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STROKE OF FATE #1【ニンジャ二次創作Web再録】

目次次回

しとど雨降るネオサイタマ、傘の花咲く夕暮れであった。

喧噪届かぬ広いヤクザ屋敷、山水を模した庭で、二人の男が向かい合っている。

彼らの間にはアトモスフィアがあった。イクサのアトモスフィアだ。その殺気に庭のバイオコオロギさえ静まりかえっている。シシオドシの音だけが、剣呑な空気を知らぬかの如く鳴いていた。

「ザッケンナコラー……テメッコラー」リーゼントの男が、低く威嚇する。対面したコートの男は、向かい風をいなす鳥のように飄々と言う。「生憎、ツジギリ風情でね。ヤクザの仁義なんざ守るつもりはない」

リーゼントの男は拳を握る。ぎしり。レザーグローブが鳴り、油断なくカラテが構えられる。対するコートの男の表情は読めぬ。フードをかぶり、顔を無機質な鈍色のフルメンポで覆っているからだ。その右手は無造作に、しかしいつでも腰のカタナを抜ける。次のシシオドシが合図となろう。

両者の間にある張り詰めたアトモスフィアが満ち、溢れ、竹の高らかな音が響く。―はたして、相対するニンジャふたりが動いた!

ヤクザビルのエレベーターを降りると、広いペントハウスであった。電子戦争以前に使われていた硬貨を紐で繋いだ、勇壮な蛇の細工物がソニックブームを出迎える。高い天井、南方と東側は全面防弾ガラス張り。

ミカジメと脱法ビジネスで潤した懐から薄汚いマネーをつぎ込み、高価な壷やカブトなどを飾っているが、いささか派手すぎる。ソニックブームはグレーターヤクザに先導され、応接スペースへ通された。

ソファには三人の男が座っており、その内二人がショーギに興じていた。グレーターヤクザが、ショーギを指している片方の男にオジギした。「オヤブン。ソウカイ・シンジケートのソニックブーム=サンです」男は頷き、ショーギ盤に駒をさすと立ち上がり、存外人なつこく笑った。

「ドーモ。チクゼン・コバカワです。お待ちしとりました」白髪交じりの角刈り、彫りの深い目元が印象的な壮年の男だ。ソニックブームもアイサツを返す。「ドーモ。ソニックブームです」「この度は、こっちの我が儘を聞いてもらって、助かりやす」彼が、このヤクザビルの主、アオショーグン・ヤクザクランのオヤブンだ。

かつては武闘派ヤクザだったようだが、ジャノミチ・ストリートを支配するようになってからは、ナワバリを守ることに注力している。「なに、俺様が来たからには大船に乗った積もりでいてくれ」次いで、ソニックブームは、チクゼンの対局相手を見やる。

顎に手を当ててショーギ盤の趨勢を見守る、痩せた男。隠しようのないニンジャ・アトモスフィアが、その男にはあった。「ダメだ。マイッタ」やがて降参するように息を吐き、背もたれに体を預ける。そこで男は初めて、その湖めいた目でソニックブームを見た。一見涼しげだが、底が淀んでいる目だ。

「オヤブン。ニンジャがいるってのは聞いてねえな。これは良くないぜ……オイ、名乗れ」男は、ソニックブームを油断ない眼差しで射貫き、視線を外さず頭を下げた。「……ドーモ、シルバーカラスです」ソファの脇に、やや小ぶりなカタナが立てかけてある。恐らくそれが、このニンジャの得物なのだろう。

「シルバーカラス=サンは、個人的に雇っている用心棒なんですわ」「なるほど」チクゼンの言葉に頷いたソニックブームは「イヤーッ!」出し抜けにチクゼンにカラテフックを打ち込んだ。瞬間、ニンジャ跳躍力でソファから跳ね上がったシルバーカラスがインターラプトし、カラテフックを鞘ぐるみのカタナで弾き返した。

