trf - CRAZY GONNA CRAZY #001

「あ、これ、わたしのことなんだよ」とナツミ先輩が唐突に言った。
少し呆気にとられた表情を浮かべている自分を見て、先輩は「ほら、この曲」と天井を指差す。店内にはtrfの"CRAZY GONNA CRAZY"のイントロが流れていた。知っている曲だったが、はたして先輩のような人物が曲中で歌われていただろうか。気にはなったが特に歌詞を先読みすることもせず、同時進行で流れる詞に耳を傾けることにした。

きょうは先輩の買い物の付き添いで駅前まで来ていた。12月に入ると街は一気に慌ただしくなったが、自分だけはその喧騒に置いてかれている気がしていたので、こうして世間の空気に触れられる機会はむしろ歓迎だった。カフェに入るまえに、地下にある革製品の店でナツミ先輩は長財布を買った。彼氏へのクリスマスプレゼントだそうだ。

暖房が効いているせいでカフェの中は少し暑いくらいだったが、ぼくはホットミルクティーを口にしていた。外に出ればまた冷える。

「ほらここ!」と先輩が嬉しそうに再び天井を指差した。聞こえてきたのは "真面目な自分は 茶化しちゃう自分に負けてる" という歌詞。

あぁたしかに、と納得した。ナツミ先輩はみんなの前ではいつも冗談ばかり言っている。しかし、自分の前ではそんなこともない。悩みも話してくるし、疲れた表情もする。普段は努めて明るく振る舞っているのだろうか。本当の先輩はどっちなんだろう。そして、彼氏の前ではどうなんだろう。

楽しそうに曲を聞いているナツミ先輩をぼんやりと見つめながら、ぼくはミルクティーをずるずると飲み続けた。先輩の彼氏が苦手な、この熱くて甘いミルクティーを。

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