【ニンジャ二次創作】ルイナー重点アンソロ再録
このテキストは2017年に発行された、ニンジャスレイヤーファンフィクション、ルイナー重点アンソロジー「Marble」に収録された短編小説の再録です。主宰の方から再録許可があったのでnoteに掲載しています。第3部、ニチョーム・ウォー直後の話です。
【mind,overhaul】
夜のモノクロに、男の甘い歌声と仄かな灯りが燃えている。
ドラム缶の焚き火が、数台のバイクと瓦礫の山、そこを動き回るルイナーの姿を浮かび上がらせた。歌声は、大型バイクのハンドルにぶら下がる携帯レディオから。ボブ・クロスビーのスウィング。あんまり繰り返し家に帰ろうと歌うので、鼻で笑う。
電気のほとんど通らなくなったニチョーム、崩れかけた黒い隔壁の側。建物や車輌の墓場となったここは、暗くなると人は立ち入らない。そこに積み上がった瓦礫を利用して、ルイナーは腰高ほどの作業台を作っている。
ニチョームへのアマクダリ侵攻を阻止した大きな戦いから数日。街も、そこに身を寄せていた者も、少なくない痛手を負った。そんな状況でも比較的動ける者達は、街の女王の号令一下、復旧作業に手を付けだしていた。
ルイナーがバイクを見つけたのも、そのさなかだった。
乗り捨てたのか、持ち主が死んだのか、オウマバン社製レーサーレプリカ、サシアシ。この排気量ではトップクラスの加速力と馬力を誇るモンスターマシン。駆動まわりは好みではないが、カスタム塗装の黒が、アマクダリに喧嘩を売った夜の、ハイウェイを駆ける黒いバイクを思わせた。
タイヤとチェーンだけ変えれば動くかもしれない。そこで、近くに転がっていた、同じ排気量で廃車同然のバイクも幾つかここに運び込み、移植手術を試みることにした。
瓦礫で作業スペースを確保したら、背後の山からめぼしい物をピックアップしていく。鉄骨、大きいバリキボーイ人形、装甲車の残骸から千切ったシートベルト、などなど。彼自身が必要だと思ったものをあらかた引っ張り出すと、腰に手を当てて頷く。都市迷彩風のアウターは、容易くその姿を夜に隠してしまう。焚き火の炎が、ルイナーの存在を示すように揺らめいた。
しゃがみ込んで、運び込んだバイクたちのメーカーや状態を目と手で簡単に確認する。頭で分解して組み立て、使うものと使わないものとに分けた。使わないバイクは背後の山へ投棄する。レディオは、オールディーズのバラッドを流し続ける。恋の終わりを嘆く、淋しげな女の歌。今の気分には丁度良い。ルイナーは立ち上がると、グローブをはめた。
鉄骨をシートベルトで束ねてジャッキがわりにし、サシアシを設置。バランスを取る為に何度か置き直す。借りた工具を使い分けながら前輪のキャリパーやシャフトを取り外す。それらを規則正しく作業台へ並べ終えてゆったり頷いていたが、作業台が水平でないためナットがひとつ転がりはじめ、慌てて手を出した。間に合わない。
「ゲコッ」
ルイナーの代わりにナットをキャッチしたのは、カエルの舌だった。怪訝な目つきで振り向くと、サヴァイヴァー・ドージョーのカエルがいた。カエルは彼とバイクの周辺を踊るように跳ね、瓦礫の作業台に飛び乗り、巻き取ったナットをルイナーへ差し出した。ルイナーはそのカエルの向こうに、もういないニンジャを見た。
「ドーモ。助かった」
ルイナーはナットを受け取るとボロ布で拭う。少し思案して、潰すバイクのシートを力任せに剥ぎ取ると、ひっくり返して細かい物を放り込んだ。カエルは首を傾げて、サシアシのハンドルにぶら下がるレディオをじっと見ている。ルイナーは作業台をノックしてカエルの視線を自分へ向けると、指でそこを離れるよう示す。カエルが飛び降りたのを確認してから、ホイールを作業台へ乗せ、後輪を外しに戻った。後輪シャフトや切断しているチェーンなどを取り払い、ホイールを車体から外す。後輪のパーツは、引き抜いたチェーンで囲いを作り、その中に並べておいた。
カエルをちらりと見る。ヒビの入ったコンクリートから、レディオに向かってジャンプを繰り返している。止めるほどではない。視線を引き抜いたシャフトに戻し、状態を確かめた。損傷はない。交換せずに使えそうだ。これで、他のバイクはカラテで分解しても構わなくなった。だいぶ楽だ。
ラチェットレンチをクルクル回しながら作業台へ戻ると、前輪のタイヤとホイールの継ぎ目に金具を噛ませ、隙間に指をかけた。万力で固定したり別の工具を使うことなく、ニンジャの腕力でタイヤを引き剥がす。大きく裂け目の入ったタイヤから、悲鳴のようにエアが漏れた。驚いたのか、カエルも声を上げた。それを聞いたルイナーからもささやかな笑い声がこぼれる。
