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「デイブレイク・チェイサー」3話

 レーカ=レッツェルにとって「夜明けを追う者たち」という仕事は、自分の使命のようなものだと思っていた。
 勝ち気で、いつも自分の目に入る困っている誰かを助けて、悪い奴や不条理と戦うことがレーカの生き方だ。
 ジュニアハイを卒業するとともに、情勢の悪化を見込んで大増員を行った空軍の少年飛行学校に迷うことなく入学した。そして卒業とともにキンゼルデック防空隊である第107航空隊に配属され、最新鋭の『ラッパンチュ』戦闘機に乗った。
 レーカにとって「夜明けを追う者たち」の一員に加わることは彼女の生まれてきた意義で、定められた運命だと強く信じていた。

 少年飛行学校以来の親友で二機編隊の相棒のリリアーナと共に、レーカは側車付きバイクでキンゼルデックの市内に向かう。お互いに仕立てていた夏服の士官服を受け取るとともに、生理用品も切れてしまったので買いに行こうとなったのだ。
 女性兵士は酒保で用意できない入り用が多くて困る。そう零しながらも、市内に入ると、空軍の制服を着た少女二人に市民は歓迎の、そうでなければ恨みがましい視線を向ける。
 キンゼルデックの市民にとってクシルカ側の「夜明けを追う者たち」は100%憎んでいるが、ハイダキア側の「夜明けを追う者たち」に向ける感情は様々だ。キンゼルデックを守ってくれている翼の持ち主だと感謝するものもいれば、ヘボな腕前のおかげで爆撃を防げなかった無能。と評するものもいる。
 レーカとリリアーナも一度爆撃跡の瓦礫を投げられたこともあったし、仲間でも酒場で罵声を浴びせられたというものも大勢いる。
 レーカとリリアーナは半壊した洋服店で特注の女性用士官服を受け取り、そして雑貨店で生理用品、ついでにシュナップスと洋梨を買う。半壊した洋服店で店主に複雑な表情で制服を手渡されたときは、リリアーナも当然だが、レーカは余計に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
 リリアーナは何故レーカにそうやって申し訳なさそうな顔をするのか、と聞くと、レーカは「自分が至っていないからさ」と寂しげな笑いを浮かべる。
 レーカの言う「至っていない」と言う言葉は、友人になって時間も経つリリアーナにも理解できなかった。何をどうすれば至れるのか、それがわからない。

 二人がトリストン基地に帰って来て、食事を済ませた後にレーカが一人がらんとした格納庫で自分の愛機『青の16』を見上げて、一年半共に戦ってきた自分の翼に向かって、自分が抱いていた様々な疑問や自分への怒り――数日前の出撃で見た『バンシー・エリー』の機長の女性はどんな人なのか。自分が墜とした14機の『リントヴルム』の乗員たちがどんな人間で、自分はその命を奪ったのか。なのに自分は街を守り切れていない。こんなんじゃわたしは『夜明けを追う者たち』として立つ瀬が無い――を寂しげに静かに、しかし涙で溢れ、震えた声で口にする。
 そこに現れた航空隊司令・オデロ=クローク大佐が声をかけてきた。

 オデロは悲嘆に暮れたレーカにただの部下でなく、親戚の少女のような態度で接する。そして「大佐、どうすればわたしはみんなを守れるの。叔父さんみたいに」と慟哭する彼女に、オデロはしゃがみ、彼女の目を見て「カミルのことを考えるな。あいつは死んだからこそ英雄なんだ。一緒に戦った俺だって、防空戦闘機隊の司令としてこの街を守れてない」と口にする。
 口元を食いしばった、自責の怒りの混じった顔がそこにあった。

 カミル=ヴァラーシュク。鴎州大戦の折、ベルガニア帝国がキンゼルデックにツェッペリン飛行船による爆撃を仕掛けた際に、若き日のオデロらと共に出撃・ツェッペリンを撃墜し、その直後の着陸事故によって命を奪われた『空の英雄』。
 レーカの母の兄、叔父にあたる彼はレーカがもう物心ついた頃にはもう切手の図柄になり、歌の題材になるほどに彼は英雄化されていた。
 レーカ=レッツェルと言う少女の生まれ持った勝ち気さと悪を良しとしない心を、カミルの存在がより強く、そしてより脅迫的にしてしまったのだ。
 思えば自分達も悪かった、とオデロは思う。カミルの家族を戦友たちで支えようと度々戦友会で彼の家を訪れ、レーカにカミルの存在を過剰に意識させてしまったのだから。
 オデロが敷いた報道規制によって防空隊の個人撃墜数は外には漏れないようにしているが、それでも漏れた情報で彼女が若年の防空エースとして知られつつあるのはわかっていた。
 だからこそ、オデロはレーカを第二のカミルになどしたくなかった。

