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メランコリック

バイト先の銭湯がじつは殺人死体の処理場だったっていう、ほんとに荒唐無稽な、その設定だけで観に行って来ました。今年のインディー映画で最も話題になっている「メランコリック」の感想です。

はい、ということで、2019年の「カメ止め」なんて評判になっていますが、自主制作で低予算ってこと以外、それほど共通点があるわけでもないんですよね(あ、「カメ止め」が受賞した同じ海外の映画祭で賞もらってますね。でも、それくらい。)。どころか、「カメラを止めるな」は一応、監督や俳優の養成学校であるENBUゼミナールのプロジェクト内で作られてますが、この「メランコリック」は主演俳優、助演俳優、監督の3人で作ったOne Goose(ワングース )っていうユニットの製作。つまり、制作会社まで自分たちでやっているというインディーズっぷりで、しかも、監督に至っては普段は会社員として働きながら(なので、撮影は金曜の深夜から日曜の昼まで限定で10日間だけだったらしいです。)という、ほんとになんて言うんですか、好きじゃないと出来ないなんてもんじゃなくて。僕も働きながらバンドやってるので、ある程度は分かるんですが、こういうことって、学生の時よりも働き始めてからの方が断然大変なんですよね。とにかく時間がないから。しかも、映画なんてバンドよりも時間もお金も人ももの凄い掛かるわけですから、ちょっと、ほんとに頭おかしいんじゃないかという感じなんですが、その、「どうせ自分たちで作るなら自分たちが最高に面白いと思うものを。」っていう情熱というか執念というか、妥協の無さがこの映画を面白くしてると思うし、観ててもそれを感じるんですけど、ただですね、そういう熱さというか、勢いまかせの情熱みたいなものは映画の中には一切入ってないんですよね。そこがまず、ほんとに素晴らしいなと思いました。

えーと、単純にストーリーがめちゃくちゃ面白いというのがあってですね(銭湯が死体処理場ってだけで、もう、ワクワクしますもんね。)。だから、それをどうやって見せていくのかっていうことなんだと思うんですけど。基本コメディでですね、例えば、このパターンとこっちのパターンのふたつがあった場合、どっちを選ぶのかっていうのの選んだ方の正解っぷりというか、分かってる感が凄いと思うんですね。この映画。基本的にはオフビートな日常の中の笑いで、殺しの現場っていう設定上ブラックな笑いになるからその方がリアリティもあるってことだと思うんですが。例えば、この手の荒唐無稽な話だったらハイテンションで笑わせるってパターンもあったと思うんですよ(実際、ポスターとか予告を見た段階ではそっちの不条理ホラーコメディみたいなのを期待してましたしね。)。どぎつめのスプラッターなギャグをひとつくらい入れたいというか。ただですね、それをやっちゃうと作品の世界観がホラーよりになるじゃないですか。この映画って、こういうの一切やらないんですね。ストーリーありきで、その世界観を壊す様なことは一切やらないんですよ。だから、これは低予算映画っていうことがうまくハマったってことなのかもしれないんですけど、作品の世界が舞台になっている銭湯から半径何メートルくらいのところ以上には広がらない様になっているんです。で、そこに、そういう話をやる場合にはホラー要素は全くなくていいみたいな確固たる意思を感じるんですね。ただ漠然とどっちかを選んでるんじゃなくて、その一貫した世界の中でベストなチョイスをしてるって感じなんです。で、逆にやるべきところでは必要以上にやってるっていうのもあって。例えば、銭湯が死体処理場っていうのも、殺したあとに血を洗い流しやすいとか、遺体を窯で焼けるとかちゃんとロジカルな意味があったり、中盤に出て来るアクション・シーン(このアクション・シーンめちゃくちゃアガりました。あんなにアガったの「ジョン・ウィック」の1以来かもです。)なんかも、日本の狭い建造物の中で音を立てずに倒せる仕様になっていて、そういうとこをきっちりやることによって映画全体の説得力がめちゃくちゃ上がってるんですね。つまり、こういう映画を作るんだっていう枠がまずちゃんとあって、その世界の中でここぞという場面で最高得点を上げてってるって感じなんです。狭い世界ではあるけど目指してるところがブレないので観てるこっち側も楽しみ方を惑わされなく世界に入り込めるんですよね。要するに、めちゃくちゃセンスがいいんです。センスのいい人たちが拘って妥協することなく作ってるんで、それだけでもう面白くないわけないんです(何が言いたいのかというと、銭湯が死体処理場だったっていう設定がとか、製作者3人の情熱がとか、そういう奇跡的な面白さじゃないってことです。強いてあげれば、この3人の映画的知識の豊富さと、こういう映画が面白いんだっていう信念で面白くなってるってことだと思うんです。)。

