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ニンジャスレイヤーファンフィクション再掲「エンカウンター・オブ・ブラック・アンド・シルバー」

 3年前にtwitterのハッシュタグ ♯忍殺深夜の真剣創作一本勝負 企画に参加した掌編です。少し手を入れています。

* * *

 ドクロめいて笑う満月の下。爆煙が晴れたビルの屋上で、二人のニンジャが対峙している。
 かたや、深緑色の装束に身を包み、ゆったりと葉巻に火を灯すニンジャ。もう片方は、月光を鈍色に反射する装束のフードを目深にかぶり、カタナの鯉口に手を掛けている。
「……どちらさんだ?」
 鈍色装束のニンジャが低く誰何する。
「ドーモ。ブラックヘイズです。ごアイサツだな、ミスター・ツジギリスト?」
 深緑装束のニンジャ、ブラックヘイズは葉巻の煙を深く吸い込むと、アイサツした。鈍色装束のニンジャは、鯉口に手を掛けたままでオジギする。
「……ドーモ、シルバーカラスです。アンブッシュで発破してくるよりマシだろ」
 鈍色装束のニンジャ、シルバーカラスは相手のアトモスフィアを押し返すように、強いてフルメンポの奥で口角を釣り上げ、アイサツをした。
 それきり、数刻。この二人は向かい合ったまま、微動だにしない。シルバーカラスはブラックヘイズから並ならぬアトモスフィアを感じ取っていたし、ブラックヘイズも、ただのツジギリストにしては((なかなか、油断できない——))剣呑さを見て取ったのだ。
 張り詰めた空気を打ち破り、仕掛けたのはシルバーカラスであった。
「イヤーッ!」
 ニンジャ敏捷性を限界まで高めた、走り懸かりである。しかし、上段からの斬り下ろしはブラックヘイズのわずかな足裁きで避けられてしまう。
 そのシルバーカラスの隙をつき、ブラックヘイズの高い蹴り足が側頭部を打った。
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
 シルバーカラスはよろめく。そのまま倒れ込む姿勢からの回し蹴りで追撃を回避しようとするが、その足が途中で止まり、勢い余って転倒する。
「グワーッ!」
 蹴り足に、何かが絡みついている。((網——))果たして、それは黒いキャプチャーネットであった。片足が使えぬ。スリケンを二枚投擲、ブラックヘイズがブリッジ回避する間隙を縫い、ウバステを振るう。網を断ち切り、くるくると回転しながら距離を離す。
「味なことしやがるな、旦那」
「そちらも、想定より存外面倒だ。ツジギリストにしては、よくやるが」
 ブラックヘイズの片腕が動く。((さっきの網か——))シルバーカラスは正眼に構え、腹に力を込めた。
「イヤーッ!」
 カラテシャウトと共に飛来する黒い網を斬り伏せたシルバーカラス。その右腕に、何かが絡みついた。いぶかる間もなく、ニンジャ第六感に従ってシルバーカラスは身をひねる。右腕が月光を受け、不思議なきらめきを放つ。シルバーカラスのすぐ横を、広がる黒い網が行き過ぎた。
 シルバーカラスはメンポの奥で相手を注視する。ブラックヘイズは驚嘆したような目つきで、シルバーカラスを見る。
「イヤーッ!」
 再度飛来する黒いネットを、左手で握ったウバステで、体の外から内に向かって斬り伏せる。更に——
「イヤーッ!」
 シルバーカラスはウバステを手放すと、左手に装着した伸縮式ヒートブレード(今回のツジギリ試作品だ。電源を入れると熱すぎて使い物にならなかった)を伸ばし、体の内側から外側に開くように薙いだ。何かがまとわりつく感触が確かにあった。網だ。黒い網とは別の、透明の網が。
「なるほど、そこか」
 そこ? そことは、どういうことだ。シルバーカラスは思案する。命が狙いではない。とすると、おそらくはこの——((——試作品か))
 これを手放せば、恐らく相手とのイクサは終わる。相当の手練れだが、懐に入れれば、万に一つは勝てるだろう。だが、釣り合わない。
「わかった旦那。降参だ」
 シルバーカラスは両手を挙げた。
「俺が旦那に斬りかかったのは勘違いだ。俺の命が狙われたかと。済まなかった」
「つまり?」
「旦那がご所望なのは、俺の左腕についてる、コイツだろ? なら、持っていけ」
 曲がらない右腕に苦心しながら、ヒートブレードの固定ベルトを外す。
「懸命だ。そいつは試作品だが、お前さんの命は量産がきかない。大事にすることだ」
 ブラックヘイズがキャプチャネットを飛ばし、ヒートブレードをキャッチする。
 それが手元に戻る、刹那である。シルバーカラスはコンクリートのウバステを蹴り上げ、左手で柄を握る。
「イヤーッ!」
 シルバーカラスは片手のイアイでヒートブレードを両断した。早業であった。
「お互い言い訳は立つだろ!」
 ビルの屋上から身を躍らせながら、シルバーカラスは言い捨てた。先刻から装束のポケットでノーティスを告げていたクライアントからの通信を受ける。
「襲撃だ。ニンジャ。相当な手練れだ。試作品はやむを得ない事情で破壊した」
 相手の返事を聞き、シルバーカラスは疲れた様子で溜息をついた。
「そういうことにしといちゃ貰えないかね。俺も早いとこ引き上げて、一服つけたいんだ」

***

 ブラックヘイズは新しい葉巻に火を点けながら、クライアントへ報告をしていた。
「試作品の回収には成功した。真っ二つだが、それで良ければ。——そうか」
 このビズの契約内容は、ツジギリストのサンシタから、競合他社の試作品を奪い取ること。
「しかし、あれがサンシタなら俺が相手にしてきたサンシタは何だったのかね」
 ドクロめいて笑う満月は、それぞれのニンジャたちを、ただ見下ろしていた。