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マレーシアの次期国王が「決定」しました

マレーシアの現国王の任期が来年1月30日に終わります。10月27日に9州のスルタンらによる統治者会議で次の国王にはジョホール州スルタン・イブラヒム(写真)に「決まりました」。


■スルタンとは一体

 マレーシア国王はスルタンから選ばれます。国王の話の前にまずこのスルタンについて知っておく必要があります。

 マレーシア連邦という国は、立憲君主制で13州からなる連邦国家です。このうち9州にスルタンがいます。残りのサバ州、サラワク州、マラッカ州、ペナン州にはおらず、ここには「州知事」という元首がいますが、こちらは国王から任命されます。つまり、スルタンとは同じ位になっていないということなのです。

 ちなみに、マラッカ州になぜスルタンがいないのかというと、マラッカ王国が崩壊したときにスルタンが逃げてジョホール王国を作り上げているからです。そのため、ジョホール州スルタンはスルタンの中でもっとも権威が高い存在なのです。

 さて、スルタンとはイスラームの国々において一定の地域で世俗的な権力を委託された政治的な支配者のことを指します。イスラーム共同体の最高権力者カリフ(キリスト教でいうとローマ法王の地位)が特定の地域の政治を司ることを承認するのですが、もはやカリフはいないので、今後新たなスルタンが任命されることはないでしょう。

 マレー半島でのスルタンは王家の血を引くマレー人の男性に限定されます。クダ、クランタン、ジョホール、ペルリス、パハン、スランゴール、トレンガヌは父系血統に基づく世襲(ただし、ペルリス州だけはスルタンと呼ばずにラジャ)。ペラ州は王家の3つの支族から交替でスルタンを出しますが、年功序列になっています。

 一方、ヌグリ・スンビラン州はスルタンとは呼ばれず、「Yang di-Pertuan Besar」と呼ばれます。これは他州とは違い、世襲制ではなく、選出制になっているためです。同州のトップは州内の4つの領主から選出されます。同州はもともとスマトラ島のミナンカバウ族のコロニーであったため、この輪番制は各地区との平和を維持するために導入されたとみられています。この方法はマレーシア国王選出の原型にもなっているのです。 

■マレーシア国王とは

 さて、マレーシア国王(Yang di-Pertuan Agong)(地元の人はアゴンと呼びます)は5年毎または欠員が生じたときにスルタンからなる統治者会議が開かれて、国王を選びます。1957年のマラヤ連邦の独立時からそういう習慣です。選出は形式的なもので、実はすでに順番が決まっており、輪番制なのです。

 その順番は次のとおりです。

 ヌグリ・スンビラン州
 スランゴール州 
 ペルリス州
 トレンガヌ州
 クダ州
 クランタン州
 パハン州
 ジョホール州
 ペラ州

 現在のアブドゥラ国王はパハン州スルタンであるため、この順番通りに次はジョホール州スルタンになります。

 今回のジョホール州のスルタン・イブラヒムが来年1月31日から国王になると任期は2028年1月30日までです。

 ちなみに、お札に描かれている人物は初代国王だったアブドゥル・ラーマンというヌグリ・スンビラン州の領主です。

■国王の仕事はなに?

 国王の国事行為とは何でしょうか。これは日本の天皇の国事行為と似ています。
 主に首相、閣僚、裁判所長官、選挙委員会委員長、上院議員、4州州知事などの任命、下院議会の召集と解散、称号の授与、恩赦、外国大使らの接受、儀式の開催のほか、マレーシア国軍最高司令官といった業務があります。

 国王の給与は年俸100万リンギと決まっています。日本円だと3000万円ほどでしょうか。

 国王はクアラルンプール市内のイスタナ(王宮)に住みます。各スルタンは各州やクアラルンプールなどにそれぞれ王宮や住居を構えていますが、国王に就任すると基本的にクアラルンプールのイスタナに居住することになります。そのため、地元でのスルタンとしての業務ができなくなるため、このときは摂政を置いて業務を代行することになります。

■副王もいます

 あまり知られていないのですが、実はマレーシア国王の下に副王がいます。

 今回の統治者会議ではペラ州のナズリン・スルタンが就任することが決まりました。ナズリン・スルタンは現在も副王てまあるため、再任となりました。2016年から副王を務めており、3期目ということになります。

 副王も輪番制になっているようです。ただ、国王もそうですが、順番で周ってきたとしても何らかの事情で断ることがあり、上記の順番通りにならないことがあります。

 ペラ州はジョホール州の次に国王になることになっているため、今回のナズリン・スルタンの再任は次次期国王になる下準備の意味合いもあるのかもしれません。

 ちなみに、国王が死去したり、退位したり(2019年に1回のみ発生)したとしても副王が昇格して国王になることはありません。あくまで国王は上記の順番を守ってまわしていくという面白い仕組みなのです。

■そもそもなぜ輪番制なのか

 この国王の輪番制度は世界でもあまりみられない仕組みです。もともとマレー半島にはかつて王国ができ、スルタンが出現してきて、独立する際にもスルタン制を維持しました。

 隣のインドネシアにもかつて各地に多くのスルタンがいたのですが、1945年の独立前までにはほとんどが退位させられるなどして共和国となり、元首として大統領となりました。ジョグジャカルタのみスルタン制が現在は続いていますが、多くのスルタンが悲惨な憂き目をみています。

 隣国のこういった状況をマレー半島の政治指導者たちは見ていました。初代首相のアブドゥル・ラーマン氏はクダ州スルタンの息子でしたが、スルタン制や貴族制度を崩壊させてまで独立させることは彼としてもできなかった。また、華人やインド人という当時の「移民」が「国民」になっていく中でスルタン制度は、マレー人の象徴的な仕組みとしての側面もありました。これを残しておく必要があるとも判断した結果、現在この制度が残っているといっていいでしょう。

 さらに、国王を頂点に置く君主制にしてしまったので、さて誰を国王に据え置くか。タイ国王とは違って独立とともに作られた「職業」ですから、9人のスルタンを順番に5年ごとに置くという発想になったのだと思います。任期も下院議員と同じにしているようです。

 これは先にも書いたとおり、もともとヌグリ・スンビラン州やペラ州で行われていた輪番制をそのまま国王にも採用していったのです。1人のスルタンがずっと国王に居座り続ければ、自ずと他のスルタンが下位になって、独裁ということにもなりかねません。国王は象徴的な存在であるものの、そういった非民主的なことにもならないよう工夫した結果がこの輪番制になったといってもいいかもしれません。

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