後輪も同じように引きはがし、ホイールを取り付け時に間違えないよう、バリキボーイの前へ。外したタイヤは円盤投げめいた動作でゴミ山へ投げる。
グローブの埃を払って、さっきシートを剥がしたバイクからタイヤを拝借するために空気を抜く。ゆったりしたカラテで車体をプレス切断してホイールを取り出す。この辺の力加減は、何台も潰して覚えた。使うタイヤなので工具を使い、先程より時間をかけて外した。前輪は手元に、後輪はバリキボーイに花輪めいて被せた。
さらに、別のバイクからチェーンをいただく。うまく外れてくれたので、千切らずに済んだ。レディオの音楽はいつしか、線路を歩く映画の主題歌に変わっていた。
確か、エンガワのアジト。夜中付けっぱなしになっていたテレビに映っていた映画だ。スーサイドが前のめりで見ていたことだけ、はっきり覚えている。酒と夢に片足を突っこんでおぼろげだ。あのガキどもは最後、どうなったんだっけ? そもそも本当に、そんな映画やってたんだっけ?
息をつき、カエルの姿を探す。レディオを諦めたカエルは、レディオのぶら下がるバイクのシートに座って、じっと聞き入っているようすだった。
「……」
何か言いかけて、口を結ぶ。かわりに立ち上がって思い切り伸びをすると、腰が鳴った。レディオと缶ビール片手に瓦礫の山を器用に登り、てっぺんへ腰掛けた。カエルも後を追い、ちんまりと横に座った。
グローブを外し、ポケットをまさぐる。フィルギアからくすねた紙巻きにライターで火を点けた。
煙をじわりと肺へ送り込むや否や、その空気を全て吐き出すべく、えずくような空咳をした。くすねた相手が悪かった。
「ハッパ……!」
紙巻きを指で念入りに揉み消し、息を整え、別の所でくすねてきた缶ビールを開ける。今度は、ケミカル由来の甘さが喉に絡んで美味くない。ルイナーはしかめ面のまま肩を落とした。そのまま横目でカエルにビール缶を差し出してみたが、前足で缶を叩かれた。
「だよな」
首を上へ傾けてビールを流し込む。見上げた電気のない空には、ルイナーを笑うような、髑髏めいた黄色い月が出ていた。
「……フィルギアだっけ?」
以前、酒の肴に誰かから聞いたのだ。どっかの国の言い伝え曰く、月にはカエルが住んでいたとか。
傍らのカエルに視線を向ける。掌を向けると飛び乗ってきたので、カエルを乗せた掌をかかげ、月と重ねた。目を細めて見比べ、首をかしげる。クレーター模様がカエルに見えるらしいが、ルイナーにはいびつに笑う髑髏にしか見えなかった。掌を戻し、カエルと目を合わせる。このカエルの舌を走って氷の巨人を破砕したのは、つい数日前だ。
「小さくなっちまったな」
指で背中を撫でてやると、不思議な光沢で月光と炎を照り返すカエルは元気よく鳴いて、掌から飛び降りた。辺りを好きに跳ね回るカエルを眺めながらビールをちびちび飲む。
「自由」
カエルの様子に半ば呆れて出た言葉だったが、図らずも、カエルの所属する部隊にとって尊ぶべき言葉だった。自由、そして、生存。
「……」
ビールを飲み干し、空き缶と一緒に感傷を投げ捨てた。グローブをはめ直す。ゴミ山を三歩で飛び降りると、作業を再開した。分解したサシアシを走れるようにしてやるのだ。
フロントのホイールを作業台へ寝かせるとタイヤを被せる。体重をかけて、タイヤをホイールに押し込む。片足でタイヤを固定しながら工具を使い、慎重にリムにはめてゆく。タイヤが隙間なくはめ込まれたら、自転車に使うような手動の空気入れを使って、手早く空気を送る。ここでも力加減に気を配る。指で空気圧を確かめ、空気を送る作業を繰り返し、充分なところで前輪を車体に戻す。次は後ろのタイヤだ。
バリキボーイの頭を労うように叩いてから、後輪のタイヤとホイールを作業台へ持ってくる。こちらも付け替えて、空気を入れる。
これでサシアシが動くかどうか、本当のところはルイナーにも分からない。レギュレータ部分や、エンジンの点火に必要な箇所がやられているなら、どうしようもない。ダメならダメで、仕方がないことだ。あの野郎と一緒だ。ルイナーは手を止め、帽子をかぶり直した。
「いいね」
ルイナーの、いつも眠たげな瞳が、焚き火の炎を映す。
「据わってきた」
ホイールを後輪部分に戻す。レディオからエルヴィスのラブソングが流れている。アクスルシャフトを締め直す。ドラム缶の中で燃やしていた廃材が弾ける。額の汗を拭う。カエルが鳴く。戯れに口笛でメロディーをなぞる。布越しに指でナットを締める。どこかでマンホールの蓋が開く。マンホール?
