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019« 2011年 初めて異国に一人で行き、目的地に到着するまで

子供の頃のお正月、祖母の家に集まってみんなでテレビを見てお節を食べていた時。
祖母は口数の少ない人で、いつも端っこにひっそりと座っていた。その祖母が、テレビでオーロラが流れた時にぽつりと「オーロラ観てみたいねぇ」と呟いた。子どもだった自分にはオーロラが一体なんなのかよく分からなかったが、祖母のその言葉がずっと記憶にあった。

自分が20歳頃、祖母は亡くなった。

年月が過ぎ、一生に一度は観てみたいもの、それはオーロラ。
しかし海外だ。日本では写真や映像でしか見られない。
これまで自分は海外旅行をしたことがなく、未知のことはどちらかと言えば怖いと思う質だ。
いつか、いつか、と思うだけだった。

さらに年月が過ぎ、叔母と成田空港から韓国へ。
韓国ドラマの大ファンな叔母から、ロケ地巡りのツアーに一緒に行ってほしい、旅費は全部出すから、と懇願された。
叔母にとっても自分にとっても初めての海外旅行だった。
空港のカウンターで手続きをしていると、隣のカウンターはエジプトに行くツアーの人たちが列になっていた。
この時、ちょっと開眼した。
ここから飛行機に乗ればいろんな所に行けるんだ、ということを肌で感じたというか、得体のしれないキラキラとしたものが見えた気がした。
このキラキラが、そうだオーロラを観に行こう、と、いつかいつかと思っていたことを行動に移すきっかけとなった。

2011年1月。情報収集。
カナダのイエローナイフという地名は知っていた。オーロラと言えばここだと思っていた。
いろいろ調べるうちに、アラスカ、北欧、グリーンランド、南極で観測出来ることを知った。
どこが良いのだろう。消去法で決める。
グリーンランド、南極は、旅費や渡航の難しさの点で却下。
北欧は、どうやら晴天率が北米よりも低いというデータ。
北欧雑貨などの素敵さは魅力的であったが、晴れていないと観測が難しいオーロラを何よりも優先とすると天気の条件がより良い場所にしたい。
もっと調べると、オーロラベルトというものがあるらしい。北極、南極近くにドーナツ状に印された解説を何度も目にした。このベルトにかかっている場所はオーロラが観測できるというもの。
イエローナイフは、ベルト内ど真ん中だ。ど真ん中のほうがより確率が高いんだろうか。
さらに、観測するのに十数年に一度の絶好のチャンス!という広告がやたら出てくるのが気になった。十数年に一度、太陽の活動によってそういう周期があるという説。

イエローナイフかアラスカのフェアバンクスかなーと旅行会社の様々なツアーを見ていると、カナダのホワイトホースという場所にある、まるでお菓子の家のような風貌のゲストハウスに泊まるプランが出てきた。
ホワイトホース、初めて聞く地名。選択肢がだいぶ減ったところでひとつ増えてしまった。
よくよく読むと、そのプランはゲストハウスの敷地内でオーロラが出れば好きなだけ楽しみことが出来るし、寒い外に出なくても建物の中からでも観えるよ!というものであった。
イエローナイフはホテルから夜な夜な観測場所にバスで向かうらしい(もっと探せばそうじゃないのもあったかもしれないが)。
オーロラベルトは、ホワイトホースはど真ん中でなくちょっと南に位置しているという風に見える。素人目にはそう見えた。
しかし、、、このゲストハウスに泊まってみたい。オーロラ最優先の消去法はいずこ。
このツアーを予約した。飛行機と宿泊がセットのフリープラン。同行者は見つからなかったので一人だ。

という訳で、約1ヶ月後にカナダ、ホワイトホースへの一人旅が決定した。


2月下旬。出発前日。

今にも吐きそうな心境であった。
ノロノロと友人から借りたトランクに荷物を詰めながら、自分で自分になんてことしたんだろうか?本当に行くの?キャンセルしたい。
初一人海外旅行に恐怖のあまり後悔しかなかった。
自分がオーロラ観たくて計画した旅行なのに、テカテカ顔で計画していた時と今とじゃまるで別人格だ。
この出発前日になってテンションがガタ落ちするの、このときだけじゃなく、異国への旅行を何度か経験した今もそうなのだけど。。

