見出し画像

中原道夫『彷徨』を読んだ

中原道夫『彷徨』ふらんす堂、2019を読んだ。ちなみに彷徨と書いて『うろつく』と読む。ちょっとダラッとした感じがあって楽しい。

俳人の中原道夫はよく旅をするのだが、今回の本に載せた俳句は海外(インド、モロッコ、ニューヨークなど)を旅行している時に作った俳句からできている。本の帯では「約五十年間で地球を五周くらい旅をしたのではないかと思う」と書いてあることからもわかるように筋金入りの海外である。旅行記にも近い。

本文に何があるか


句集だと一ページに三句から四句しか載せられないので、必然的に一句にどれだけのインパクトを込められるかのパワー勝負になる。大抵はどれほど詰めても二ページで八句なので、それで読者を惹きつけられなければアウトだ。その点、この本は最初から飛ばしており、最初の句は1987年のニューヨークの句、〈税関で越後毒消見せもする〉。初っ端から剛速球だ。税関の係員がどんな顔をしたのか気になる。

そしてとにかく外界だ。アテネではアクロポリス神殿で〈冷えまさる女人柱(カリアチュード)は天支へ〉を作り、ヴェネツィアでは〈浮寝鳥ヴェニスに暮るる異形われ〉を作っている。ヴェネツィアに行ったことはないが向こうからすればアジア人のこっちが異形であり、そうとう特徴を捉えていると思う。また俳句という短詩に海外の文化や単語を突っ込ませることでうまく波乱を作り出している。

彼はモロッコにも行った。アフリカである。モロッコと聞いて『バベル』という映画に出てきたな、ぐらいしか思いつかなかったが、彼が作ったモロッコの句〈春はあけぼの商隊更にひむかしへ〉を読んで楽しい気分になったり、アイト・ベン・ハッドゥ(映画のロケ地とかになるすごい観光地)での句、〈家族なる山羊屠る日やかぎろへる〉を読んでちょっとやるせなくなった。

2015年にはフランスのパリへも行った。2015年にパリで同時多発テロ事件が発生したが、ちょうど中原は来仏しており、テロ事件の翌日にパリに赴いた。その時制作した句がある。

句には〈昇天の手続きもなく自爆・冬〉〈神在にKAMIKAZEの吹く狂気かな〉(新聞・TVでは自爆テロのことを”KAMIKAZE”と日本の特攻隊の名を使用)もある。リアルの事件を扱った俳句であり、読んでいてきつい。印象的だったのは〈鳩の群岐けゆく迷彩外套(バトル・コート)隊〉だった。句に添えられた文章には「エッフェル塔など観光施設再開」とあったが、兵士たちがどんな顔で観光施設の横にいたのか考えてしまう。

おわりに


今回紹介した本は俳句の句集であり、しかも海外句集であった。俳句と聞くと「おじいさんがしてるよね」「川柳のこと?」と思って敬遠してしまう人もいる。それもそうなのだが、今回の本はなかなか刺激的で面白かった。日本の内部でグルグル回っている文化が、モロッコやフランスや他の国に行くといきなりフォームチェンジして、モロッコのマラケシュにて作られた〈にんげんは驢馬のお荷物日の盛り〉のように、絶対交わらない平行線がとつぜんクロスオーバーする驚きを提供してくれる。

ちなみにこの本に出てくる漢字は全て旧字体や異字体で表記されている。新潟県は新潟縣だし、礼拝という字は禮拜だ。俳句も文語調で書かれている。たとえばモロッコのフェズで作った句で、〈日に五度ビ禮拜に絨毯(マット)すり切れむ〉がある。漢字や単語も難しいので辞書と鉛筆が必要になる。自分が理解できる領域に下ろしていくのに時間がかかった。歯ごたえのある本なので時間があったらぜひとも読んで欲しい。あと書きながら思ったのだがモロッコの俳句が多いな!

《終わり》


この記事が参加している募集

noteでよかったこと

note感想文

コンテンツ会議

読書感想文

頂いたサポートは本の購入・取材・他記事サポートに使用します。