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長編小説『エンドウォーカー・ワン』第16話

 年季のはいった木造建築の村役場へと誘導されたレックスたちは機体をアスファルトへと落とし、機体背面部に装着していたバックパックユニットからプラスチックコンテナを降ろしていく。
 役人や住人たちも協力し、バケツリレーの要領で物資は次々と運び出されていき程なくバックパックの中は保守用品を残して空になった。

「ではこちらにサインをお願いします」

 レックスが村長へタブレット端末とペンを差し出し、中年の男性はペン先の滑る感触に悪戦苦闘しながらフルネームを硝子板へと描いていく。

「認証されました。それでは我々はこれで」

 青年は一礼をして踵を返し、その場を後にしようとした。
 だが、隣に立っていた筈のフォリシアが続く気配が感じられなかったので振り返ると彼女は眉をしかめ、物言いたげに口元を歪めてレックスを見つめていた。
 彼がそれを問いただす間もなくフォリシアは村長へと向き直ると「あのっ」と声を投げかける。

「ここへ来るまでの間、手付かずの倒壊した家屋や廃棄車両を多く見ました。復旧の目途はたっていないのですか?」

 彼女にそう言われ、村長は役人たちと苦い顔を見合わせて二、三言葉を交わす。
 そこへ先の白装束の女性が割って入り、フォリシアに歩み寄るとおもむろに顔の上半分を覆っていたフードを両手で静かに取った。
 肩にかかる長さの艶やかな銀髪。
 紅色の鋭い目つきは見るものに嫌というほど生を感じさせ、きつく結んだ口元や美しい輪郭線と相重なり、荘厳な雰囲気を醸し出していた。

「戦後処理で北も南もこのような辺境に割く人員はないそうです。申請は何か月も保留されたままで、たまにこうして物資が来るだけ。この村の人間と機材だけでは遅々として復興作業も進まず……」
「アルファ、この人たちに何を言っても無駄だ」

 女性の華奢な身体を村長が力任せに引く。
 その顔は絶望を色濃く示しており、その目はこの世の全てが映っていなかった。

「ですが、困窮している現状を一人でも多くのかたに伝えなくては」
「衛星経由で呼びかけているが、どこも似たような酷い状況だ。ここだけ特別扱いはされんさ」
「……ッ」

 銀の女性は唇をきつく噛みしめる。
 妖艶な瞳は己の無力さから曇り、先を見つめていた視線は大地へと落ちた。
 フォリシアは目の前で意気消沈する同年代の女性に同情したのか、半歩前に足を擦り進めると「わたしたちで良ければっ」とその場にいる全ての者へ声高らかに告げる。
 突然の一声に発した彼女自身が動揺していたが、大開きになっていた口から空気を再び取り込み言葉を繋ぐ。

「わたしたちのWAWで良ければ動かせますっ。そんなに滞在はできないと思うけど……それでも何か手伝わせてください!」

 レックスはいつになく真剣なフォリシアを呆然と見つめていた。
 彼女本人もその申し出がいかに自分勝手なものであるかは知っていた。
 それでも、この現状に一石を投じずにはいられなかった。

「申し出はありがたい。だが、うちには作業を依頼する余裕はなくてだな」
「泊まる場所と簡単な食事でもいただければ!」
「しかし……」
「村長。ここは彼女たちの恩恵を受け入れるべきでは?」
「アルファ、だが」

 三人が押し問答をしている最中、レックスはヘッドセットに向かって何やら呟いていた。
 そして二、三度頷くとマイクをミュートにして「許可が出た。最大三日間の滞在が許可された。作業に関しては正式な受注ではないため会社の金にはならないそうだが、雑費等は政府が出してくれるとさ」と告げる。

「レックス……」

 彼が味方についてくれるとは思いもしなかったフォリシアは、アメシストの瞳で静かに青年を見やる。
 その柔らかい眼差しを受けながらも彼の表情はどこか浮かばなく、力なさげに口元だけを緩めて見せた。

「なんと言っていいのやら……本当に良いのか? 私たちは到底対価を払えそうにないのだが」
「農業、酪農、畜産。そういった一次産業を疎かにしていては国力は衰えていきます。これはわたし個人の意思だけではない、国全体の為になるものなのです」
「国、か」

 フォリシアの言葉に村長の顔が曇る。
 この村は停戦が進められる最中、ノーストリアの侵攻を受けて農地や家屋、生活道路などに多大な被害が出た。
 レックスたちが乗り越えてきた街へと繋がる唯一の道路は崩れ落ち、陸の孤島と化してしまったのだ。
 幸い人的被害は少なかったものの、平穏な生活を奪っていった北に対する敵対心は根強くこの地へ残っている。

「村長。お気持ちはお察ししますが、過去に囚われていては先に進めません。私たちはまだ生きています」

 銀色の女性が力強く説き、村長や役人たちは再度目配せをし「そうは言うが……」と歯切れの悪い返事をする。

「わたしたちはそちらの指示に従います。わたしたちの持ちうる『道具』を使ってください」

 女性たちの真っすぐな眼差しを受けて村長らは思わず身動みじろぎをした。
 自らがかつて持っていたもの。そして、大人になり捨ててしまったもの。
 若い彼女らの眩さに彼らは目を細め、緩やかにこうべを垂れた。


  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project


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