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ブキ・ビンタンのモール攻防史

クアラルンプール随一の繁華街ブキ・ビンタン。ショッピングモールが集まり、連日多くの人々が訪れています。しかし、この商業地区がどのような経緯で、現在の形になったのかは知られていません。今回は、断片的な記録をもとにまとめてみます。

エンターテイメントで始まった!

「ブキ・ビンタン」はマレー語でBukitが「丘」、Bintangが「星」で、「星の丘」という意味です。1880年代にはすでにこの名称は使われていたようです。

気をつけて歩いてみると、商業施設のパビリオンとスターヒル・ギャラリーの間を走るジャラン・ブキ・ビンタンは200メートルほど続く非常に緩やかな坂があるのがわかります。坂の頂上はパビリオンのメインエントランスあたりです。

ブキ・ビンタン一帯は1890年代にマレー人がバナナを農作していたようです。パビリオンのあたりはかつて採石場だったとの記録があります。1930年代に入ってから現在のような繁華街になり、エンターテイメントの町として有名になりました。

きっかけは、現在の「スンガイ・ワン・プラザ」あたりに1970年代まであった「BBアミューズメント・パーク」です。上海や香港、シンガポールで劇場・映画の制作会社として有名だった邵(しょう)氏兄弟が経営。劇場やゲーム遊技場、ダンスホール、キャバレー、ボクシングリングなどがありました。週末ともなると家族連れで賑わっていたのです。現在の「BBパーク」と呼ばれるバーやレストランが集まる小さな一画は、その名残として残っています。

モール建設が次々と

第二次世界大戦後の1940年代には、BBアミューズメント・パーク近くにCapitol Hotelが建設されました。現在もあるホテルですが、建設した「劉蝶建設公司」がこの周辺を開発していったのです。

「劉蝶」は中国語だと見慣れないのですが、英語にするとLow Yat。そう、現在コンピューター関連のモールとして有名なPlaza Low Yat(プラザ・ローヤット)です(Low Yat Plazaとも言われますが、これは正式名称ではありません)。

ローヤットは1903年に中国・福建省に生まれた人の名前です。戦前にマレー半島に移って苦労した後、建設業やスズ産業などの会社経営をはじめました。1957年の独立日前日には当時最も高いビルだったThe Federal Hotelをオープンしました。BBアミューズメント・パーク周辺が徐々に開発され、ブキ・ビンタンの中心地となったのです。

彼は1971年に亡くなりましたが、4人いた子どもらが「ローヤット・グループ」を創設。少し時代は下りますが、1999年にはコンピューター市場の拡大を見込んで「プラザ・ローヤット」をオープン。「スンガイ・ワン・プラザ」に隣接した一画を「根城」としてビジネスを今でも展開しています。

1977年にはこの地区で初めてモールができました。それが「スンガイ・ワン・プラザ」です。BBアミューズメント・パークの後進としてできた「スンガイ・ワン・プラザ」の「Sungai」とはマレー語で「川/河」、「Wang」は「お金」。マレー語で「お金」のことは「ウアン」と発音しますが、詰まって「ワン」となったようです。つまり、「金の川」という意味で、建物の看板にも「金河」と表示されています。

また、この商業施設の後に「BBプラザ」というモールも出現。これは「スンガイ・ワン・プラザ」に隣接していました。2012年にMRT駅の建設計画で立ち退きを迫られ、2015年に閉館。その後に建物自体を解体しましたが、2019年5月現在では駐車場だけがまだ残っています。

さらに1983年に「KLプラザ」ができました。このモールは不動産・リゾート開発の「ブルジャヤ・グループ」が建設。広々としたモールだったのですが、1990年代後半にあったアジア通貨危機の影響か、店舗が入らず、ひっそりと静まりかえったモールとなり、2005年ごろにモールが売却されてしまいました。これについては後述します。

1990年代に入ると、1991年には緑色の外壁の「Lot10」がオープン。こちらは不動産などを手がけるYTLコーポレーションがはじめました。「Lot10」は広東語の発音に沿うと「楽天」になり、私見ですが、「楽しい天国のような場所」を理想としてこの名称がついたのではないでしょうか。Lot10は「伊勢丹」が入居し、オープンから基本的に内部の作りは変わっていません。地下にもフードコートはありましたが、現在のような観光向けではなく、もっと庶民的なものでした。

「スターヒル・ギャラリー」はもともと「スターヒル・ショッピングセンター」との名称でしたが、YTLが1999年に買収。富裕層向けに焦点を絞り、600万リンギをかけて大改装したのでした。LOT10からも来られるように道路も整備し、2005年に「スターヒル・ギャラリー」として再オープンしました。ちなみに、「スターヒル」は「ブキ・ビンタン」の英語名です。

