見出し画像

【ニンジャ二次創作再録】アベレント・ボーイズ、オーディナリ・デイ①

3年前発行したコピー本のフル再録・前編/続きは明日更新/下記エピソードの主人公たちが学生だった頃について妄想を逞しくしたファンフィクション/ニンジャ・サルベイションはいいぞ


1

掃除道具を片付けに行く途中、通り道になっている廊下がふさがっていた。ケマリ部のジョックス共が、誰かをケマリにしているらしい。バカバカしいことしてやがる。ユダカは迷惑そうに眺めていたが、ケマリにされているのが友達だと見るや、顔つきが変わった。

そいつは、両腕で頭をかばい、背中を丸めて蹴りを受けている。ユダカは、そのジョックスへの怒りでぎらつく目に向かって小さく頷いた。待ってろ、今行く。

ユダカはケマリ部の描く半円へ近づくと、出し抜けにモップの金具部分を、リーダー格のスユキに向かって振り下ろした。まるで肩を叩いてアイサツするように。「グワーッ!」スユキが頭を抑え、悶絶する。傷口から勢いよく血が噴き出して床を汚した。

あまりにも唐突な暴力に、残りのケマリ部が全員ユダカを見た。「ユダカてめえ! なにしやがる!」「何言ってるんだよ? こいつ、転んだだろ?」「エッ」「お前、転んだよな? なあ? 大丈夫か?」ユダカが明るい調子でモップを振り上げる。スユキは頭を抑え、悲鳴を上げた。「こ、転んだ!」

「お前がやったんじゃねえか! ふざグワーッ!」掴みかかろうとするケマリ部の喉あたりにモップの柄を無造作に差し出す。柄にぶつかって悶絶した。「お前らも見てたよな?」ユダカが聞く。

ケマリ部の誰もがユダカを見ておらず、赤いものがこびりついたモップの金具に釘付けだった。「こいつら転んだよな」「「こ、転んだ!」」「だよな」ユダカはモップを片手に、友達の腕を掴んで引っ張り上げた。

 蹴られまくって顔を腫らしたそいつは、怒りのくすぶる顔でスユキを睨んだ。「何があった」「……」「だんまりか。仕方ねえな。行くぞ、カシイ」

「お前ら……覚えてろ!」「転んだだけだろ?」スユキにそう答え、ユダカは友達――カシイの背中をどやす。カシイと呼ばれたその少年は、スユキに中指を立ててユダカの後を追った。「ユダカの野郎、許さねえからな……」


2
太いベースと緊張感を漂わせるシンセループ。賑やかなフロアで思い思いに踊ったり揺れたりする人。ユダカが最近通っているクラブだった。カシイはオノボリめいてきょろきょろしている。ユダカがカシイを連れてきたのは初めてだった。

カウンターでショットグラスをふたつ受け取ると、ユダカは片方カシイに渡した。「まあ、やれよ」ユダカは一息で飲み干し、カウンターに叩き付ける。体が熱くなり、音楽を全身で浴びる準備が整う。「いいね。上がってきた」

隣で、ユダカの真似をして飲み干したカシイが咳き込んでいる。「ダイジョブか?」「なんか、ぐらぐらする」ユダカは陽気に笑った。「俺も最初そうだった」カシイにケモ・ビールの瓶を渡す。

カシイは、ビールを飲む友達の横顔を見る。こんなユダカは初めてだ。ケンカの時も、パチンコで大勝ちした時も、ヤクザ事務所に爆竹を投げ込んだ時も、こんな静かで満ち足りた顔はしなかった。

「ユダカ、普段こういう所来てたのか」ユダカは頷く。「好きなんだ。こういう所」空間に満ちる万華鏡めいた光と音楽に、頭から爪先まで浸かるとき、世界まマシなものに見える。

「お前が気に入ってくれるか、わかんないけど」「気に入ったよ、俺。スゴイいいところだよ」アルコールと音楽の高揚感で、カシイは即答した。実際のところ、カシイは音楽に詳しくない。ユダカが、気に入りの場所へ自分を招いてくれたことが嬉しかった。

「やっぱり、ユダカはクールな奴だよ。すげえよ」「よせやい」照れくさそうにユダカは笑う。

 それからふたりはビールを飲み、思い思いフロアで揺れたり、カウンターテーブルでどの女がどうマブなのかを真剣に話し合った。

「ところで、今日、何してたんだよ。ケマリ部と」話の切れ間にユダカが尋ねる。本当はこれが聞きたかったのだ。「あいつらが気にいらねえ事言ったから、ケンカ売った!」「連中、なんて?」

「何人も病院送りにしてるサイコ野郎が、クール気取っててむかつくって」ユダカはケモ・ビール瓶をあおって笑った。「あいつら、くっだらねえな。でも、アリガトな」

 実際、ユダカの容赦なさはユダカに返り討ちに遭った連中の間では語りぐさだ。やられたからやり返した、シンプルな話だ。けれど、それを目の当たりにした友人達は引き潮めいてユダカから遠ざかった。

 今ではユダカにこうして付き合ってくれるのはカシイだけだ。どう仲良くなったかも覚えていないが、自分の代わりに腹を立て、一緒に笑ってくれる得難い友達だ。「ビールもう一本いくか?」「いいね」

 ユダカが、ビールをもらいに行こうとフロアの入り口へ視線を移す。なにやら騒がしい。ユダカはフロアから出るのをやめた。「どうした? ユダカ」「なんかヤバそうだ」

 ややあって、フロアで揺れていた人波が割れた。そこからモーセめいて現れたのは、脱色した髪を威圧的チョンマゲヘアーにした男だ。カシイが二人分ぐらい収まりそうな太い胴回り。そいつは、ユダカたちのテーブルへ真っ直ぐやってきた。面倒なことになりそうだ、と、ユダカは内心思った。

