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寝ても覚めても

今年は、映画観ててこんな気持ちになったことないなという作品にいくつか出会っていて、(「スリー・ビルボード」とか「枝葉のこと」などなど。)なかなか刺激的な年だと思っているんですが、ここに来て、また「なんなんだ、この感じは?」と困惑しながらもめちゃくちゃ興奮する映画に出会いました。上映時間5時間の大作「ハッピーアワー」の濱口竜介監督の最新作「寝ても覚めても」の感想です。

はい、僕はまだ、その「ハッピーアワー」を観れてないんですが、(「寝ても覚めても」を観て是が非でも時間作ろうと思いました。5時間!)その評判は映画好きの知り合いからも多数聞いていて、まぁ、概要だけ聞いても5時間17分という長尺のストーリーを演技経験のない4人の女性を主人公にして撮るという、どう考えても一筋縄ではいかない様な映画なんですが、その監督が今度は東出昌大さん主演の恋愛物という、これまた予想のつかないものを撮ったというので、なるべく何も情報を入れずにその衝撃を楽しむつもりで行ったんですが、これ、なんですかね。愛っていうのを哲学的に映像化したらこうなるというか、人間の本能の部分をドラマにするとこうなるというか、人間が日常の中で最も本能的になるのが自らの生命の危機と恋愛だと思ってるんですけど、恋愛によって本能的に死を超えてしまう瞬間みたいなのが描かれていて、恋愛映画なのに日常と死の世界を行ったり来たりする様な話になっているんですよね。タイトルの「寝ても覚めても」というのは、この"生と死"とか、"意識と無意識"とか、"本能でしてる行動と理性でしてる行動"みたいなことを表してるんだと思うんですけど、ただ、それが「恋する女は恐ろしいね。」っていういかにもな一言に集約されてしまいそうなくらいのベタさで描かれてもいてですね。表面的には「寝ても覚めても・あなたのことを考えています。」っていうベタな恋愛用語の様な映画として見える様にもなっているんです。

まずは、朝子(アサコ)っていう女性が出て来るんですけど、基本的にこの朝子の行動を追っていくというのがストーリーラインになっているんですね。でも、その彼女の行動原理というか、なぜ、そうするのかっていうのが映画の中ではほぼ語られないんです。そのせいで物語がどう転がって行くのかが全然読めないんですけど、行動の結果には納得出来るというか。いや、納得は出来ないな。なんて言うんでしょうか、えーと(ほんと説明が難しい映画なんですよね。)、多分、この朝子という人は他人に共感してもらおうとか、理解してもらおうなんてことは全く考えてなくて。なぜなら、映画の中で起こっている大半のことというのが、ある種彼女の心の中で起こっていることなんじゃないかと思うからなんですけど、それを(行動の原理を説明しないことにより)観客である僕等が無理やり覗き見してるみたいな構図にしているんだと思うんですよ。(あくまで僕の推測ですけどね。)そうすると、私はこういう行動はとらないということを朝子が勝手にするので、朝子に対する拒絶反応が起こると思うんですね。で、それって、(移植した臓器が合わなかったみたいなもんで、)朝子が自分の一部になった様に感じることへの拒絶反応なんじゃないかと思うんです。(全く共感出来ない主人公をなぜ自分の一部になった様に感じるのかというのはあとで話しますね。)そこの部分でこの映画にノレないという人が一定数いるというのは分かるんです。(ただ、この構造こそが面白いところなんですけどね。)ちなみに、僕は朝子の行動は割とすんなり受け入れられました。「こういうシチュエーションになったら、そりゃ、こうするよね。」みたいな感じで。それは共感とか理解というよりも、たぶん、映画的シチュエーションとかお約束みたいな部分での、こういう映画の主人公はこういう場合はこうするっていう理解の仕方なんですね。つまり、(僕は、ここのとこがこの映画の革新的なところだと思っているんですが、)恋愛の凄くリアルな部分を描いてるのに登場人物たちはあえて恋愛映画としての凄くベタな行動をとらされるんです。(逆かな。ベタな恋愛映画として進んで行くのに、その構造によって人間の本質の部分が見えて来てしまうって感じですかね。)

