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はい、「サスペリア」です。オリジナルは1977年公開のイタリアン・ホラーの名匠ダリオ・アルジェント監督による傑作ホラーなんですが、じつは、僕観てないんですよね。というのもですね、「決してひとりでは見ないでください。」ていう有名なコピーありますね。あれが流れるテレビ・コマーシャルと映画館で観た予告編で完全にトラウマになっていてですね。「食人族」と並んで観れない2大映画のうちのひとつなんです。(「食人族」は「グリーン・インフェルノ」公開時に克服しました。)その、トラウマになるくらい怖そうだった映画のリメイク版「サスペリア」の感想です。

(トラウマになりそうで観れなかったと書きましたが、じつは、同じ頃にルチオ・フルチ監督の「サンゲリア」(’79)と、もう一本「ゾンゲリア」(’81)という似た様な名前のホラー映画がありまして、思い返してみたら、僕、完全にこの3本を混同して憶えてましたね。「怖くて観れなかったあの映画ね。」と「サスペリア」を思いながら頭に浮かんでいるのは、顔を包帯でぐるぐる巻きにされた人が目玉を注射針でぶすりとされる映像だったりして。実際はこれ「ゾンゲリア」なんです。で、タイトルロゴは「サンゲリア」のあのユラユラしているロゴを思い出してました。つまり、僕は「サスペリア」を全くどういう映画か知らずにトラウマ化してたってことです。)

ということで、(今回のリメイク版の監督をしたルカ・グァダニーノ監督の話題になった前作「君の名前で僕を呼んで」も観れてないので、)まるっきりの丸腰で挑んで来たんですが、いやぁ、一見すると狂気でしかないんですけど、その狂気がじつは計算されていたものだったみたいな、そういう恐さを感じる映画でした。今回のリメイク版、オリジナルとは全然違うという話なんですが、この他人の夢の中に引き摺り込まれて行く様な感覚ってオリジナルから踏襲されたものなんですかね。1977年(が舞台なんですけど。)のドイツの街並みとか、街から離れた田舎の空気感とか、そこに暮らす人たちの服装とか振る舞い方とかが、(もちろん僕は1977年のドイツになんか行ったこともないし、そこで暮らす人のことも知らないんですど、)自分の記憶の中にあるものとリンクする様な感覚があったんですね。そういう既視感というか、記憶の中の映像としてのリアルさみたいな感じが、映画の中で起こっている非現実的な事象への恐怖を増してると思ったんです。で、この感覚がオリジナルから引き継がれたものなのだったらリメイクとしてとても良いんじゃないかなと思ったんです。映画序盤の方で、舞台となる舞踏団マルコス・ダンス・カンパニーの建物がある一角が映るんですけど、その薄暗く重苦しい感じに記憶の中にある風景の様な希薄さを感じたんですね。映像の粗さのせいで昔の映画を観てる様な感覚になってるのかなと思ったんですが、そういうのでもなくて。リアルな空気感みたいなのは感じるんですけど手で掴めなさそうというか、やっぱり夢の中で見てる様な感じなんです。で、そこに雨が降って来るんですけど、それで「あ、これは現実の風景なんだ。」と夢から覚めた様になるというか。そういう夢か現実か曖昧な不安定さがずっとあるんです。ただ、決して居心地は悪くないんですよ。むしろ、ずっとここにいたいって思う様な居心地の良さがあって。この不安なのに居心地良いっていうのが、まず、おかしいんですよね。(現実と嫌な夢が隣合せになってる感覚って「へレディタリー」がそうでしたけど、これ、新たなホラーのトレンドですかね。)

で、この舞踏団にスージーというアメリカ人の少女が入団するところから物語が展開して行くんですが、えーと、去年公開された「RAW 〜少女のめざめ〜」っていう映画があって、少女が思春期を迎えて大人の女性へと変貌していく様を、カニバリズムに目覚めて行くというのに掛けたホラーなんですけど(思春期の少女の身体や心の変化を恐怖という感情を通して描いた映画でした。)、基本的なストーリーはこれと一緒だと思うんですね。と言いますか、この「RAW 〜少女のめざめ〜」っていう映画凄く好きで。なんか、有無を言わせず圧倒されるみたいな感覚があったんですよね。観た時に。で、よく考えたら " 少女が目覚める " 映画大体好きだなと思って(他に、最近だと韓国映画の「お嬢さん」とか、フランス・ドイツ・トルコ合作の「裸足の季節」とか、古いとこだと「セーラー服と機関銃」とか「台風クラブ」なんかもそうですもんね。あと、僕が欅坂46にハマってるのも、じつはこの要素がだいぶあります。僕にとっては欅坂も"少女が目覚めて行く"物語のひとつなんです。で、今回の「サスペリア」に関しては、女性ばかりのコンテンポラリー・ダンス・チームに圧倒的な才能を持った少女が入団して来るって話なのでだいぶ親和性があるんですけど、欅坂のダンスが新曲を出すごとにコンテンポラリー・ダンスに近づいて行っていて、それが呪いとしてメンバーの体調不良とか卒業に関係してるなんて思うと、ドラマというか、ダンスっていうものが持つ人の精神とか肉体に及ぼす影響みたいなことを考えてしまいますね。)。で、今回の「サスペリア」も正しく少女の成長と目覚めの過程をホラーとして描いてる映画なんですが、そのストーリーがどういう舞台立ての上で成り立っているのかっていうのにかなり比重が置かれているんですね。

