見出し画像

「置き配」と闘う

 ここしばらく体調がすぐれず寝込んでいたのだが、熱っぽいだけで食欲はあった。しかし車を運転して食べに行ったり買い物をしてきたりするほどの体力や気力がなく、あきらめて久しぶりにウォルトで配達を頼むことにした。

 函館に引っ越してきてからも一度ウォルトを利用したことがあったのだが、そのときは置き配をしないように設定していたにも関わらず、勝手に置き配にされた。私は食べ物を地面に置かれるのが本当に嫌なので、それ以来宅配系はピザのテンフォーや銀のさらなど、自前で配達員を持っていてきちんと対面で配達してくれるところに限って注文するようにしていたのである。しかし今回はピザを食べ飽きていたし、生魚をなんとなく食べたくないという感じだったので、仕方なくウォルトを頼むことにしたのである。

 一回目には蕎麦と天丼を頼んだのだが、置き配にされることなくきちんと対面で配達してくれた。ところが二度目に豚丼を注文したときに、またしても勝手に置き配現象が発生したのである。ウォルトでは注文時に置き配にするかどうか選択する項目があり、そこを置き配にしない設定にして、配達員に対するチップも心ばかり設定しておいたにも関わらず、である。これでは置き配になるかどうかは、そのときの配達員の匙加減次第ということになり、私の食事の満足度があまり望ましくない不確実性に左右されることになる。
 
 望ましい不確実性というのはアップサイドに対する不確定性で、たとえば出前を頼んだらある一定の確率でご飯が大盛になっているとか、一品何か追加されているとかいうものがアップサイドの不確実性である。こういうものに対する不確実性であれば私は喜んで受け入れる。しかしこのウォルトのスキームにおける不確実性は、ランダムな確率(配達員の選択)によって、私の食事が地面に置き去りにされ、自分でそれを拾い上げて食べることになるというみじめなダウンサイドの不確実性である。このようなリスクに対して暴露(エクスポージャー)されていることは、リスク管理の観点から言っても非常に望ましくなく、私の美学に著しく反していることなのである。

 ウォルトの住所設定の項目に「配達員に対する要望」を記載する欄がある。そこに置き配にしないようにという旨を書くことも考えたが、もともとの設定項目に置き配にするか否かがあるうえでそれを無視して置き配していく配達員がいるのだから、これに書いても実効性は乏しいであろう。

 どうしたものか、と思いながら、中島義道の『人生に生きる意味はない』を読んでいると、次のようなエピソードを発見した。
 中島はカルチャーセンターでの講義を受け持っている時期があったが、講義の終了後にセンターの事務員が教室からエレベーターホールまで見送ろうとした。その際に中島は「見送る必要はない」と辞去したにも関わらず、事務員のほうは一般的な社会通念を優先してエレベーターホールまで付き添って見送った。中島はそれに対して憤慨し、「見送る必要はない、という私の意思を無視することは私の人格を否定することであり、社会通念に沿って私の個人的な要望を無視することは許されない」という趣旨の抗議のメールを送った、というのだ。なんともひどい話であるが、知っている人は知っているように中島義道は『うるさい日本の私』など、社会通念で見過ごされている不条理に抗議する「闘う哲学者」であり、とくに日本的で情緒的なあいまいな世間の空気みたいなものに闘いを挑んできた哲学者である。私も昨今の置き配にしても仕方ないみたいな通念に抗って、食べ物を地面に置くことが許せないという私自身の見解をきちんと配達員に伝達することが必要だろうと考えた。

 そこで、「配達員への要望」の欄にその旨をすべて書くことにした。食べ物を地面に置くことが許せないこと、対面による配達がなされない場合には配達員に対する評価を無条件で最低評価にすることを記載した。さらに、配達員に対するチップは注文時にしか選択できないものと思っていたが、配達が完了したのちにも追加で選択することができる仕様になっていることに気が付いたので、置き配せずに対面で配達した場合には飲み物代程度のチップを追加するが、置き配した場合にはこれもなくすことを明記した。

 いまのところ、この方式で100%対面での配達が実現されている(n=3)。このように自分の要望とそれに対する報酬及び評価基準をきっちりと明確にすることは、今後の多極的な世界を生き抜いていく上でも必要不可欠なことであろう。なによりもこの闘争を通じて私の健康状態そのものが回復に向かった。日本経済が好調だったときというのは、労働紛争や学生運動も華やかなりしころであって、みなが自分の要望をぶつけあうことが経済の活気にもつながっていたのである。身近なところからそうした活気を取り戻していくことが、ひいては日本経済の復活につながるのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?