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初めて女装をした日の話

さかのぼること昨年の11月初旬、人生で初めて女装をした。ハロウィン直後の時期ではあったが特にイベントなどに参加したというわけではない。ただシンプルに「女装をする」という目標を達成するためだけの純粋な女装である。わりと時間が経ってしまったが備忘録代わりにその時の様子を文章に残しておこうと思う。誰かの参考になれば嬉しい。

■動機

そもそもなぜ女装をするに至ったのかというと一言では説明が難しい。「死ぬまでにやってみたいこと」を頭の中でぼんやり考えたことがある人は多いと思うが、5~6年前からバンジージャンプや脱出ゲームなどと並んで女装もそのリストの中に入っていた。特に「女性になりたい」というような切実な想いがあったわけではなく、「一度ぐらい女性の姿に近付いてみたい」という好奇心と「なんとなく似合いそう」という根拠のない自信に基づいた願望である。あと単純に自分の外見を性別ごとガラッと変えるのは気持ちよさそうだ。下Bですぐさまゼルダの姿になれるスマブラDXのシークが羨ましい。長い間「いつかは女装をするぞ」と思いながらも自分からは具体的な行動を起こさないまま時間が過ぎ、気付けば20代も残り少なくなっていた。

「そろそろやらないと、死ぬまでやらないんじゃないか……?」

平成も終わり令和に突入した頃からそんな考えが徐々に頭をもたげ始めた。死を意識するには早い年齢ではあるが、一寸先は闇である。<今年こそ?来年こそ?何年生きれるつもりで生きてきたんだ>とMOROHAも歌っている。急がねば。ぼんやりとした願望はいつしか大きな目標に変わっていた。斯くして2019年のうちに女装を決行する覚悟は決まった。

■計画

とは言え女装経験皆無の成人男性はあまりに無力である。何から始めるべきか迷い、ひとまず計画を練ることにした。ネットで検索すると女装体験専門のお店も出てくるが、いきなりフル装備の女装をするのはハードルが高い。できれば気心の知れた人の力を借りてこっそり実行したい。一旦顔面だけに照準を合わせよう。夏の間は連日30℃を超える日が続くので少し涼しくなってから決行するのがいいかもしれない。そしてせっかく挑戦するのであれば形(写真)に残したい。よって目標を「ウィッグをかぶって、メイクをして、盛れてる自撮りを完成させる」に定めた。一旦必要なもの(および人)をリストアップしてみる。

①ウィッグ
②盛れるカメラアプリ
③場所(屋内)
④メイクの協力者

まずウィッグを手に入れないといけない。地毛が綺麗なサラサラヘアーであれば己のDNAで賄うことも検討するが、生憎のクセ毛であり顔の輪郭を隠せるほどの長さまで伸ばすのも大変なので大人しくAmazonでウィッグを探すことにした。そもそもウィッグの相場もよくわかっていなかったが、2,000~3,000円という意外と安い価格帯に多くの種類がラインナップされている。人毛100%のウィッグは1万円を超えてくるものの人工毛(ファイバー)を使ったものであれば気軽に買えるようだ。ちなみにこの時点で自分の中での理想像は「ヤなことそっとミュート」というアイドルグループの間宮まにさんに固まっていたので、黒髪ボブのウィッグに狙いを定めた。多少無謀でも指針となるモデルを決めておいたほうが計画は進めやすいしモチベーションにも繋がる。最終的に2,600円のウィッグを購入した。

女装②

届いた実物を見て驚いたが、この値段にしてはかなりしっかりしている。手で触った感覚もほぼ人の髪の毛と遜色なく、いわゆるパーティーグッズのかつらとは気合いが違う。ちなみにかぶり方は付属のウィッグネットで自分の髪の毛をまとめて坊主頭に近い状態にした後、その上からガバッと装着する。水泳の時にかぶるスイミングキャップに髪の毛がついていると考えてもらえればわかりやすい。襟足の裏に付いているアジャスターを使えばある程度サイズも調節できるので、一度かぶればヘッドバンギングのような激しい動きでもしない限り簡単には外れない。バッチリだ。

次に盛れるカメラアプリであるが、これは容易に手に入れることができる。近年カメラアプリの進化は目覚ましい。もはやすっぴんでもバチバチにメイクをしているように加工できる無料アプリまで存在するが、それを使ってしまうと女装計画の根底が揺らぎかねないのでなるべくシンプルなものが望ましい。今回は比較的ナチュラルな仕上がりになるCamera360をメインで使うことにした。数年前に流行ったアプリだが、当時ワイドナショーで指原莉乃さんも愛用していると言っていたので機能的には十分だと思う。最近ではSODAUlikeのほうがよく使われているらしい。この辺は好みの話になってくる。

そして場所選びだ。メイク落とし用のシートもあるのでカラオケや貸し会議室などどこでもできると言えばできるが、やはり時間の心配がなく水回りが自由に使える場所に越したことはない。女装中に何か道具が必要になった時のことも考えると、あまり気を遣わなくてもいい女性の家が一番心強い。必然的に会場は姉の家を借りることになった。弟の女装に付き合ってくれる理解のある姉で助かった。これはレアなパターンだと思う。