ルイナーは素早くレディオを切ると、カエルを掴んで懐に隠した。そのまま、いつでもカラテできる姿勢で闇を睨んでいたが、数秒で肩の力を抜くとカエルを取り出した。
「長老」
カエルは一声鳴くと飛び上がり、ふたたびレディオの下に陣取った。程なく、ルイナーらの前に、夜には目立ちすぎる白いギリースーツめいた人影が現れた。
「ドーモ。ファーリーマン=サン」
「ドーモ」
彼のアイサツにサヴァイヴァー・ドージョーのバイオニンジャは応え、彼の傍でじっとしているカエルに頭を向けた。
「ここにいたか」
戻るぞ、とイエティめいたファーリーマンの手がカエルに伸びるが、カエルは嫌がるように、ルイナーの体を伝ってフードに飛び込んだ。ルイナーは肩をすくめた。
ファーリーマンは諦めたようにボーで軽く地面を突くと、手近な瓦礫に腰かけた。珍客が増えたが、カエルと同じように、ルイナーは彼に対しても敬意を持った無関心を貫くことにした。
サシアシの前に屈みこんでチェーンを付け替える。少し長かったので、いくつかコマを千切り、ジョイントを付け直す。カエルはいつの間にか、ルイナーのかぶった帽子に移動していた。もう一度レディオをつける。ノイズまじりのカントリーソングがかかる。タイヤを回してチェーンの張り具合を確認。問題なさそうだ。立ち上がり、腰や背中を伸ばす。
「修理」
それまで置物めいて据わっていたファーリーマンの問いに頷きながら、サシアシのカウルを剥がす。カエルがバランスを崩してルイナーの帽子から落下するのを片手で受け止める。
「遅い時間。なぜ?」
尋ねられたルイナーは、ファーリーマンを見て、頭上の月を見上げ、カエルをちらりと見て、自分の直したモンスターマシンに視線を戻した。カエルはまた、ルイナーの身体をよじ登って肩にしがみつく。
「まだ遊びたい」
たっぷり時間をかけた返事に、ファーリーマンは納得したのかしないのか、毛むくじゃらの顔を縦に振った。
「静寂。精神を平らかに。己の為の孤独を重んじ、群れに戻る。良い事」
わざと無視をして、ルイナーはカウルの外れたサシアシの配線をいじっている。
「乗るか?」
「不要」
「そうか」
むき出しにした配線を何度か接触させる。不機嫌そうな排気音を上げ、エンジンがかかった。カエルが驚いたように肩で跳ねた。
「直った」
ルイナーは首を横に振る。
「走らないと」
言いながら肩からカエルをすくい上げ、ファーリーマンに預ける。カエルは抵抗しなかった。
「好きにやってたぞ」
「保護を感謝」
ルイナーは目をそらすと、帽子のつばをぐいと引き下げた。
「……行けよ」
ファーリーマンはゆったり頷くと、「良い夜」と言い残し、カエルとふたり、地下へと戻っていった。白い影が暗がりに溶けて、マンホールの蓋が閉じる。
「良い夜」
白い賢者の物言いを繰り返す。
「うん」
満足げな伸びをして、バイクのシートを叩いた。走ってみないと分からない。俺も、俺たちも、こいつも。
「……走るか」
mind,overhaul 終わり
参加したアンソロジーの「Marble」は総勢10人によるイラストや小説で様々なルイナーを書き下ろしたもので、ルイナー多様性にあふれています。現在もCOMIC ZINさんのオンラインショップで購入ができるようですので、よろしければ十人十色のマーブル模様を買って読んでください。
【2020年9月7日追記】
ラジオで流れていた曲をプレイリストにしました