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複数言語を操るということ

 アジアに住むと、もはや英語だけでローカルと意思疎通を取るのは不可能です。旅行で来るだけならともかく、滞在するとなるとなおさらです。
 マレーシアは「英語が通じる」と日本人は思っていますが、それは観光地だけの話。クアラルンプールやペナン、マラッカ、サバ、サラワクといったところは比較的通じますが、外国人があまり行かないところでは英語は通じません。こういった環境に住んでいると複数言語を操らないといけない生活になりますが、みなさんが思っているほど決して楽ではありません。

英語だけに頼ると
 マレーシアの公用語はマレー語です。ただ、英語は準公用語として扱われており、政府発表文書はマレー語と英語の両方で出てきますが。。。
 「だから英語だけで大丈夫でしょう」と思われるとそれは違います。特にビジネスをする方は当局に営業許可申請など提出しないといけませんが、申請書類はほとんどと言っていいほどマレー語です。当局に出向いても英語は通じますが、職員の態度は冷たいです。逆にマレー語を話すと頼んでいないこともやってくれたりととても親切になるのです。こういった場面はマレーシア国内でどこにでもみられます。
 また、地方に行った場合(特に東海岸)、英語はほとんど通じません。彼らもなんとな~く英語はわかるようですが、それでも返して来るのはマレー語。マレーシアに住むにはマレー語が必須なのです。
 これはアジア諸国どこでもそうだと思います。タイはタイ語、ベトナムはベトナム語、カンボジアはクメール語。観光客が行く所ではある程度は英語が通じますが、やはり彼らの言語で話してあげたほうが親切になるのは当然。日本で外国人が日本語を流暢に話しているのを見るとなんか親切にしてあげたくなりませんか。あれですよ。

4言語の生活
 さて、私の場合、日常生活で日本語を含めて4言語を話すのは普通です。マレーシアのことをご存じない方は「すごい」とおっしゃる方が多いのですが、ローカル的な生活をしていると最低3〜4言語は話せないときついのです。それはマレーシアが典型的な多民族国家であるからです。この複数言語の生活は当初はとても疲れました。
 例えば、中華レストランにお昼に行くと、そこでオーダーしたりするときは北京語か広東語。中華レストランで英語やマレー語を使うことはあまりありません。ただ、ウェイターが外国人の場合は英語になったりマレー語になったりします。
 そして、買い物をするときは店員の人種によって言葉が変わります。スーパーやモールへ行くとたいがい働いているのはマレー人かインド人。なので、このときのやり取りは普通マレー語になります。華人の店舗では、北京語か広東語、もしくは英語になることもあります。特に「夜の市場(Pasar Malam)」での会話は私の場合はマレー語がほとんど。英語はあまり使わず、中国語を使うことも時折あります。
 さきに「北京語か広東語か」と書きましたが、これは華人でもどちらを使うかによるからです。こちらが広東語で話し掛けても、北京語で返してくる時はその人は広東語を話せないと判断して、北京語にします。広東語はクアラルンプール、スランゴール州、ペラ州(イポーやタイピン)といった、いわば錫鉱山があった町での言語なので、例えば、ペナンやマラッカ、サバ州やサラワク州などでは通じない言語なのです。逆に北京語はほとんどの華人が話せるので便利なのですが、それでも時折話せない人に遭遇します。そういった人はたいがい福建語を話すのですが、私は福建語はできないので、言語はマレー語か英語という選択肢になります。マレーシアの場合、華人との言語は何語にするかというのは極めて複雑。また、最初に話した言語で一生その人とはその言語で話すことになりますので、言語の選択は非常に重要。例えば、最初に北京語で話したとなると、互いに英語やマレー語ができたとしても、絶対に北京語以外では話さない。これは華人どうしの暗黙の了解のようです。
 さて、英語は主にどこで使うかというと、それは職場です。職場にはマレー人も華人も日本人もいるので、ここでのコミュニケーションは必然的に英語になります。日本人はたいがい英語しかできないので、英語になります。たいてい華人はマレー語も英語も北京語、広東語もできるのですが、私の場合、それぞれ民族によって言葉を変えています。というのも、そのほうが彼らの本音が聞けるからです。
 英語は準公用語といいつつも、彼らにとっては外国語の一つ。結局、旧植民地の言語です。民族間を超えてコミュニケーションを取る言語であるため、そんなに高いレベルでなくても通じればいいのです。ここの場合はマレー語的なゆるい感じの英語で「マングリッシュ」とも呼ばれ、欧米で話されている厳密な英語ではありません。ここの英語のなかにマレー語も広東語も混じります。もちろん、中には欧米に留学してレベルの高い英語を話す人たちもおり、欧米のネイティブ並みに話す人たちもいます。
 この社会は言語が混合している複雑な社会なので、コミュニケーションツールが大変なのです。
 こういった環境の中で生活しているので、冒頭で言ったように当初は結構疲れました。極端な話し、午前中に英語と日本語を話し、昼はマレー語、夕方には北京語か広東語またはその両方、さらにインドネシア人やタイ人から電話が掛かってくればインドネシア語やタイ語を話す生活をしています。
 何が疲れるかと言うと、言語の切り替えです。英語を滔々と話した後で、マレー語で話す。もちろん単語や表現の仕方が違い、また論理展開の仕方も変わってくるので、それを意識して話さないとならない。中国語に関しては発音の仕方も違うので舌や口の使い方も変えないといけません。これらを無意識にまで落とし込んだので、この精神的身体的な疲れはもうほとんどなくなりましたが、当初は仕事よりもそちらの方に労力を使っていました。ただ、今でもマレー語からインドネシア語に切り替えたり、長らく話さなかった言語に突然切り替える場合は結構大変なのです。こういった生活は日本では考えられないと思いますが、マレーシアのローカルの間ではこの3言語以上を使う生活が普通なのです。

複数言語の習得について
 私の場合、語学の勉強が好きですぐにのめり込むタイプなので、言語の習得にはあまり苦労はしていません。今の生活のなかで4言語を話すのは普通になっているので、ある意味で自然とブラッシュアップできているのだと思います。
 ただ、これまでさまざまな言語を勉強してきましたが、一度に複数言語を勉強するということはしたことがありません。これはとても大変だからです。集中力が続かない。1つの言語がある程度のレベルにまで達し、常に話したり書いたりする環境下ができたときに次の言語に移行するようにしています。
 マレーシアの言語状況を鑑みると、こういったことが容易にできます。つまり、複数言語を勉強するにはとても有意義で、面白い環境なのです。テレビを付ければ、マレー語、英語、北京語、広東語のチャンネルがあり、新聞も各言語で発行しています。各言語の話者もごろごろいるわけで、意識せずとも無意識に対象言語に接する環境にあるので、真剣に勉強しようと思うとすんなりと習得できるのです。
 このようなわけで私は複数言語の話者となってしまったのです。今はクメール語に集中し、ベトナム語もそろそろ始めようと思っているのですが、また新たな言語を習得できると思うとワクワクしてしまいます。

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