最後にメイクの協力者である。姉に女装を見られるのは構わないが、メイクまでお願いするのは心理的抵抗がある。複雑な弟心だ。YouTubeなどを見て自力でメイクをするという手もあるが、さすがにゼロからは難しい。一番高いハードルはここかもしれない。そんな中、自分と姉の共通の知り合いである女性(以下、Fujiさんとお呼びする)が協力を申し出てくれた。Fujiさんは学生時代に何度か男子の女装を手伝ったことがある経験者らしい。渡りに船すぎる。これで全てのピースは揃った。いざ、女装の時……

■決行

初の女装チャレンジは昼過ぎから行われることになった。なるべく肌のコンディションを整えて挑もうと思っていたが、数日前から突然ニキビが増え始めそこそこ劣悪な肌で本番を迎えることになってしまった。肌質の改善は一朝一夕でどうにかなるものではないらしい。この日は11月のわりに初夏のような気候だったので、SUZURIで見つけたかわいいデザインのTシャツを着て女装に臨むことにした。

基本的にメイクはFujiさんに丸投げすることになるので、自分ができることと言えばウィッグネットで髪の毛をまとめてマネキンに徹することぐらいである。メイクと聞くとリップ、チーク、マスカラ、アイシャドウ……といった単語が頭に浮かぶが、それらが登場するのは後半だ。まずは化粧水と乳液で入念なスキンケアを行い下地を作っていくことから始まる。ヒゲ剃り跡やニキビなどもこの段階で徹底的に隠すことになる。Fujiさんからは「下地を、5層作ります」という力強い宣言が飛び出した。5層。ほぼ地球である。次々に繰り出されるバラエティに富んだ化粧品総動員でみるみる肌が綺麗になっていく。この時点ですでに少し感動していた。

ここからいよいよメイクも本格化していくが、女装をしてみたいと思い始めた頃から1つの懸念要素があった。極度の先端恐怖症なのである。アイメイクをする上で大きな障壁となることは間違いない。Fujiさんにも事前に伝えていたので、可能な限り目を閉じた状態で進めていただくことにした。途中どうしても目を開けなければいけない工程も出てくるが、アイライナーの類は目の近くまでグッと近付けてしまえば逆に視界から消えるので案外どうにかなった。ビューラーとマスカラだけは構造的に人にやってもらうことが難しいので自力ですることになったが、初めて使う道具に悪戦苦闘した。あらかじめ自主練をしておくほうがいいかもしれない。アイメイクが一通り完成した時は歯医者の治療が終わった時に近い安堵感に包まれた。

女装開始から約2時間、化粧品の解説なども交えつつようやくメイクが出来上がった。満を持してウィッグを装着する。早速自撮りに移りたいところだが、ウィッグの前髪が思ったよりも長い。そして眉毛をしっかり隠すためにはもう少し量がほしい。相談の結果両サイドの毛を切って前髪を増やし長さも微調整することが急遽決定した。カットもFujiさんが担当する。終始頼りっぱなしである。一発勝負の作業だったが見事に理想的な状態に仕上がった。本当に頼もしい。

残すは盛れてる自撮りを完成させるのみだ。せっかくなら「女装した写真」ではなく「女子の自撮り」のレベルに達したい。ここからは自分の腕との勝負になる。元々眉毛が濃いので少しでも見えてしまうと一気に成人男性が顔を覗かせてしまう。アゴのラインにも男性が出やすいので隠すことのできるマフラーやストールがあると役に立つ。真顔よりは少し笑ったほうが表情が柔らかくなるので女性的に見えるという発見もあった。試行錯誤を繰り返しながらひたすらスマホの画面と向き合い続ける。アイドルも何十枚、何百枚と撮った自撮りの中から厳選した1枚をブログやSNSに載せるらしい。妥協は敵だ。アスリートのようなストイックさで納得のいく1枚を追い求める。<バトルは喧嘩 LIVEは確認 俺にとって最も尊いのは作詞作業>と呂布カルマは歌っているが、女装した成人男性にとって最も尊いのは自撮り作業である。撮影タイムは1時間ほど続いた。





女装③

女子だ。女子の自撮りだ。おそらく女装をする前の自分に見せてもこれが自分だとは思わないだろう。大健闘と言ってよいのではないか。無論、一番健闘したのはFujiさんで、その次は有能なカメラアプリだ。自力では辿り着けなかった境地である。


女装④

自撮り以外の写真はやはり女装感が出てしまうが、Fujiさんに撮っていただいたこの1枚はなかなか踏ん張っている。小道具としてぬいぐるみなどを用意しておくのも手かもしれない。姉の家にはあまりファンシーなインテリアがなかった。

■感想

これまで(特に望んだわけではないが)男として人生を送り、おそらくこの先も男として生きることになるとは思うが、その狭間に限りなく女性の姿に近付いた瞬間が誕生したことは妙に感慨深い。ポケモン金・銀でジョウト地方からカントー地方に突入した時の世界が拡張される感覚に近いものがある。とても貴重な経験だった。

もし女装をしてみたいと思いつつ躊躇している方がいれば諸々のハードルは高いと思うが一度挑戦してみてほしい。純粋に楽しいと思う。人によっては性自認についてふわっと意識し始めるきっかけになるかもしれない。また女装に限らず「死ぬまでにやってみたいこと」は死ぬ前にやっておいたほうがいいという当たり前のことも再確認した。本当に何が起きるかわからない世の中なので、なるべく後悔のないように生きてほしい。なんか重い締め方になってしまった。

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(以下、オマケ的な写真や後日談などがあります。ここまでお読みいただきありがとうございました。)

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