それでもトランクをゴロゴロ転がし、えづきながら成田空港へ。日本円をカナダドルに両替、カウンターで荷物預け、出国手続き、と段階を踏む。
搭乗ゲート近くにパソコンがあったので、最新の宇宙天気予報を見てみた。オーロラが出るかどうかを予測するもの。
それによると、自分が滞在中はあまり期待できなさそうだった。
その情報を見て、もうどちらでも良かった。もし数日後に凄いの出る予報だったとしても日にちは変えられないし。
観られなくても問題なく到着し、帰って来られれば。

願いに反し、バンクーバー行きの飛行機はかなりの遅延でもって出発した。
エアカナダというもちろん初めて乗る航空会社の飛行機、まずはバンクーバーへ。
そして、バンクーバーで国内線に乗り換えてホワイトホース、なんだけども。
バンクーバーでの乗継時間、まずいんじゃない?と不安がよぎる。1時間半ほどの乗継時間で、1時間近くの遅延。
この遅延のままバンクーバーに到着したとして。残り30分で、飛行機から飛行機にすぐ乗り換えられるならまだしも、審査やら移動やらがあって時間かかるんじゃないだろうか。
ただ、タクシーのように急いでくださいと頼める訳ないので、大人しく着席する。

機内では隣にカナダ人風のおじさんがいた。機内食の飲み物でトメィトを注文すると、そのおじさんはセイム、と言っていた。
途中までは話をすることがなかったのだけど、2回目の機内食後に話しかけてきた。もちろん英語でだ。
おじさんは察してくれ、ゆっくりと分かりやすい英語で会話してくれた。ラミネートされた息子さんの写真を見せてくれたり、一人で京都大阪を観光したことなど。
窓の外の景色を撮るために座席を交代してくれたり、とても気の良い人であった。メールアドレスも交換した。
この飛行機が遅延しているということ以外、何一つ問題なかった。

バンクーバー到着。入国手続きののち、いったん預け荷物を受け取る段取りになっていた。
隣だったおじさんとは、並ぶ列が違ったためここでお別れ。

入国審査の行列。
係員に急いでるって伝えるべきか...と考えてるうちに順番が来て4つくらいの質問を必死に答えた後、今度は荷物のベルトコンベアの前で待つ。全然出てこない。
ひったくるようにして荷物を取り、国内線搭乗口に移動。
ホワイトホース行きの切符を見た職員が、クイック!と言ってくる。言われなくても分かってるよ!と言いたい気持ちを抑え(英語でどう言うのかも分からんし)、エレベーターだの長い通路を進む。
映画ホーム・アローンで大家族が空港で走っているシーンの音楽が頭の中で流れる。
手荷物検査を経て、走って走って搭乗口にやっと着いた。
搭乗口はさぞかしガランと...あれ?着いてみると人の姿がけっこうある。
表示を見ると、DELAY。
DELAYってなんだっけ?と数秒考え、ホワイトホース行きの飛行機も遅延し、まだ搭乗口に到着すらしていない、ということが分かった。
途中でフライト情報を見ていたら分かったことだったけど、そんな余裕はあの走っている時には無かった。
ひとまずトイレに行き気を落ち着かせた。
トイレの仕切りが床から高めの位置にあり、こんなの簡単に覗けちゃうじゃん...と、放心ながらもこんなところで異国を感じた。

ホワイトホース行きに搭乗。
荷物を入れる上の棚のどこからか液体がボタボタ落ちてきたり、棚の戸がいきなりパカーっと開いたり、今まで飛行機に乗ったときには経験したことないようなちょっとしたことがあったが、やっとホワイトホースに到着。

その後はコチラ

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