で、あの、(今までと間逆のことを言う様ですが、)ジャンルを越境して行く様な面白さもあってですね(サスペンス、ホラー、犯罪モノ、青春モノ辺りですね。)。ただ、個人的にはコメディだと思ってます。コメディとして考えた時に凄く好きなタイプの映画だなと思ったので。監督と主演俳優ふたりの3人が中心になって作ってるってことからも、イギリスのコメディ映画の「ショーン・オブ・ザ・デッド」を思い出したんですよね。あれもコメディっていう大きな枠があって、それがホラーとかバディ物とか他のジャンルを取り込んでいたじゃないですか。色んなジャンルぶち込みましたっていうんじゃなくて、ドラマを紡いでいったら他のジャンルの要素も入っちゃってましたみたいな一貫性を感じるんです。で、その軸に何があるのかというと、「ショーン・オブ・ザ・デッド」も「メランコリック」も同じだと思うんですけど、それって人と生活ですよね。「ショーン・オブ・ザ・デッド」は、サイモン・ペッグとニック・フロストのふたりと、そのふたりを中心にした周りの人々との関係性を描写することで荒唐無稽(ゾンビ映画ですからね。)なストーリーにリアリティを出していたと思うんです。で、この「メランコリック」もそうで、出て来るキャラクターの人物造形がみんなかなり複雑なんですね。例えば、主人公の和彦の両親はちょっと変わった(あまり物事に執着しないというか拘らない)人物として描かれるんですが、最初に登場した時は、ちょっと変わったキャラクター出してウケ狙いかなと思ってたんです。そしたら、そのウケ狙いキャラだと思ってた母親が、物語の終盤で、正しくその物事に拘らないっていう性格だからこその活躍をするんです。父親も何の役にも立たなそうだなと思ってたら、終盤で(個人的にはこの映画の中で一番笑った)あるセリフを言うんですね。で、それも、この父親だからこその笑いになっていて。つまり、こうやって単なる賑やかしだと思ってた人たちまでを徹底的に描くことがドラマ(登場人物たちの生活)を作ることになっていると思うんですよね。

もちろん和彦の両親でさえここまで描かれてるんだから、他の主要キャラクターたち、例えば、和彦と同時期に銭湯で働き始めることになる松本とか、和彦の高校の同級生の百合とか、銭湯のオーナーの東とか、そのオーナーに殺人と死体処理を依頼しているヤクザの田中とか、ひとりひとりがちゃんと違う考えを持った複雑な人間として描かれていて、それが、銭湯で死体処理をするっていう荒唐無稽な話を自分たちの生きている世界と地続きのことと思わせてくれるんだと思うんですね。いや、実際、話自体はリアリティないんですよ。最初に話した和彦の両親然り、銭湯で偶然再会した百合が何年も会っていなかった和彦に最初から恋心を持っているのも無理あるし、その百合に「ここで働いたら。」って言われてニートだった和彦が言う通りにするのもおかしいし、大体、あれだけ同じ場所で殺しておいて周囲に全く怪しまれてないのもそんなわけなくて。でもですね、ここにひとつ、和彦が東大出てるのにフリーター生活してるのには世間に対する何か憤懣やるかたない気持ちがありそうとか、松本はチャラそうに見えて和彦にもちゃんと敬語使ってるとか、そういう情報が入ることで、和彦ならこの時こう考えそうとか、松本ならこれは断らないだろうみたいな。要するに、ちょっともう友達を見てるみたいな気分で映画を観ちゃってるんですよね。登場人物たちを信じたくなるというか。で、それは状況が困難であればあるほどそうで。自分もその現場にいて同じ困難を共有してる様に感じるんです。そうなってくると状況のリアリティの無さなんていうのはもう関係なくて。自分がこの銭湯にいる気分になっているので。で、こういう感じっていうか、「メランコリック」って映画になんかずっと懐かしさを感じるなって思ってたんですけど、これ、子供の頃に「グーニーズ」とかを観た時と同じだなと思ったんですよね。当時、「グーニーズ」観た時も、あそこに出て来る子供たちと一緒に冒険してる気分になったし、一緒に切なくなったし、一緒に成長した様な気がしたんですよね。だから、これ大人版「グーニーズ」として観たら、近所にある謎の館(銭湯)に足を踏み入れることが社会に出ることのメタファーになっていて、その正に今そこで起こっていることが人生のターニングポイントになる様な経験なんだろうけど、それがまだ渦中にいる僕らには分からないっていう。ああ、そうですね。そういう映画なんですよね。

善悪が混沌としてたり、社会とは関係ないところで日常を描いてたり、理性よりも感覚でグッと来る感じとか、こういうの知ってるなと思ってたんですけど、何のジャンルか分からなくて。しっくり来ました。

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