デイケア体験~メンヘラ世界のヒエラルキー~

先日趣味のサークルに見学者が来ました。その中の一人が「大人の人見知り」と強調していました。でも皆の質問にも普通に対応していたので、「ちょっとだけ内気で初対面が苦手」な位だと思っていました(他メンバーも同様)。

しかし会が終了間際ずっと下を向いていて、開催場所であるカフェのマスターにみんな代金を支払っていたけど、一人ずっと座って動かない。さすがにみんな「どうしたの?」と聞くと「薬飲んでもいいですか?」と。ああ、薬を飲んでこの症状という事は、この人は多分精神科に通院最中の人だとわかりました。

なんとか会計は済ませたものの、そして店を出たのですがよろよろと「会の責任者の方に質問が・・・。」とふらふらしながらい言うので、私含め側にいたメンバーが開催者の所へ連れて行きました。そこで聞こえてきたのは「聞いていて嫌なワードが2つ聞こえてきました。それでこう(発作発生)になりました。今後私が参加してもいいのかお聞きしたくて・・・。」と。主催者は彼が駅まで向かうのを支えながらも、話を聞いてあげつつ、私達より先に歩いて姿が見えなくなりました。

メンバーは呆然としていました。彼と同席していた人はみんな「私の質問が、発言が彼を傷つけたのではないか。」とそれぞれ言いました。そういえば、実際「大人の人見知りを暴露療法で克服している最中。」と言っていました。私は聞いたことがある療養名だったので、「知ってます。確かエクスポージャーとか言うやつですよね?」と言うと「そうです。」と言っていました。つまりこの人はまさに今現在なんらかの病気なり症状を通院しながら治療・克服中なんだと。で、起きたのはパニック発作でしょう。

普通に健康に生きてきた人からしたら、全く何が起こったのかも、どうしたらいいのかもわからないでしょう。でも私はかつては「そちら側=心の病の持ち主」だったので、だいたい予想がつきました。そして私が思ったのは「治療の一環でこうやって今回参加したんだろうけど、あの発作等を見ていたら、まだ彼には健常者の集まりに入るのは早いだろう。」という事です。

私は帰宅後、サークル運営を手伝っている友達にその考えを伝えました。「彼は治療で今回健常者の集まりに出たけど、あの状態からしてまだ無理。あのような状態の人はまず”デイケア”で同じ心の病の人達と集団で過ごすことから始めたらいいのに。」と。すると「貴重な意見!開催者に伝える。」とのこと。

そんなこんなで(前置き長いですが)デイケアに通っていた頃を思い出したので、今回こうやって書いてみようと思いました。

正直な話私はデイケアは「出来たら利用したくない場所」でした。当時自宅療養していた私。一人暮らしで家に一人いると、生活は乱れるし孤独です。そのような患者のために、社会復帰や人との交流、病気治療の目的で「デイケア」が存在します。私は精神的にも経済的にも頼ることが出来る家族がいなかったので、なんとか早く社会復帰してフルタイム勤務をして、以前のように人並みに普通に生活したい、いや「しないといけない」と思っていました。ただ当時普通に朝早く起きて出かける事が出来ない状態でした。だからその訓練のためにデイケアに通うことにしました(利用するには主治医からの書類が必要となります。医療施設です。)

デイケアとは。私が通った施設は街中にあり、同じビルにメンタルクリニックも入っていました。カリキュラムは学校の授業と似たようなものがあります。そのための教室の様な部屋がたくさんあるのも似ています。でも参加は自由です。昼には食堂で昼食を食べます。そして3時頃終了。ここで帰宅する人もいます。一人暮らしで自炊が困難な人もいるので、夕食も食堂で食べる人もいたと思います(毎日夕食が出ていたかは忘れました。昼食は必ず出ます)。医療スタッフが必ずいるので、具合が悪くなったら相談出来ます。本当にまずい状態の時はクリニックを受診出来ました。

一応朝9時に出席を取っていました。私はたいていその時間には行けませんでした。10時とか11時とかに到着していました。テーブルと椅子があるので、そこで知り合った人とおしゃべりしたり、出たいプログラムがあれば参加します。

プログラムはカルチャースクールみたいな内容でしょうか。「音楽療法」「絵画」「ヨガ」「カラオケ」「茶道」「華道」とかそんな感じです。何かしらプログラムに参加しないとやはり時間を持て余すので、1日に1~3つ位は受けていたと思います。その様子は記録されます。医療の場なので料金はかかります。でもほとんどの人は、すでに精神科通院の際に「自立支援」を申し込んでいる人です。それを利用すると200円とかで利用できます。また当然ながら、生活保護の人は無料です。デイケアに参加したらその「自立支援」の書類に日付が記載されます。

