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【二次創作】出張P-PingOZ「はざまのこども」

いつかの、どこかのおはなしです。
東京都は立川市に、男の人と女の子が住んでいました。

あれ?

いつもと始め方が違う?

実は、今日はいつものオズではなくて、別の場所が舞台だ。

今日の主人公は、たちひ。成り行きで保護された児童。

保護者と買い物に行ったはずが、彼女は、なぜかいつも迷子になる。そこで、僕らは彼女と一緒に迷ってみよう、という趣向だ。

さあ、僕らとは違った世界、違った時間。何が見えるだろう?

P-Ping OZ特別番組「はざまのこども」ナレーション/友安ジロー

石畳と提灯、どこまでも続くように見える。ボンヤリとした薄闇に、読めない看板、鏡文字で書かれた屋号などが浮かび上がり、露店や小さな商店が連なる。だまし絵のような階段を上がったのか降りたのか、次は至る所にかかる鳥居が見えてきた。

往来をゆくのは、人体のパーツが増減しているもの、顔を何かの面や記号の書かれた紙で隠したもの、ツノのあるもの、しゃべる動物、黒く粘性のありそうな影……まるで森【VR空間】の巨大チャットロビーだ。

ところが、ここは物理現実として存在し、「狭間」と呼ばれている。具体的にどこ、という座標や緯度経度は分からない。それこそ、僕らの番組のような「いつかの、どこかの」場所だ。

ああ……言い忘れていたが、これから僕らが見るのは、ハッキング技術ではない魔法が存在し、科学や医学によらない不老が存在する世界だ。見えている物全てに、テクノロジーとは異なる言語で編まれた論理が存在する。

正直、僕も最初は面食らった。しかし、存在するのだから、理屈はともかく「いる」ことは、認めなくてはならない。傘立てに差したあなたの傘を勝手に使う誰かと同じように、だ。

さて、主人公に目を戻そう。大きな往来を外れ、石畳の両脇にススキの広がる路上。ワンピースの裾を握りながら歩く子どもが、今日の主人公、たちひ(年齢不詳/女児)。年齢は5歳から7歳ぐらいだろうか。

たちひは、狭間に来るたびに保護者の高松とはぐれる。ただ、いつも大ごとになる前に誰かに保護され、安全な場所に戻されたり、商会の事務所へ預けられたりしているが……まだ顔見知りにも会えず、いなくなった高松を探している。

「ごきげんよう」「ごきげんよう」揃いの青いツーピースを着た女性二人が、たちひに声をかけた。「貴女は今、ご幸福でして?」「物質社会の促す衝動に惑わされ、身近にある幸福を手放していませんか?」

まくし立てながらカードのような物を渡そうとしたが、たちひは首を振って……待て。待て、この二人組!

この二人組、火あぶり姉妹【ウィッチャー姉妹/webを利用した私刑執行人として有名だった】か! 八年前に行方不明になったBleu Blueの。なるほど?

……本当に、どこでもないんだな、ここは。……いや、関心している場合じゃない。失礼。

火あぶり姉妹の勧誘は子ども相手にも容赦がない。たちひは何か口の中でモゴモゴ言うばかりで、二人の女性に挟まれ身動きが取れなくなっている。更に啓蒙カード【ロゴと公式サイトへのアドレスが記された物理カード】を手渡されそうだったたちひの腕が、何かにグイと引かれた。

手を引いたのは、キモノ姿の、三つ編みの少女だ。顔の上半分に、書き損じを潰すような黒い線が蠢いている以外は、ごく普通の。

少女は、たちひの腕をつかむと数メートル引きずっていく。表情だけで困惑を伝えながら、たちひは引きずられるまま、火あぶり姉妹から救われた格好だ。いつの間にか火あぶり姉妹は消え、両脇には風鈴屋台が並んでいる。

「やばかったね。あのおばさん達、半年ぐらい喋るから」「……」「あなた、名前は?」「……」体を縮めて相手を伺っていたたちひが、おずおず名乗る。「……た、たちひ」「たちひ? 変なの。私は……えっと……この前まで覚えてたんだけど……ん? この前っていつだっけ? まあいいや。よろしく」

少女はたちひの両手を取って、ぶんぶんと振った。そのまま片手を繋いで、まっすぐ歩きだす。「一人?」たちひは首を横に振った。「ししょー、いなくなっちゃった」「師匠? あなた芸妓さんかなにか? どっから来たの」「たちかわ」

「ちがくて、ええと、どこの門?」「しんじゅく」「新宿門! それなら、ちょっと歩くけど、一緒に行こうか?」たちひは何か思い出すように、地面と提灯を見た。それからしばらく考え、こくり、と首肯した。

