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ニンジャスレイヤーファンフィクション再掲「無情、山水画」


(ナレーション)総会屋の手練れ、民兵衛(たみへい)と均次(きんじ)。忍者である彼らは、巷間騒がす「忍び殺し」を待ち伏せるも返り討ちに遭い、均次は体を両断され絶命した。しかし、民兵衛は均次の死と引き替えに、忍び殺しの正体へ迫る好機を得た。

忍殺伝 彩の国炎上 より「無情、山水画」

 霜で冷える往来、その冷たさを全身で味わいながら、民兵衛は、かつての「いくさ」を思い返していた。均次と二人、身を寄せて命からがら生き延びた日の事を。その頃彼らはまだ雑兵であり、引き上げる大将から真っ先に捨て石とされたのだった。
 その折も、こうして凍える地べたに横たわり、蹄の音や鬨の声が遠ざかるのをジッと待っていた。
 しかし今、民兵衛の横に均次はおらぬ。おらぬのだ。

 横たわる民兵衛の体を、氷雨がしとどに濡らす。しかしてこの雨は、天の計らいだ。草の者に涙は許されぬのだから。民兵衛は眼を閉じる。胸を行き過ぎるは、均次が絶命した、その刹那の事だ。均次は民兵衛に今生の別れを告げることしか許されなかった。
 あの「忍び殺し」の無慈悲な手刀が、均次の体を脳天から爪先まで唐竹割にしたのだ。
(――許さぬ)
 しばし友を悼み、民兵衛は顔を上げた。あの死神を前に、如何にして民兵衛は生き延びたか。それは均次にすら秘していた術、「全き死」によるものだ。この術により、忍び殺しは民兵衛を死んだものと捨て置き、立ち去ったのだ。
 残心を怠ったこと、命をもって後悔させるべし。民兵衛は、うつ伏せの姿勢から這うように動いた。目指すはひとつ。忍び殺しの向かうであろう、住み処である。

 民兵衛はつかず離れず、特徴的な赤黒い装束を追っていたが、気づけば忍び殺し、どこで調達したものか雨露をしのぐ蓑と笠を纏っている。彼奴に染みついた友の血の臭いも、雨に流されよう。(――しまった)
 民兵衛はひるがえって己の身なりをあらためる。彼奴の行く先は、恐らく酉の市でにぎわう花園神社の界隈だ。泥まみれはいささか目立ちすぎる。
 民兵衛は椀を抱える物乞いから、無慈悲に綿入れを剥ぎ取った。恐らく物乞いは今夜を越せずに凍え死ぬだろうが、民兵衛の非道を咎めるものはなかった。綿入れを羽織り、段々と賑わいを見せる通りを民兵衛はゆく。
 暖簾の下がる酒屋、蕎麦の屋台をかき分け、矢張り忍び殺しは酉の市へ向かっている。やがて、両脇に熊手の屋台が建ち並び、羽振りの良い大店の番頭や女将、その奉公人達で芋を洗うような有様の中へ紛れ込む。
 民兵衛は注意深く尾行を続ける。見失わず、しかし気取られぬよう。元来、民兵衛はこうしたことに長けていた。
 ――わずかの間、すれ違う奉公人が抱えるひときわ派手な熊手が民兵衛の視界を遮った。そのほんの瞬きひとつの合間に、忍び殺しの姿はかき消えている。
「馬鹿な」
 はやる心を抑える。民兵衛が追う血の臭いは途切れてはおらぬ。仇敵への糸を手繰り寄せる如く、臭いを辿った。屋台の途切れた細道から、人の気配がない雑木林へ。
 そこで、民兵衛は見た。
 忍び殺しが民兵衛を迎え撃つようにこちらを向き、腕を組み仁王立ちで居る様を。

 ここに至り、民兵衛も認めざるを得なかった。
 これは、釣り出された。
 復讐心、功名心、焦り。そうしたものが、民兵衛の心を曇らせていた。
「どうも、民兵衛殿。忍び殺し、見参」
 風が、木立を揺らす音と共に、忍び殺しの名乗り口上を届ける。
「どうも、忍び殺し殿。民兵衛、推して参る」
 怒りを殺した震える手を合わせ、民兵衛も返礼した。
 草の者達が斯様に挨拶をしあうのは至極自然のことだ。彼らは歴史に名を残さぬ影の者。同じ忍者同士の戦いでは相手に名を告げ、せめてもの慰めとするのだ。注意深く古事記を読み解けば、その片鱗をうかがい知ることが出来るが、これは余談である。

 ――再戦である。
 忍び殺しが恐るべき手練れであることは承知している。両者の距離は三間。警戒すべきは、手裏剣を目くらましとした飛び蹴り。二段構えの攻め手である。手裏剣を撃ち落とし、身を逸らして蹴りを避ける。勝機は、そこにある。
「イヤーッ!」
(……来る!)
 民兵衛は迎撃の手裏剣を構えようとした。
 それが彼の最期であった。民兵衛の目の前、呼気が顔にかかるほど近くに、忍び殺しがいた。己が胸、心の臓がある辺りに温かい感触があった。(――そんな。そんなばかな)
 戦いは一瞬で決着した。
 忍び殺しが民兵衛の胸から右手を引き抜く。その手の中には、未だ蠢く心の臓がある。忍び殺しはそれを無感動に一瞥し、握りつぶした。民兵衛はよろめき、末期の声を上げる。
「総会屋、万歳……!」
 そして、兵衛の体に仕込んでいた火薬が炸裂した。これには敵を怯ませる、敵の居場所を知らせる、爆発そのものを陽動とするなどの効果があり、何より遺体が残らぬ。忍びの知恵である。
 忍び殺しは、しばし物思いにふける様子でいたが、踵を返し、人だかりへと舞い戻る。花園神社の境内へ入り、拝殿裏から森へ広がる道なき道を進んだ。鎮守の森の奥深く、その歩みの先には小さな堀で囲まれた庵がある。
 既に日は落ち、雨は上がっていた。頭上にはしゃれこうべに似た赤い満月がある。不穏だが神秘的な趣の夜だ。忍び殺しはゆっくりと、厳かに庵へ歩を進める。

 しかし、忍び殺しは未だ気づいておらぬ。その体に、民兵衛の爆発によって火薬の匂いが染みついたこと。その匂いを忍犬が追い、さらにその犬を、上空から大凧に乗った忍者が見張っていることを……。

「彼奴が忍び殺しか」虚ろな呟きであった。「……参る」
 片倉不二男、またの名を「闇太夫」。大凧から飛び降りたその忍びは、顔を覆う不気味な面頬の下で、何を思うか。彼は微かに目を細めるばかりである。(「恐るべし闇太夫」へ続く)

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 ニンジャスレイヤー8周年おめでとうございます。何か彩りを添えたいけど新しい物は間に合わなかったので、8年前の今日連載が始まったゼロ・トレラント・サンスイを時代劇風にパロディした、ニンジャ時代劇バースの二次創作をそっと置いておきます。2年前にTwitterへ掲載したものです。