なので、常にこういう二律背反というか、相反するふたつのものが同時に存在するって構造になっていてですね。その最たるものが東出昌大さんが演じてる麦(バク)と亮平(リョウヘイ)というふたりの男性なんですけど。まずは、麦っていう不思議な魅力を持った男性の方が朝子と出会うんですが、ふたりは出会った瞬間に恋に落ちるんです。(ホントにただただ恋に落ちるんです。そこに理由はないんです。)で、この麦という男の魅力っていうのが欠落した部分があるからこそというか、まぁ、危険な男なんですね。そういう男に若い女性が惹かれるというのは映画のストーリーとしては分かりますよね。(というか、恋愛物としてはベタなキャラクターづけですよね。)で、案の定、この男はある日突然いなくなるんです。それから2年経って、まだ麦を忘れられない朝子が、今度は麦と同じ顔をした亮平に出会うんです。亮平は顔こそは麦と同じなんですけど、中身は正反対というくらいに違っていて、朝子に安定をくれる存在なんですね。つまり、ここではないどこかへ連れて行ってくれる(夢を見させてくれる)男と、圧倒的に平凡でつまらない日常の中でそれでも安心を与えてくれる男、この同じ顔を持ちながら振り子の両端の様な存在のふたりの男の間で揺れる女心を描くっていうのがストーリーなんです。ね、これ、こうやって書かれると、古典的な少女漫画の様な話ですよね。(まず間違いなく濱口監督じゃなかったらスルーしてた様な話です。)冒頭の麦と朝子が出会うシーンなんか撮り方まで、目と目が合った瞬間にスローモーションになったりして、いわゆる、そういう撮り方をしてるんですけど。じつは、そのキラキラしたCMの様な冒頭からずーっと通奏低音の様に流れる不穏な空気っていうのがあって、それが映画を観てる間中常につきまとう違和感になっているんですね。(これは濱口監督が撮っているということを知らなくても感じる違和感だと思います。ちょっと笑っちゃうくらいの。)

で、この違和感の正体を探って行くっていうのが映画の裏ストーリーになっているんですけど、この裏ストーリーの方がメインなんじゃないかと思うくらいにめちゃくちゃ面白いんですね。(えーと、映画の最初の舞台は大阪なんですが、そこで使われてる関西弁が凄くぎこちなくて、正に違和感なんですけど。これとか、主人公の朝子の感情を感じさせない台詞回しとか、個人的にはワザとだと思ってます。ワザとというか監督ジャッジでそうしてるってことですね。要するに、この世界は本当の世界じゃないよっていうぎこちなさなんだと思うんです。)それが朝子の冒険譚の様に見えてくるというか、人間の理性と本能を駆使して繰り広げられる大活劇の様に見えてくるというか。理性と本能、人としてどっちに着地するのかっていう話になっていて。夢見がちな恋愛物として始まった映画がいつの間にか朝子の行動を追うサスペンスに取って変わっていて、それがもの凄いスリリングなんです。更に、そのスリリングさに最初から漂ってる不穏な空気が絡まって、もう、ほんとにデヴィッド・リンチとかクローネンバーグの映画を観てるみたいになって来るんですけど。あと、ここに更にもうひとつ、亮平側の視点から見た世界っていうのがありますよね。亮平から観たら、完全に朝子っていうファムファタールに運命を弄ばれるフィルム・ノワールの様な(更に言えば、朝子は麦っていうファムファタールに支配されていて、それは実質的に東出昌大という同じ人間で円環構造になるっていうクラクラする様な)話なんですね。そうやって、恋愛映画観てたと思ってたら、気がつくと全く違う世界にいるみたいな感覚になるのが面白くて。見る角度によって全然違って見える映画なんですけど、見終わると「ああ、恋愛の話だったな。」って思うんです。だって、この映画では朝子は全部一気にやっちゃったことになってるから問題というか、酷い女だと思われるかもしれないですけど、夢を見させてくれる理想の王子様から着実な安定をくれる現実の男性に好みが変わっていくなんてこと、人生の中で誰にでもある心境の変化だと思うんですよね。(そう思うと、朝子って全ての女性の成長のメタファーの様に感じて、誰の中にも朝子は存在するんじゃないかと思うんです。これが朝子を自分の一部の様に感じてしまうという理由です。)つまり、これって、人が人生で夢見る頃を過ぎてきちんと現実を見る様になるという、青春の始まりから終わりまでを描いた成長物語なんじゃないかと思うんですよね。(だとすると、荒れ狂う海から帰って来た朝子が、穏やかな川を見て「美しい」と言ったのにはなかなか感慨深いものがありますね。)

ということで、恋愛をモチーフにした青春映画として凄く新しくて、なんていうか、渦を巻く様なとてつもないエネルギーを感じる映画でした。(恋愛とか思春期における人間の本能としての狂気性を描いてるってことで、ちょっと「台風クラブ」に近い映画だなと思いました。)あと、朝子が海をバックに歩くとことか、走る亮平と朝子を追いかける様に陽が射して行くとことか、心象風景なのか現実なのか(6:4くらいで現実の)曖昧な絵がいくつかあって、その絵のパワーにかなりヤラレましたね。あ、あと、もうひとつ、構造的なことで言うと、麦が出て来るパートは荒唐無稽な虚構で、亮平のパートは現実の模倣だと思うんですけど、より映画観てんな〜って感じたのは圧倒的に麦のパートだったという。そういう、根源的な「映画とは?」っていう、なんかプリミティブな気持ちになれたのも凄い良かったんですよね。

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