つまり、1977年のドイツの世相とか、政治的な状況という現実で起こっていることがストーリーに直接関わって来るんです。例えば、スージーが入団するマルコス・ダンス・カンパニーの目の前にはドイツを東西に別けている"ベルリンの壁"があるという設定ですし、街中で赤軍派によるテロが毎日の様に行われていて、ダンス・カンパニーから逃亡したダンサーは赤軍派と繋がって地下活動をしていると噂されていたり。その逃亡したパトリシア(クロエ・グレース・モレッツが演じてますが鑑賞中は分かりませんでした。)の精神科医として登場するクレンペラー博士という人は、パトリシアの行方を追ううちにマルコス・ダンス・カンパニーに行き着くんですが、この人が第二次世界大戦中に生き別れになった奥さんを探していて、それがこの映画のストーリーのもうひとつの軸になってるんですね。で、面白いのは、このクレンペラー博士と、主人公のスージーが憧れるマルコス・ダンス・カンパニーのカリスマ講師のマダム・ブランという人がいるんですけど、そのふたりをティルダ・スウィントンがひとりで演じてるんです。美しい女性カリスマ講師と白髪の老精神科医をひとりでです。しかも、かなりの時間を掛けて特殊メイクまでして。(じつは全部で3役やってるらしいんですが、もうひとりは説明が難しいし、そこ説明しちゃうといろいろややこしいので省きますね。)ここまでするからには何か重要な意味があるんでしょうけど、マダム・ブランはダンス・カンパニーの存続を願っている人(で、まぁ、権力者でもあり、最終的にはスージーとも権力争いをする人なんです。)、クレンペラー博士はダンス・カンパニーの謎を暴こうとしてる人(で、こちらはスージーから見逃される人なんですよね。)、というくらいのことしか分かりません。(ある意味で同一人物ってことなんだとは思うんですけど。ちなみに、観てる間はこのふたりを同じ人が演じてたとは全く気づきませんでした。パンフレットでも公式ホームページでもクレンペラー博士はルッツ・エバースドルフっていう架空の人物が演じてることになっていて。こういうの面白いですね。)

で、この当時のベルリンの状況をストーリーに入れ込むっていうのは、まぁ、いろいろ詳しく史実を調べていったりすれば理由というか新たなストーリーが浮かび上がって来たりするんでしょうけど、僕が映画の作りとして面白いと思ったのは、えーと、マルコス・ダンス・カンパニーっていうのは、そのスタッフまで全員女性で構成されてる組織なんですね。で、それがじつは魔女の集まりだったというのが「サスペリア」なんですが(これはネタバレじゃないですよ。映画の中でも特に説明されないくらい当然のこととして描かれますから。)、僕はその物語を"少女が大人になる過程の変化"を魔女っていう寓話に掛けて(ホラーとして)描いてると思っているわけです。(もしくは、ここはグァダニーノ監督がオリジナルから読み取ってそういう解釈にしたのかもしれません。)で、それは主人公のスージーだけを魔女として描いていればそれでいいんですけど、今回の場合はマルコス・ダンス・カンパニーを魔女組織として描いているわけなので、それは女性そのものを描いているってことだと思うんですね(少女が母になる話ですしね。)。だから、その中で当時の世相や政治状況を描くということは、当時の女性たちがどういう状況の中で女性として生きていたのかっていうことだと思うんです。ただ、それは ” 女性 ” っていう未知のものに対して、その謎を解くカギの様にも機能してしまうと思うんですよ。だから、ホラーというよりはミステリーの要素が強くなってしまうと思っていて。それだとちょっとつまらないというか、そこまでのバランスでは描かれてないと思うんですね。

なので、僕はそんなことよりも、ここは、現実に起こった事件や世相を映画の中に入れることにより、現実と妄想を行ったり来たりする様な、狂気の部分をより強烈に見せる為の対比として入れているんじゃないかと思ったんです。謎の部分をあえて謎として描いていく。で、そう考えると、映画冒頭から感じてた、ベルリンの街並みやマルコス・ダンス・カンパニーで起こること全部が夢の様に見えてくることなんかにも、それと対比する様に(ちゃんとあります。こういうシーン)超常的な事件とか、(あのスージーのダンス試験の裏で起こっている)グロい惨劇なんかの方が鮮烈に現実味を帯びて見えることにも納得がいくんですよね。で、その謎を抱えたまま狂気が暴走して行って最終的に「なんだこれは…」ってなるのも、エンドロールの謎のカットも、ホラー的でとても楽しかったですし、観終ったあとには「全部が悪い夢だった。」と忘れさせてくれる様な仕様にもなっていますしね。個人的には新たな " 少女が目覚める " 系映画の傑作が観られて満足でした。

(あの、これ、いろんな人の感想見ると割とみんな「怖くない。」って書いてますけど、僕は結構怖かったです。夢から覚める瞬間の「え、何これ、え、夢?夢なの?」っていうのって怖いですよね。)

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