更に、ソニックブームに肉薄し、鞘からわずかに抜いたカタナの刃を首に押し当てる。「テストにしては、不調法だろ。なぁ? ソニックブーム=サン」ソニックブームは悪びれず、首筋に当たる刃を手で押し戻す。

ワザマエは確かなようだが、ニンジャのアンブッシュに全く動じず、ソニックブームを責めもしないチクゼンの腹の太さも評価できる。やはり、ヤクザボスはこの位でないと務まらぬ。シルバーカラスとやらにも、信用を置いているのだろう。「合格だぜ」「そいつはドーモ」

「や、やめましょう! そこまで。ね?」両者の間に、三人目の男が割って入った。似合わぬヤクザスーツ姿で、全体的に卑屈なアトモスフィアがある。ソニックブームが彼を一瞥すると、男は縮み上がった。チクゼンが苦笑する。「息子のキンゴですわ。ヤクザには向かんタチですが、息子は息子なもんで。さ、どうぞ、お掛けんなってください」

ソファに落ち着くと、側近ヤクザが熱いチャを出す。それを横目に、ソニックブームは切り出した。「俺様が来たのは、今回の件をソウカイ・シンジケートが仕切る為だ。そこんとこは、いいかい」チクゼンは頷く。「これ以上、あいつらの好きにさせん為ですから」あいつら、とは、彼の仕切るジャノミチ・ストリートを狙う、ノボリドラゴン・ヤクザクランである。

少し前、ジャノミチ・ストリートで、傘下の小規模クランが襲撃され、余すところなく命を落した。現場を訪れたマッポさえ顔を歪める陰惨な現場の数々は、敵対クランのカチコミを疑うに充分だった。そして、疑いは事実としてストリートに顕在化した。

手薄になったストリートで好き勝手しだしたのが、ケゴン・ストリートをナワバリとする、ノボリドラゴン・ヤクザクランだ。長らく隣接するナワバリを巡って小競り合いが続いていたが、相手がニンジャを雇いこんでジャノミチ・ストリートを荒らし始めたのだ。

「最近じゃ連中、うちのナワバリでトロ粉末まで捌きだしやがった。ウチのとは比べものにならん粗悪品だが、バイヤーを調べてた連中が死んじまったもんで」チクゼンは苦々しげにユノミを卓に置いた。「で、ニンジャにはニンジャを、って事か」ソニックブームはそう言って、モノホシ・タバコを咥えた。

側近ヤクザが素早くライターを近づける。一服つけながら、無関心げに同じく煙草を吸うシルバーカラスに目をやる。「こいつ、用心棒だって話だが、実際使ってるか?」「いや、まだそこまで切羽詰まっちゃいないんで。ショーギだのチャだの付き合わせてて、申し訳ねぇぐらいですわ」「なんだ、タダ飯食いかよ」

シルバーカラスが不本意そうな眼差しを向ける。ソニックブームは人の悪い笑みで応じる。「俺様が来たからにはそう言うのはナシだ。コトが動くまでは、俺様と来て貰うぜ」不本意そうな眼差しはソニックブームからチクゼンに移るが、なだめるような顔を向けられた。

シルバーカラスは煙草の火を消した。「……チクゼン=サンがそれで良いなら、こっちは構わないが」「なら、決まりだ。このビルの守りはクローンヤクザを配置して強化させる。テメエは、俺様と仕事だ」ソニックブームはくわえ煙草で不敵に言う。

「何すりゃ良いんだい、ヤクザの旦那」観念した様子のシルバーカラスに、ソニックブームは言う。「パトロールだよ。ついでに、そのトロ粉末を捌いてる奴らを調べる」シルバーカラスはしばし考える様子を見せた後、ソニックブームに言う。

「条件が二つある。ジャノミチ・ストリートから出ないこと。何かあったら、チクゼン=サンの安全を最優先すること。飲めないなら動かない」ニンジャひとり満足に扱えないことには、この先何も為しえぬ。ソニックブームは寛大げに頷いてみせた。

ストローク・オブ・フェイト ♯1終わり ♯2に続く