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舞い上がれ、恋心

舞い上がれ、恋心

あいいろのうさぎ

 結婚式への招待を断っていつも通りにやってきた公園のベンチからは、見渡す限りの芝生と遠くの遊具で子供たちがはしゃいでいる様子が見える。いつもはぼんやりとそれを眺めているけれど、今日はその手前に風船を膨らませている大人たちがいた。

 何かのキャンペーンなのであろう。風船には白色でロゴのようなものが描かれているけれど、ここからは何なのか分からない。

 日曜日の公園には予想より多くの子供連れが来ていたらしい。風船を欲しがる子供のため、大人たちは懸命にヘリウムガスを送り込んでいる。

 私にも渡せる相手がいれば良かったのに。

 心の中で呟いてしまって、思わず鼻で笑った。何もかもに自分の気持ちを置き換えてしまうなんて、私も随分感傷的だ。

 ……けれど、傷ついて当然だよな、とは思う。他に慰めてくれる人もいないのだから、私がこの傷を認めてあげないといけない。

 人に言ってはいけない恋をするのは、とても苦しかった。「苦しい」たった三文字では言い表せないほどに。けれど私はそれ以外にあの感情を表現する言葉を知らない。

 私の想いは、それこそ風船のように膨らんでいった。風船は息を吹き込み続けなければ膨らまない。私の想いだって何もなければ膨らまなかったはずなのに、あの人の優しさは私に吹き込まれ続けた。……いや、やっぱり私が勝手に膨らんだだけなのかもしれない。あの人は誰にでも優しくて、きっと好きになってしまった私の方が馬鹿なんだ。

 ともかく、馬鹿な私は「好き」の気持ちを膨らませ続けてしまった。あの人には彼女がいると、知っていたのに。

 知っていたから、分かっていたから、この想いを破裂させることだけはしてはいけないと悟った。外に出してはいけないと自分を戒めた。

 だから私にはこの想いを渡せる人がいなかった。

 せめて受け取ってくれる誰かがいたなら、少しは楽だったのだろうか。いや、この気持ちはあの人の存在から生まれたもので、だからきっと替えがきくことではないのだろう。

「あー!」

 子供の大声が聞こえた。見るとヘリウムを送り込んでいた大人もポカンと口を開けて空を見上げている。つられて見上げると、風船が空高く舞い上がっていた。ゆらゆらと空を泳ぐその様子を見て、思ってしまった。

 あれは私の恋心だ。

 私はあの想いを破裂させるわけにはいかなくて、でもしぼませたくなくて、空へ手放した。

 どんどん小さくなって、見えなくなっていく。

 青空に消えていく様子を見届けながら、祈る。

 あの人が末永く幸せであることを。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 今回の小説のお題は「風船」でした。これが書き始めの時はどう展開させていくか全く浮かばなかったんですね。ものすごく小さな思いつきを膨らませていってどうにかこのような形にしました。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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