どんな患者が利用しているのか。デイケアに長らく通っている人は、たいていが実家暮らしで自分が働かなくても経済的に困ることはない(普通親が面倒を見てくれている)人。そしてこのような人はたいてい「障害年金」受給者でした。一方私も当時そうでしたが、頼る家族がいない人は、ほぼ皆「生活保護」を利用していました。病名はうつ病、躁うつ病、統合失調症が主でしょうか。「パニック障害」とか○○症状とかは正式な病名ではないし、障害年金の受給も出来ません。うつ病、躁うつ病、統合失調症の人はたいてい障碍者手帳も取得しています。つまり「入院するほど重くないけど、障碍者でもあるし(そうじゃない人もいるが)、働けない」状態の人達の集まりです。私も手帳は取得したことがありますが、デイケアに通った時に更新し続けていたか忘れました。

さて、プログラムに参加しない人達は何をしているか。仲良くなった人と単に談笑して過ごします。でも心の病の人はこの「単なるおしゃべり」ですら、難しい状態の人もいます。最初に来たときは一人です。そこで話しかけたりかけられたりして、顔見知りになり仲良くなっていく。この過程もデイケアでの治療の一環の一つでしょう。

毎日1日中ほぼずっと、テーブルの端を陣取ってカードゲームをしている男性たちがいました。私が話せるようになった人達は、50代男性、65歳かそれ以上の男性、20代の若い男女数名です。当時私は30代。私の世代は日本で一番数が多いのですが、その時のデイケアには残念ながら男女ともに同世代がほとんどいませんでした。やはり同年代がいると話が合うしやりやすいです。でも自分より離れた上か下しかいなかったので、年齢的には浮いている感じでした。同世代女性がいたら良かったのにと強く思いました。年齢層ははっきりとはわかりませんが、印象としては20代と60歳以上の高齢者が多い感じだったでしょうか。男女比率は高齢者は圧倒的に男性が多かった気がします。

さて、人間仕事をしなくてもいい空間に見知らぬ男女がたくさん集まるとどうなると思いますか?多分みなさん正解でしょう。そう「恋愛」に夢中になる、と言えば言葉はきれいですが、まあ「現を抜かす」の方が的確ですね。人間の本能とはいえ、まして若干社会のルールから外れた言動や行為をしてしまいがちな人種が集まると、それは私から見たら「お盛ん」に見えました。

10代後半か20代前半の若いヤンキー男性とギャル女性は、みんないる時に普通に?公衆の面前でキスしていました。さすがにこれは社会的にどうなのという行為なので、スタッフに注意されていました。でもこういう他人の目を気にしないタイプもいました。

私はある時65歳くらいのSさんと近くのレストランに食事に行きました(デイケアの時間内でも近くの店とかは自由に外出出来た)。それを50代男性Mさんに話すと「大丈夫だった?」とこっそり言われました。後から聞いた話だと、Sさんは20代女性と二人きりでカラオケに出掛けてそこで性行為を強要したそうです。なんだかあれな話ですが、なくはない、というかいかにもありそうという内容です。

20代若者男女はキャピキャピとしていたので、私は50代のMさんが一番話しやすい人でした。しかし彼もまたデイケアですることと言えば「恋愛」です。どうやら40代女性とお付き合いを始めたとのことでした。でもある時恋愛相談を受けました。元カノも同じデイケアにいて、新しい彼女が出来た事に嫉妬している様子で、若干ストーカーめいた行為をしてくると言う内容でした。私は村上春樹じゃないですが内心「やれやれ」と思いました。Mさんと恋人女性は離婚はしたものの子供がいる身。でも別に「病気を治そう」とも「社会復帰して働こう」という気概も全くありませんでした。

「リフレクソロジー」のプログラムもあり、そこで技術を身に着けたら、そこで働けるという取り組みもありました。Mさんはそのプログラムに参加はしていたものの「働く気はない」と言っていました。まあ働くと言っても障碍者向けの時給なので、100円とかなんですが。でも本当に「自分で働いてお金を得たい」と思う人なら、それを目指すでしょう。

私がどうしてあまりデイケアに参加したくないと思っていたのか。まさに「病気を治して働く、自立する」と強く思っている人が、圧倒的に少ないからです。例えばそのMさん。本来なら50代と一番働き盛りの年代。でも実家暮らしで親が生きている。障害年金2級受給中。躁うつ病で一般的には完治しないと言われている(ただし寛解状態にはなれるのだが)。この状態だと住む家はあり、経済的には困らない(生活は出来る)。病気も治らないんだし(治そうとしているようには見えないが)、一生こうやって生きていくと信じて(?)いる様子でした。

障害年金は2級と3級で大きく異なります。2級は一人で生活するのが困難で人の手を借りないといけないというのが定義。公共交通機関は無料パスが出ます。金額は一人暮らしがギリギリ成り立つ額が支給されます。なので実家で家族に頼れる人はもとより、頼れなくても2級ならなんとか一人暮らしが出来ます。