「わたしは、それでももっと頑張らなきゃいけない。それがわたしの使命なんです」
 月明かりに照らされる、濡れた碧色の瞳は狂気的なほど純粋な色を放っている。その瞳でレーカはオデロを見つめ、口にした。
「使命なんて言葉を口にするな、頼むから」と返すオデロに、レーカは首を振る。
「わたしがやり続けないといけないんです。わたしは50人以上のよく知らない人の命を奪って、それ以上の命を救いきれなかった。だから、街を守るためにも、その人達にお詫びするためにも……頑張らないといけないんです」
 ああ、とオデロはもう手遅れだと絶望を覚えた。
 もうこの子は正義感故に使命と言う名の呪いを抱え込んでしまったんだ。

 基地の出撃サイレンが鳴り響き、割れた声がクシルカ爆撃機の編隊の機数と方角を知らせる。格納庫に駆け込む他のパイロットに先駆けてレーカは素早く出撃前チェックを済ませ、操縦席に潜り込む。
 オデロは作戦室に戻る途上、彼女の方を振り向く。そこにはただ使命を全うしようとする者の顔がそこにあった。

『青の16』と『青の18』の二機は空中へと舞い上がり、急上昇する。編隊長のヤン=マストナー少佐の指示に従ってレーカは二機編隊で爆撃機に迫る。
『リントヴルム』は東部の市街地に爆弾をばら撒くように落としてゆく。『青の16』の機上でレーカは胸を押しつぶすようなざわめきを覚えながら、耳に入ってくる地上のレーダー誘導の情報と、探照灯と爆撃の炎の反射にぼんやり照らされたその機影に迫る。
 機銃の曳光弾が迫ってくるが、それを恐れずバンクで躱して上空を取る。
 そして下側から潜り込むように突っ込んだ『青の18』を確認すると、レーカは機体のトルクを生かして滑り込むように『青の16』を操り、照準器に爆撃機のエンジンを捉える。
 イスパノ20mm機銃を一射。それと同時に『青の18』の射撃を燃料タンクに食らった爆撃機は翼とエンジンから炎を引きながらゆるやかに落ちてゆく。
 脱出した乗員の落下傘が開いたのが見えて、レーカは少しだけ心のざわめきが止んだのを覚えた。そしてその一瞬、バンクをかけたまま飛ぶ『青の16』を編隊の別の爆撃機の機銃弾が貫く。
 右翼の燃料タンクと冷却器がやられ、ガソリンの漏出は防弾装備で止まったが、油圧の作動油や冷却液がだらだらと漏れて飛んでいくのが見えた。
 もうこれ以上飛ぶ事は出来ない。エンジンがぶっ壊れてやられてしまう。
 それでもレーカはスロットルを絞ろうとせず、飛ぼうとしていた。
 守ろうと。それしかできないからと。レーカは唇を震わせ次の機体を狙おうとバンク角を大きく取ろうとし、20㎜機関砲の発射レバーに手を伸ばす。

「レーカ! 離脱しなさい!」
 リリアーナの声がレーカを止める。彼女はヤンにレーカ被弾と離脱を宣言すると、冷却器の壊れた『青の16』は『青の18』に護衛されるように爆撃機の編隊から離れ、エンジンの回転数を下げて機首を基地に向ける。
 脚のロックを外して重力に従って降りた脚で滑走路に乱暴に『青の16』が降り立つと、操縦席から這い出るようにレーカは地上に立つ。
 機体はすぐに移動され、レーカ自身も傷を負っていないが歩くのも精一杯と言う様子で、整備員たちに担がれるように隊舎の方へ運ばれる。
 その途中、レーカはリリアーナに止められ、「よそ見してたらヘマしちゃった。全然墜とせなかった。また街を守れなかった。ダメだなあ、わたし」と自嘲気味に笑うレーカにぱしん、と頬を叩かれる。
「何が至ってないのか知らないけど、レーカ、あんたは十分自分に出来る事をやってるよ! それでも足りないなんてもうあんた一人には出来ない事なんだよ! 何でも一人で出来ると思うな! いい加減そのくらい理解してよ!」
 リリアーナの剣幕にレーカはうん、うん、と頷く。
 夜明けがやってくる。レーカは望んだ夜明け空に飛んでいくヨタカを見て、自分が上手く飛べなかった申し訳なさと、怒りを覚えながら寂しい顔をしていた。

#創作大賞2023  #漫画原作部門

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