もし僕がドラクエの勇者だったとしたら

絶対に戦いたくない。

なぜ非力な僕が世界平和のために戦えるなどと思えるのだろう。

たとえば16歳のある日、母親から突然「うちは代々勇者の家系なのよ、お父さんみたいな英雄になりなさい」と亡き父の遺影の前で言われたら、あなたは「うん、分かった!僕は絶対に世界を救ってみせるよ!」とキラキラした瞳で返答するだろうか。

僕はそんなキラキラ坊ちゃんに救われたくはないし、できる事なら関わり合いになりたくない。

絶対ヤバい奴だ。

人のタンスや引き出しを漁っても窃盗罪にはならず、何とかの剣を所持していて、銃刀法違反にならないなんてあり得ない。悪人だからと斬れば殺人である。

自分の身に置き換えてみよう。

仮にこの短足オヤジに、ではなかった超絶イケメン少年の僕に勇者というスキルがあるといかに説得されようとも、実感しなければ信じようがないではないか。

たとえば、低レベルで覚える回復呪文にホイミがある。

それを唱えるとHPが回復するのだ。

なんだ、それは。

そもそもレベルやHP表示があなたの頭上に浮かんでいるのか?

もし表示されているのなら、それは恥部を見られているようなものである。

確かに学生時代、人から「レベルが上がったね」と言われた事はある。「体力が無いね」と言われた事もあるはずだ。他にも「頭悪いね」とか「持久力が無いね」とか「背が低いね」とか

やめよう。

とにかく何らかのそれに近い事は言われたものだ。

しかし、人のそういう表示を見た事もなければ、人から「今日はHPが5だね」などと言われた事もない。あるとしてもそれはゲームになぞらえた冗談だろう。

でも本当は僕は勇者なのだから、ホイミが使えるのだ。

そこである日、レベルアップのファンファーレが僕の頭の中だけに響く。

何を経験したらレベルが上がるのかは謎だ。

でも、勇者なのだから仕方がない。僕にはそれが分かるのだ。

そして、ホイミを唱える。

確かにお腹の音が鳴らなくなったような気がする。まるで携帯バランス栄養食を食べたような小腹が満たされた感はある。おやつ代が浮く。その程度のものだ。

だが、ホイミはベホイミへと変化する。

弁当を忘れた時は便利だ。何となく血のめぐりがよくなったような気もする。

さらにルーラを覚える。

これは便利だ。

行った事のある町や村に瞬時に戻れるのだ。ただし、天井が低いと頭をぶつけるというリスクはあるので、学校から出た所で僕はそれを唱えて帰宅する。

その時からLINEに次々とトークが表示され、電話が鳴りまくる。

「お前さっき空中に浮いて消えたけど、今どこにいるんだ?」

それはあっという間にツイッターやネット、果ては動画(撮られていたのか?)で拡散し、メディアに露出し、一躍時の人となり、レジェンド何ちゃらのあだ名までつく。

そこで母親が「ほらね、あなたはやっぱり伝説の勇者なのよ」と言うのだ。

なんなんだ。

そんなもので世界は救えるのか。戦争は終わるのか。ラスボスは紅白に出るのか。

確かに今の僕も仕事で疲れると周りに「目が死んでいる」だの「生きた屍」呼ばわりされる事はある。

しかし、未だに「死んでしまうとは何事だ」とは言われた事がないし、死んだ事はない。

いくら非力でもスライムくらいは倒せるだろうと人は言う(のか)。

しかし、鳥山明が描くスライムがかわいい顔をしていても、それが弱いかどうかは未知の段階では分からない。

かわいい顔してバクッとマミられるかもしれないし、本当に弱い生物だとしても虐待する精神は持ち合わせていない。それでレベルが上がるからと言って、かわいい子犬を足蹴にするような非情な人間にはなりたくない。

メラとはもののけ姫の事ではなく、火の玉が飛び出す呪文だが、マジシャンとして細々とでも食べていけるような人生の方を僕なら選ぶ。

ある日、魔法使いだの武闘家だのが仲間としてやってくる。怪しいし、暑苦しい。

最悪なのは遊び人だ。

人生の落伍者が賢者になると言われても信用できない。

山が自分と同じ高さである違和感も慣れないだろう。

大学受験を迎えた僕に先生は言う。

「君たちはこれから受験という山を登ることになる。ふもとで迷う人もいるかもしれない。頂上が見えなくてくじけそうになる時もあるだろう。でも、きっと頑張った先に何かが見えると信じて登って行って欲しい」

いや、登らなくても頂上見えてますけど。ただし、やたらとモンスターには遭遇するが。

て、モンスターって何?

たとえ毒ヘビよりも強いのだとしても、とにかくそんな訳の分からないモノは専門家に任して逃げたい。

結論:だから僕は勇者にはなれない


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