一方実家に頼れない人は、私もそうでしたが、生活保護を利用するしかなく、一人暮らしでした。私は短時間勤務なら可能な障害年金3級を受給していました。しかし3級のみでは一人暮らしは出来ません。公共交通機関の割引もありません。なので生活保護と併用して暮らしていました(生活保護費から年金額が引かれて支給されるのです)。

メンヘラの世界とは病気が重いほどヒエラルキーが上というおかしな世界です。重ければ重いほど、薬はたくさん飲んでいればいるほど、上の階層となるのです。Mさんと私は同じ病名でした。症状もほぼ同じでしょう。お互いこうやってデイケアに来ることは出来ているのだから。本当にうつが酷い時はまず出歩けません。それでもMさんは2級で、私は3級でした(ここら辺は主治医の診断書の記載内容によって差が出ます。私の見立てではMさんは3級でしょう。若干盛って記載する医師もいるのです。多分1度2級で通って、ずっとそれで更新出来ていた。当時はそうだったのです。)

ある時Mさんはこともあろうに私の前で「俺も親が死んだら生活保護に『堕ちる』しかないんだよな。」とぼやいたのです。え、今現在どうしようもなくて生活保護を仕方なく利用している私の目の前でそれ言う?とはらわたが煮えくり返りました。だってMさんは単に親にパラサイトしているだけです。病気を治そうとも障碍者枠でもいいから働こうともしていないで、ただ恋愛を楽しんで日々暮らしている人にこんな事言われるなんて。私は彼にマウンティングされたのでした。ただ日々狭いデイケア内であっちの女とくっついては別れ、こっちの女とくっついては別れているだけの人に。

一方でなんとか社会復帰しようと頑張っている人達だって当然ながらいました(一部ですが)。同じビル内で事務職なりプログラミング系の仕事なりを希望者がそこでしていました。ただそこもやはり障碍者向けの雇用です。時給は100円~300円だったはずです。一度見学に行ったことがあり、彼らの働く姿を私は見たのでした。

そこで仕事をしている20代男性が、同じく同じグループ内の同世代の女性となんと結婚するとある日聞きました!驚きましたが、しつこいけど、メンバー内でカップルになる人は大勢います。でもお互い心の病気同士で大丈夫なのかなとも思ったのですが。本人同士もお互いの親も納得しているのなら問題ないのでしょう。どうやって生計を立てていくのかもわかりませんでしたけどね。

そんな感じで私はデイケアに参加して見たものの、やっぱり「ここは違う」と感じて、1か月かそこらで行くのを辞めました。今風の言葉で言うと、私はメンヘラ界においての「意識高い系」でした。「治りたい」「治したい」と思っていたし、「早く人並みに働けるようになる」のを目標にしていたので。一方でデイケア参加者のほとんどが「じゃない方」だったのです。「意識高くない系」ですね。だから合わなかったのです。

当時のMさんのように、一度障碍者手帳も取得出来て、障害年金も受給できるような病名の診断が出たら、「一生治らない」という言葉をうのみにして、努力も向上もせずにそこに留まる事を選ぶのでしょう。私は怖くて出来ませんね、そんな選択。だっていくら今は親に頼れてもいつかは自分より先に死ぬんですよ。その時それまで親にパラサイトしていた人が、急に一人で生きていけますかね。たとえ福祉を利用して生活は出来たとして。それに一生デイケア通いをして、1日の大半を、いや人生のほとんどをそこで過ごすなんて私には無理です。

私はデイケアは合いませんでしたが、中にはデイケアを利用して社会復帰出来たとか、心の病が治ったという人だって当然いるでしょう。基本的に心の病になってしまった→重くなる→入院生活→自宅療養→少し良くなってきた→デイケア→障碍者向け雇用で働く→一般雇用で働く、これが社会復帰の一連の流れではないかと思います。もちろん良くならず長らく入院生活のままの人だっているでしょう。私も入院して、長期入院患者を実際見てきました。

さて、この体験談はかなり昔のものです。今は国も財政難でもあるので、障害年金でかつて2級だった人も、3級に等級落ちになった人激増などと聞きます。昔はある意味2級を一度取れたら一生安泰(?)とも言えたのかもしれませんが、多分今は精神障害でもよっぽど一人じゃ動けない人以外は2級は通らないと思います。というか一人じゃ動けないことが多くて、介護をかなり必要とするのが2級です。デイケアに通えている人達は、一人で動けているので2級には該当しないと私は昔から思っていました(ただし病名によって異なる)。

冒頭に書いたサークルの見学者の人が、普通に見知らぬ人との輪にも入れるようになるには、多分長い時間が必要でしょう。私だって似た時期はありました。私が心の病で苦しんで通院してきた期間は20年です。私はこんなにかかりました。でもだからこそ、その人もいつかは人見知りが克服出来ると信じています。




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pessimis

そんなに私(オレ)が悪いのか?

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