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長編小説『エンドウォーカー・ワン』第17話

 柔らかく耕された土地での作業はレックスたちが思っている以上に苦戦した。
 沈み込む機体の制御に手を焼きながらも何とかスクラップを掘り出し、空き地まで運搬する。
 不発弾の類を処理する装備はなかったため、木杭とテープで目印を作り目印とした。

「村の子が近づかなきゃいいけど……」

 フォリシアが風に流されはためく赤原色の旗を見つめ息をはいた。

「今まで被害は出てないみたいだから平気だろ。それにしても旧式ばかりだな」
「……うん」

 彼女はレックスの言葉をそのまま受け取ったわけではなかったが、気を揉んでいても仕方がないと思ったのか機体を転身させる。
 そこには夕日を背に全身を使い手を振るアルファらの姿があった。

「助かりました。あのWAWという機械は聞いていた以上に有用なのですね」

 夕食後、アルファの自宅で彼女とフォリシアがローテーブルを囲んでハーブティーを啜っていた。
 ランタンで照らし出された家は昔ながらの建築物などではなく、急遽きゅうきょ建てられた山小屋のようで、手洗い場と浴室以外は仕切りが取り払われていて開放的ではあった。
 そこを彩る調度品はどれも年季が入っており、アルファが作業机とするものにはアニメキャラクターのシールなどが貼り付けたままだった。

「まあ、元々惑星開発用に作られたものだしね。もっと装備持ってくれば色々できたんだけど」
「いえ、十分です。重機も禄にないこの村では人力に頼らざるを得ず、これだけの作業は何週間かかったかと考えると落ち着きません」

 先ほどまでの凛とした姿はどこへやら。
 アルファは白磁器に口を付けて喉を潤すと、肩の力を抜いてふうと大きく息をはいた。
 その表情は赤の目、色素を失った白銀の頭髪といった風貌からは想像できないほど穏やかで、フォリシアの口元も緩むほど春の空気をはらんでいた。
 他の人間の前でこのような表情を浮かべられない理由でもあるのだろうか。
 フォリシアはアメシストの眼差しでアルファを貫くが、当の本人はそれを真っすぐ受け入れながら「宝石のような素敵な瞳ですね」と茶を啜りながら微笑んだ。

「ありがとう。アルファの目もルビーみたいできれいだよ」
「ありがとうございます。ですが、相手に威圧感を与えることも多いみたいで悩みの種でもあるんです。皮肉にも、それが役に立つ場面も多々あるのですが」
「最初会った時も怖い顔してたよね」

 フォリシアがカップの中の黄金色を口に含む。
 こくり、と液体が喉を通り抜けることを確かめたかのように白銀の女性は「自衛の為なのです」と手の内の中の小さな水面を見つめ消え入るような声で言う。

「自衛?」
「私がここに居る理由――それはテロリスト。いえ、サウストリア解放戦線からこの村を守るためです」

 アルファの言葉にフォリシアは感情を水鏡のように保っていた。
 白銀の女性はそれで何かを察したのか「彼らは『解放戦線』名乗りながら各地で破壊活動や略奪行為を繰り返している。私にはベル……いえ、トロイヤードの言う正義が理解できません」と悲しげに語る。
 アメシストの光が消沈するアルファにより一層強く注がれる。
 何故自身の言葉にそのような顔になれるのか。
 資源が豊富とは言えないこの地を解放戦線が狙う真の目的は何か。
 フォリシアには何一つ合点のいくものはなく、疑惑にかられながらも平静を装って口を開き、ほんの少しだけ躊躇ちゅうちょして言葉を発する。

「――ねえ、アルファ。本当のことを教えてくれないかな。出会ったばかりの人間を信用しろというのもヘンだけどさ、わたしは貴女の力になりたい」
「……」
「信じて」

 フォリシアが俯いたままのアルファを励ますように手を取り、力強く握る。
 ――その手に幾分かの罪悪感を覚えながら。

「無理ですよ。同じことを言われ、信じて裏切られて傷付いて……私はもう」

 小麦色の手が包み込む存在は冷たく、何の反応も示さなかった。
 明らかな拒絶はない。
 しかし、フォリシアが歩み寄ればよるほど警戒の色を濃くして距離を取ってしまう。
 傷を負い、それが癒えていない者特有の反応だった。

「分かった。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」
「こちらこそごめんなさい。私が弱いから……」

 フォリシアはアルファからそっと身を引き、不器用な作り笑顔を浮かべて見せる。
 しかし、赤い視線は下を向いたままで決して視線を合わそうとはしなかった。

「……少し夜風に当たってくるね」

 フォリシアはそう言い残し、ブロンドのショートヘアを揺らして立ち上がると鈍色のノブに手をかけた。

「フォリシア」

 アルファの許しを請うかのように弱々しい声にフォリシアは一瞬だけ立ち止まり、振り返ることなくその場から立ち去っていった。


「レックス、応答して」

 満月が照らし出す静寂の世界に透き通るような声が霧散していく。

「レックス! もうっ、電源切っちゃったのかな」

 フォリシアは反応しないヘッドセットに苛立ちをぶつけ、彼が宿泊している家屋へと大股でずかずかと歩んでいく。
 小規模発電に頼っている村の道路には明かりが少なく、彼女は足もとを懐中電灯で照らしながら進む。
 夜も更けてはいたが所々の民家に灯がともっていることにどこか安心しつつ、酒盛りをしているであろう個人営業の酒場からは活気に満ちた声が弾んで漏れ出していた。

「お酒なんて飲んで、いい気なものだねぇ……」

 自分との温度差に内心穏やかではない彼女は他人事ながら目を細め、硝子越しに酒盛りしている村民たちを凝視した。
 すると、カウンター席で見知った作業服姿の男性が顔を真っ赤にし、前に後ろにと舟を漕いでいるではないか。
 呆れたフォリシアは空いた口を塞ぐのも忘れたまま酒場へと突撃した。

「レーックス!」

 野太い声で賑わう室内で怒れるフォリシアの声はよく通った。

「いつでも連絡つくようにって言ってたでしょ! 何よ、お酒なんて飲んで大人ぶっちゃってさ!」
「いやー、これはなぁー……みんなが勧めてくれたから飲んでみたんだが、良いものだぁなぁー」
「キミってヤツはぁ!」

 すっかりと酩酊めいていしたレックスの襟首を掴み、前後に激しく揺するフォリシア。

「ははは、可愛い嬢ちゃん。そいつは彼氏かい?」
「随分鬱憤うっぷんが溜まっていたみたいだぜ。発散させてやりな」
「違います! レックス、仕事の話があるからちょっと来てっ」

 足元がおぼつかない彼を席から引き剝がそうとしていたフォリシアを酒気をたんまりと帯びた男性たちが冷やかした。

「なんだよぉ、良いところだったのによー……」

 渋々と立ち上がり、フォリシアの細腕に引かれていく青年。

「若者はいいねぇ」
「あの初々しさが堪らんのだよな」

 彼らが去った後も酒宴は続く。
 小さくとも、動き出した現状と明日への鋭気を養うため。


  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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