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アタックの女

この作品は、リレー小説企画『片想い~l'amour non partage~』の15ダッシュ話目です。
企画詳細: https://note.mu/muturonarasaki/n/nb994a7209d23

14話:Caori Takayさん『明けても暮れてもアイラブユー』
(https://note.mu/caorimba/n/nbbe5ec3f743a )

マガジン『片想い~l'amour non partage~』(登場人物全員片想い。)
( https://note.mu/muturonarasaki/m/m336ee66c2ea7 )
※次の人がイメージしやすいよう、最後に登場人物の設定を記載しています。

「お電話ありがとうございます。コーヒー豆のアタックです」
「もしもーーし?キリマンジャロベースの香りのブレンドが欲しいんだけど。後で取りに行きますから焼いておいてくださ〜い!あ、粉にしないで。豆のままね。オッケイ?」
「かしこまりました。焼き上がり予定時刻は12:30以降になりますがよろしいでしょうか?」
「オフコース!そちらへ行くのは多分2時過ぎ。ヨロシク〜」
「はい。では、お名前をお願い致します」
「ハーイ!小室です!小室ファンタス!」
「小室様ですね。12時半までに焼き上げてご来店をお待ちしております。ありがとうございました。」

電話を切って貴美子はホッとした。
なんだかやたらとハイテンションのお客さん小室ファンタスさん。
実は彼の声は、第一声のもしもしだけでほぼわかる。
しかし、一応全てのお客様に毎回お名前を聞くようにしている。
彼も例外ではない。
豆の名前、数量、粉か豆か、顧客名、出来上がり時間を確実にノートに記入するためだ。
貴美子は注文ノートにメモした自分の文字に目をやると、確認しながら順番にコーヒー豆を焙煎していく。
貴美子がこの自家焙煎のお店で働きだしてそろそろ2年が過ぎる。

長岡貴美子32歳。
社内恋愛で結婚してすぐ妊娠。子供が小学校にあがってしばらくしてから、近所のこの店に9:30〜15:30までパートタイマーとして働き出した。
アットホームなお店で働きやすい。子供の用事も割合優先させてくれるし、週に三日ほどなので主婦としてはちょうどいい働き口だ。

お客様は常連さんが多い。たかがコーヒー豆を買うのに1時間待ちや2時間待ちですと伝えても、もう慣れているのか時間に余裕を持って注文してくれる。
初めて来たお客様などはビックリするようだが、順番に焼いてる旨を伝え、お急ぎならば焼きあがってる豆も少しは用意しているのでそちらを勧めたりする。次回はぜひ前もってお電話をいただければ、ご来店に合わせて焼いておきます。と説明すれば、皆さん納得してくださる。
ほんの半年前に、小室さんはこの店に初めて来た。ちょうど注文が立て込んでいて、90分待ちですと伝えると「オーマイガー!!今から会社にお客さんが来るんでコーヒー買いに来たのに、そんなにかかるの??ううーーーん。じゃあ、今日はこの焼けてるやつでいいやぁ〜」と、焼き豆を買って、注文一覧の用紙を持って帰った。
次からはちゃんと注文の電話をしてからきてくれるようになった。
最初は一瞬チャラ男っぽく感じたが、ハーフっぽい美しい目鼻立で、礼儀も正しく、定期的に買いに来てくれる彼の電話を取るのは楽しみの一つだ。

お昼のピークも過ぎた14:30、小室さんがお店に来た。

挨拶を交わし、手渡す豆の確認をしながらふと見ると、小室さんは空中を見つめながら何やら慌ててる。
「違う!この人はただ豆を売ってくれる人〜」
「は??」
「いや、あ、ソーリー。いま彼女が貴女のことをヤキモチ妬いたみたいで。。あまりにキュートなんで、ええ、失礼しました」

なんなの?この人。
思わず貴美子は吹き出してしまった。
「ふふふ。あ、失礼しました。よくわかりませんが、楽しいですね〜お電話中でしたか?はい、どうぞ。ありがとうございました。」

今時は、歩きながら、買い物しながら電話をかけたままの人もいる。ブルーなんちゃらとかいうので、手には携帯を持っていない人もいるからそういうことか?
貴美子は、1人納得しながら笑顔で小室を見つめた。
こんなに美しい顔立ちの人に、お世辞でもキュートなんて言ってもらえてくすぐったい。

貴美子にだって若い頃はチヤホヤしてくれるボーイフレンドだっていた。しかし、結婚をして「長岡さんの奥さん」と呼ばれ、そのうち「さやかちゃんのママ」と呼ばれるようになったころから、トキメキや恋心なんていうものはどこかに置きっ放しになっていた。

小室ファンタスさん。
週に一度、電話をかけて来てコーヒー豆を買っていく美しいお兄さん。

貴美子は、焼きたての「香りのブレンド」を手渡しながら、心の片隅に温かな火が灯った事を静かに感じた。

これをトキメキというのだろうか?
いや違う。アイドルよりもうちょっとだけ身近な王子様への片恋だ。
来週またいらしたら、お天気の話でもしてみようかな。。。

貴美子は彼のはにかんだような笑顔を見ながらゆっくりと頭を下げた。

【片想いされてる人】
小室 ファンタス(こむろ ふぁんたす)
杏の元家庭教師。日本人とイギリス人のミックス。10歳までイギリス在住。話すとき、たまに英語が混じる。大学卒業後、出版社勤務。犯罪等のレポート・記事の執筆を担当。妄想癖が酷く、出会いも無い日々にたまりかねて理想の女性「杏」を脳内に創りだした。ときどきこの「杏」が夢に出てきて暴走し、リアル生活にも侵入し始めたことが最近の悩み(自業自得)。

【片想いしてる人】
長岡貴美子32歳
主婦。10歳のさやかちゃんのママ。夫は総合商社のサラリーマン。
夫婦仲は悪いわけではないが、釣った魚にエサはやらないタイプの男で、貴美子としてはちょっぴり不満。自分がお手伝いさんのような感覚が拭えない専業主婦だったが、2年前から隣町の自家焙煎アタックにパートにでる。自分で稼いだお金で、化粧品や洋服をたまに買ってモチベーションをあげる。子煩悩なので、パート代の半分は子供の為にヘソクリ中。

#片想い

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