その後ろから、制服を着崩し、『ノー容赦』『御殿場』などの威圧的な刺繍が施されたトップクを羽織った若者達が現れた。トップクとは、無軌道ヤンク達のイクサ装束であり、刺繍を施した派手な色使いのロングコートである。すなわち、彼らはヤンクなのだ。

チョンマゲヘアーがふたりを見下ろす。「ユダカ=サン。スユキが世話になったじゃねえか」なるほど、スユキの兄貴か、と、ユダカは思った。確か、スモトリ部崩れの兄貴がいたと聞いている。その兄貴にチクったのだ。

「覚えがないんだけどな」「ザッケンナコラー!」とぼけるユダカが肩を張られてよろめく。ユダカはケモビールの瓶を持ち替えた。「何だよ。良い気分台無しにしやがって」

ユダカは持ち替えたビール瓶を振りかぶる! しかし、それはスユキの兄が組み付いてきたことで阻まれてしまう。「ドッソイ!」スユキの兄は、強引な抱え投げでユダカをフロアのカウンターテーブルへ叩き付けた。「グワーッ!」「アイエエエ!」フロアを、音楽ではなく暴力と悲鳴が満たしていく。

「ユダカ!」投げ飛ばされたユダカに気を取られたカシイを、強烈な張り手が襲った。「ドッソイ!」「グワーッ!」胸を突かれて倒れ込む。取り巻きヤンクがすかさずカシイに綺麗なトーキックを見舞う。カシイは腹の空気を全部吐き出した。

芋虫めいてもがく腹を蹴り転がされ、うつぶせになった。上で風を切る音が聞こえる。蹴りの音ではなかった。((やばい))カシイは体を緊張で硬くした直後、上から何かで殴られた。カシイは悲鳴を押し殺し、不敵さを装った。

「なんだよ。マッサージか?」逆効果だと分かっていたが、このままスユキの兄の前でブザマを見せたくなかった。あの時スユキに言われたのは、ユダカのことだけじゃなかったからだ。

『あのカシイってサイドキックも、弱いくせにユダカがついてるからって、調子乗ってやがる』それを聞いて、カシイは我慢できなかった。

ここでブザマを見せれば、スユキにそれが伝わってしまう。カシイの弱さに引きずられてユダカの格が落ちる。そんなのはゴメンだ。

先程と違い、今度は腰の入った打擲が降ってくる。転がって避けるが、その先にもヤンクだ。そのまま、文字通り囲んで棒で殴られる。カシイに沸き上がるのは、痛みよりも怒りだった。絶対一発やり返す。その気迫だけでヤンク達を睨め付けた。今日の夕方のように。

その時だ。「マッポを呼んだぞ! お前ら出入り禁止だ!」店内のスピーカーから店員の声。ヤンク達の動きが一瞬止まった。その隙を突いてカシイは起き上がり一発お見舞いしようとするが、ヤンク達は蜘蛛の子を散らすようにフロアから逃げ出す。

深追いしようとしたカシイを、ユダカの声が止めた。「カシイやめろ!」「けどよ、ユダカ!」「いいから、走れ!」客達を縫うように、ふたりは駆けだした。『何にせよ逃げるのが一番いい』というコトワザを、この間授業でやったばかりだ。
ユダカはなけなしの万札をカウンターに叩き付け「迷惑料!」と言い置き、カシイを引っ張ると通用口から逃げ出した。

マッポのサイレンが聞こえる廃ビルの非常階段で、少年達はようやく一息ついた。ユダカはぼたぼたと落ちてくる鼻血を拭った。殴られた時に切れたらしい。口の中もだ。打撲はこしらえたけれど、医者に行くほどのことではなさそうだった。

「カシイ」ぜえぜえと息を切らす隙間から呻くように友達の名前を呼ぶと、隣で同じような呻き声が返事をする。ユダカは息をつくと、サビだらけの鉄柵に寄りかかった。「怪我、どうだ」「まあまあ、ダイジョブ」

しゃがみ込んだカシイは、珍しく殊勝に謝った。「ゴメン。出禁になっちまって。俺がスユキにケンカ売ったせいで」「何だよ。気にすんなよ」ユダカは笑った。「楽しい場所は他にもあるんだぜ」「けどよ……」

カシイはうなだれる。こんなザマでは、スユキの言うとおりだ。ケンカに強くない。頭も良くないから、マズくなってもひとりでは切り抜けられない。その点、ユダカはクールな奴だ。

そんなユダカと友達でいられることは誇らしい。けれど、それに釣り合わない自分が悔しい。サイドキック、お荷物。そんな言葉がカシイを囲んで襲う。どんなケンカで殴られるより、それはカシイを重く殴りつける。「気にすんなって言ってるだろ? 兄弟」

ユダカに足で小突かれ、カシイは顔を上げる。「兄弟」カシイはユダカの言葉を繰り返す。「マジで?」「マジで」ユダカが頷く。カシイは立ち上がり、ユダカの隣で笑った。

「よし、その調子だぜカシイ。まだ俺達は忙しいんだ」忙しい。それもそうだ。カシイが血混じりの唾を吐いた。「おう。あいつらにナメられちまったからな」
「やるぜ」ユダカが言う。「やろう」カシイは答える。少年達は剣呑な目で笑う。言葉はいらない。だってこれは、シンプルな話だ。

①おわり

②へ続く