タイムズスクエアとパビリオンのオープン

スターヒル・ギャラリーが改修工事をしている最中に「ブルジャヤ・タイムズ・スクエア」が2003年にオープン。それまでブキ・ビンタンにはない規模の大きさで、室内にジェットコースターが周る遊園地もあります。

地元紙によると、モールはヴィンセント・タン会長とその兄弟の強い願いでできたのでした。「大きなモールを建てたい」とも意向で1994年に計画し、翌年から建設を開始。1999年に完成予定でしたが、アジア通貨危機が襲い、工事が大幅に遅れ、完成したのは2003年6月でした。

そして、2007年に「パビリオン・クアラルンプール」がオープンしました。

ここで少し昔に戻りますが、パビリオンの土地には「ブキ・ビンタン女子学校」がありました。この学校の前身は1893年にブリックフィールドで開校し、1930年にパビリオンの場所に引っ越し。しかし、BBアミューズメント・パークのほか、その周辺が赤線地帯ともなり始めたため、引っ越したばかりの学校側は困惑していました。この学校はその後、70年もの間ここにありましたが、2000年にチュラス地区に移転。パビリオンを作ったエム・トラスティー社がこの土地を購入し、2007年にパビリオンができたのです。

2010年にはさらに「ファーレンハイト88」がオープン。ここは、先ほど述べた「KLプラザ」を大改修したモールです。「ユニクロ」のマレーシア第1号店を入居させるなど話題性を発信。パビリオン向かいのモールとして活気を呈し、最近では地下でパビリオンとファーレンハイト88がつながっています。これは両者の経営が同じだからなのです。

2003年にモノレールで交通が便利に

ブキ・ビンタンが2000年以降に本格的に開発されたのには訳があります。それは2003年にKLモノレールが敷設され、さらに2017年にもMRTが開通したためです。交通の便がよくなったためにローカルや観光客が簡単に来れるようになりました。

ブキ・ビンタンに行くには2003年前まではバスかタクシーしかなく、チャイナタウンにあるLRTのパサール・スニ駅で降り、そこからバスで行く方法が主流だった記憶があります。このため、ブキ・ビンタンにモノレールができ、さらにブルジャヤ・タイムズ・スクエア前にもインビ駅ができたのは画期的で、強い集客力となったのでした。

さて、ブキ・ビンタンのモールの経営会社(2019年5月現在)をまとめるとこうなります。

① プラザ・ローヤットや周辺ホテルのローヤット・グループ
② スンガイ・ワン・プラザやパビリオン、ファーレンハイト88を経営する遺言書作成会社のエム・トラスティー社
③ Lot10とスターヒル・ギャラリー、周辺ホテルのYTLコーポレーション
④ ブルジャヤ・タイムズ・スクエアのブルジャヤ・グループ

かつて大きく栄えた①の周辺は、モールができると集客口が北東に動き、一時はブルジャヤ・タイムズ・スクエアに移りましたが、現在はパビリオン周辺が最も栄えています。

まだまだ終わらないモールの攻防

しかし、これらモールの戦いは終わりません。「ブキ・ビンタン」に新たなモールができるためです。それが2020年に完成予定の「ブキ・ビンタン・シティーセンター(BBCC)」。19世紀に建てられたプドゥ刑務所を取り壊したあの跡地に巨大な建造物を現在作っています。

ここはショッピングモールだけにとどまらず、ツインタワーとほぼ同じ高さの80階建ての高層タワーをメインに、コンドミニアム6棟、日本の三井不動産が経営する「ららぽーと」の商業施設、現在建設中のMRTの新路線駅やLRTとモノレールに接続できるセンターのほか、公園なども作って一つの街の様相となります。

ここは旧刑務所の名称通り、行政地区はプドゥ。しかし、ここを開発しているBBCCデベロップメント社は、なんとここを「ブキ・ビンタン・シティーセンター」と大胆に命名。ブキ・ビンタンのメイン道路、ジャラン・ブキ・ビンタンをかすりもしていません。BBCC脇を走るジャラン・プドゥを挟み、インビ地区に入るブルジャヤ・タイムズ・スクエアを越えて、「ブキ・ビンタン」と称するのは地区全体にけんかを売っているようなものです。

BBCCができるとまた人の流れが変わっていくでしょう。「シティーセンター」と銘打っていることからも、もしかするとここが「新ブキ・ビンタン」、パビリオン側が「旧ブキ・ビンタン」のような構図にもなっていくのかもしれません。

モールは多くの人を引きつけます。今後もモール同士の激しい戦いになっていくことは間違いなく、まだまだモールの攻防戦は続きそうです。

写真:パビリオン前のブキ・ビンタン通り(ジャラン・ブキ・ビンタン)。

(マレーシア・マガジン:http://www.malaysia-magazine.com/news/40899.html より)

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