ルールと向き合う。

ウーマンラッシュアワーの村本さんがこんなことを言っていた。

(ある外国人と話していて)「赤信号の時に渡らないのは日本人くらいのもので、全く車が走らない赤信号をず〜っと待ってる日本人は外国人からしたら面白いんだって。」


それを聞いた時、ルールや決まり事というのは何のためにあるんだろうと考えた。


交通ルールであればそれが安全のためだろう。 安全のためであれば、全く車が通らない見晴らしのいい場所の信号であれば、無視しても問題はないのかもしれない。

交通ルールだけではなく、例えば校則であればそれがより良い教育につながると信じて作られたのかもしれないし、企業ルールであれば、自分や自分たちの不利益にならないようにと作られたのかもしれない。


いずれにせよ、 先人たちが自分たちの利益、公共の福祉や幸福に繋がると信じて作られたものなのだろう。


だけれども、私たちに思い込みや視野の狭さがあるように、先人たちにも思い込みや視野の狭さは当然ある。自分達の幸福につながるものだと思って作られたものでも、逆に不幸を生み出してしまうものもある。


そういうルールや伝統に対して僕達はどう向き合えるだろうか?


ルールはルールなんだから正しい、先人たちの想いを引き継ぐべきだ、と保守的であることもできる。先人たちは愚かで、こんなルールは馬鹿馬鹿しいと裁きながら変えようとすることもできる。


でもそういった両者のあり方では、どうしても争いや不調を生んでしまうし、大抵の場合あまり変わらなかったりする。


なので僕が提案したいのは、先人たちの考えを理解し、受け入れ、公共の福祉や幸福に対する願いだけを引き継ぎ、 より皆が幸福になれるルールや伝統を作っていく、という在り方です。


先人たちにも幸福に対する願いがあった。だからこそそれを引き継ぎ、僕たちは伝統やルールをより幸福な形に変えていくべきなのではないでしょうか?それが人類の本当の営みなのではないでしょうか?


忘れがちかもしれませんが、僕たちはルールや伝統を守る側なのだけじゃなくなく、創る側でもあります。 なので、具体的なことはまた後で書きますが、 皆さんと一緒に先人たちの想いを引き継ぎながら、古くなった伝統やルールを変えていけたら嬉しいです。特に僕は教育に興味があるので教育面などで。


いつかまた詳しく書きます。それではまた。

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石井宏明

AIエンジニアになるために勉強中。フリースクール、オルタナティブスクール、サッカー、フットサル、漫画、バシャール、フリーエネルギーなども興味あり。
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