(小説風)死刑に悩む男と神との対話 ②

続き

(神:あなた方は何のために法律によって人を罰するのか?。犯罪を犯した人間に対し反省を促しより肯定的な人生を送れるようにするためか、もしくは否定や報復か)


男:まあ両方の気がするなぁ。どのくらいの割合かは分からないけど。


神:両方ならばうまく機能はしない。双方が真逆の性質を持っているからね。 これらの行動原理となる感情はシンプルに愛か恐れ(もしくは罪悪感)かということだ。


男:ちょっと待ってください、そもそもなんですけど、犯罪者を罰し、否定することは相手の反省を促すのではないですか?


神:本当に反省を促すことができるかな?あなたがたはどこかで否定や報復は反省を促すことができると勝手に期待しているだけではないのか?


いいかい、人はなぜ犯罪を犯すと思う?


男:うーん。。ちょっとわからないですね。


神:心に傷を負っているからだ。例えば、自分は愛されなかった、無力だ、無価値だ、などの感情だ。そういった傷が人を攻撃や犯罪に駆り立てている。自分は傷つけられたのだから他者を傷つけられずにはいられない!というように。

そういった人間に否定を塗り重ねることは、再犯防止という観点において本当に効果的かね?君は平和な社会を望んでいるのではないのか?


男:確かに平和な社会や幸福な社会は望んでいますし、 否定を塗り重ねるのも効果的ではないかもしれませんが・・・。


神:話を整理しよう。まず私はあなた方のあらゆる選択を尊重しているし、何も否定していない。これはただの観察だ。そして問題はあなた方は何を望むかだ。平和で幸福な社会を望むなら、加害者をただ否定するのではなく、愛を持って反省を促し、より肯定的な人生を送れるようサポートすることが役に立つ、というだけだ。

加害者をただ否定し、報復したいだけなのなら死刑にすればいい。私は全く反対していないよ。全てを尊重しているからね。ただそうし続けるなら、平和で幸福な社会は諦めた方がいい。あなた方は与えたものが返ってくるように作られているからね。愛には愛が帰ってくるし否定には否定は帰ってくるということだ。


男:うーん。。


続く

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