「じゃあ、こっちだ」少女は逆方向へ歩き出した。二人が歩くと両隣に並ぶ風鈴が合唱する。

「あたし、姉ちゃんとお祭りに行く途中だったんだよね」「おまつり」「いいよお、人が多くて、お囃子にワクワクして、縁日も楽しいから。行ったことない?」「ない」「えーもったいない!」

風鈴の音に合わせてお喋りな少女が何くれと話すのを、たちひは頷いたり、小さく微笑んだりして黙って聞いていた。たちひが口を開かないのは、かつての環境が理由だろうか。

たちひは、たちひとして存在する前に偶像だった。言葉を発する行為は自己表現に他ならないが、無垢なる偶像は自我を持つことを許されない。僕らだって覚えているだろう。親の妄想のせいで発話機能を失った、可哀そうな「かみさまの子」。

「あなた、新宿門から来たなら、あたしの姉ちゃん知らない?」たちひは首をかしげた。「あの日から姉ちゃんが迷子で、あたしずっと探してるの」風鈴の音が止んだ。二人の足元をこするように猫のような六つ足の生き物が通り過ぎる。

「あのひ?」「えーっと、ここに来る前の……何の日だっけ。なんか、楽しみにしてた……まあいっか」少女は明るく言い捨てる。

「あたしに似てるから、見かけたら妹が探してたって言ってよ」顔の上半分を蠢く黒線で潰した少女は、コロコロと笑った。

やがて、道にぽつりぽつりと何者かが増え始め、風景が変わる。「着いた! 新宿門。見覚えある?」頷いて肩の力が抜けた様子のたちひに、鳥居に寄り掛かった少女は言った。「お師匠さんに会えるといいね。あたしも、また探さなきゃ、誰だったかを!」

たちひは何かを言おうとしたが、「あー! たちひちゃーん!」若い男の声で呼ばれ、声の方へ顔を向けた。声の主は、鳥のようなマスクをかぶったスケノブ。たちひとは顔見知りだ。

「久しぶり! 高松さん、ここで待てって?」たちひは首を横に振る。「いなくなっちゃったから……この子」

たちひが横を見ると、少女はどこにもいなかった。

「どの子?」たちひは、女の子が立っていたところを瞬きせず見つめている。「たちひちゃん、俺が気づいた時には一人だったよ」「……」なお隣を見つめるたちひに、スケノブはなにか分かった様子で笑った。「そういうこともあるよ。わたあめ食べる?」「……たべる」

「よーし、じゃあでかいやつ作ってもらおうな!」少年じみた笑い声のスケノブと新宿門から離れようとしたときだ。「たちひ!」「ししょー」

この、眉のない三十代ほどの男性が、たちひの保護者、高松正一。およそ100年ぐらい前に生まれた男性だ。

僕らの住むOZなら、脳移植【脳移植手術/違法行為。外科手術で脳を人形へ移植する】でなければ相当若作りの類だと思うだろう。けれど冒頭で言った通り、この世界には不老が存在し、高松は不老だ。不老という存在を抱える社会システムに興味は尽きないけれど、本筋ではないので黙ることとしよう。

「スケノブ! また、たちひちゃん連れまわして!」「まだ何もしてねーよー」スケノブに似たマスクの相棒、小林が出合い頭にスケノブを叱っている。「どうしていつも迷子になっちまうんだ、お前」「ちがうもん」そう。迷子の目線ではいつだって、先にいなくなるのは保護者の方だ。

片手の行き先がスケノブから高松に代わったたちひは、頭上で交わされる大人の話を見上げる。「たちひちゃん、なんだかんだ、いつも無事だよね。不思議」「総合案内に迷子届取り下げに行かないと」「あー」「方向一緒だし、そこまで行きましょうか」「いつも恩に着る」「いえ」「俺無視?!」

高松に手を引かれたたちひが振り返ると、顔を塗りつぶした少女が微笑んで立っていた。「よかったね」と言うように口が動いたのを最後に、少女は全身が黒く塗りつぶされ、何者でもなくなってしまった。

P-PingOZ番外編「はざまのこども」終わり


鉢さんがTwitterで連載中の「ししょーとたちひ」シリーズが1周年ということで、お手伝いしているアカウントのスタッフ借りて、短い映像を作ってもらい、それを書き起こしました。大正生まれの不老のおっさんが怪しい教団から連れ出してきた幼女が成長していく「ししょーとたちひ」シリーズ、おっさんと女の子が好きな人はたぶん読むと幸せ。セリフ以外の情報をちゃんと覚えておくと後で気づきがどんどんあるタイプの漫画です。

お手伝いしているアカウントについてはこっち