の強いサラとフローが言い返してやろうかと強気に出るが、地上に降りてからにしろとエリフは言った。
『バンシー・エリー』と機長のエリフは出撃数が多いだけで大尉になった、厄介者の嫌われ者だ。例えあの時回避をせずにいたとしても、『バンシー・エリー』が生き残って近くの機が落とされればきっと自分達のせいにされただろう。
 もう慣れっこなそんなことよりも、エリフの頭の中はキンゼルデック上空で見たあの単座戦闘機に乗っていた少女の顔がこびりついて離れなかった。
 彼女もあの年で『夜明けを追う者たち(デイブレイク・チェイサー)』に加わったのだから、きっとろくな人間でないのは確かなんだろう……。
「自分から『夜明けを追う者たち』に加わる奴なんて、本当にろくでなししかいないからな」
 エリフがぽそりと呟いた言葉は、『バンシー・エリー』の倒立液冷V型12気筒エンジンにかき消されたのだった。

#創作大賞2023  #漫画原作部門


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