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あの日の夢

あいいろのうさぎ

「私たちは夢を渡る劇団です。あなたの夜を預けてはいただけませんか?」

 その声を聴いた時には正直、全部幻覚と幻聴なんじゃないかと思った。広い公園だったはずの場所が私の見る限り遊園地になっていて、そこだけ真昼のように明るい。それだけでパニックなのに、突然、紳士が現れて先の台詞を聞かされたのだ。『訳が分からない』それが率直な感想だった。

 彼が私を落ち着かせつつ、ゆっくりと説明してくれたのは、やっぱり信じられないことだった。簡潔にしてしまえば「私の夢の中を舞台に私の望む劇をする」と言うのだ。理解が追いつかなくても仕方がないし、信じられなくても全くおかしくないと思う。

「観劇に必要なのはあなたの夜だけです。チケットをお渡ししますから、それを寝る前に枕の下に差し込んでください。そうしていただけたら、私たちは喜んで夢を上演しますよ」

 そう言って渡されたチケットは確かに私の手の中に残っていて、遊園地はそれこそ夢のように消えてしまった。

 帰っている間にそのチケットをどうしようか悩んで、言われた通りに使ってみることにした。迷った時は楽しそうな方に賭けてみる。その方が面白い。


 気がつけば私は舞台裏にいた。

 いきなりドキュメンタリーでしか見なかったような場所に突っ立っていたので大いに動揺した。でも冷静になって記憶を辿ってみると、私は確かにチケットを枕の下に置いて、眠りについたはずだ。ということは、本当に夢の舞台とやらに来てしまったのか。

「本日はご来場いただき誠にありがとうございます。きっと来てくださると信じていましたよ」

 あの遊園地で声をかけてきた紳士が、またいつの間にか隣にいる。ここではそれくらいのこと当たり前なのだろうか。驚いている私をよそに紳士は語りかける。

「本来、お客様には客席をご案内するのですが、あなたは『演じたい』という意思が強いらしい。私たちと一緒に舞台に立ちましょう」

 声を失った。話が違う。一緒に舞台に立つ? 経験のない私が、いきなり?

 思いっきり感嘆符と疑問符が顔に出ていたのだろう。紳士はクスリと笑って言葉を続ける。

「不安を覚えているのでしょうが、大丈夫。ここは夢の世界。あなたは何にだってなれる。何処にだって行ける」

 見透かしたような言葉だ。けれど、その台詞には妙な説得力があった。夢を渡る劇団員の言葉だからだろうか。

「呼吸を整えて。あなたはあの日夢見た主人公」

 あの日、舞台に見た、私の憧れ。

 もう随分と記憶に蓋をしたままだったけれど、夢の中だからか鮮明に思い出せる。

 憧れがきらめいた途端、何もなかった舞台がガラリと変わり、そこに私の夢見た世界が現れる。

「さあ、幕が上がります!」

 憧れの衣装を纏った私が見た、夢の世界は──


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 今回は「わくわく」をお題に書かせていただきました。実は今回発表させていただいたのは第2案になります。元々「わくわく」から「舞台」を想像してはいたのですが、夢の舞台ではありませんでした。この話がお楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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