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  • 2019 北欧旅

    2019.4.25~5.5までの北欧旅の記録。コペンハーゲン、ストックホルム、ゴットランド島のヴィズビューを旅した記録。

最近の記事

村上春樹「街とその不確かな壁」

村上春樹の新作「街とその不確かな壁」読了。 今回も「村上劇団」特有の登場人物も、セリフも、舞台装置も過去の作品とほぼ同じものが使いまわされている。いわば、古典落語のような究極のワンパターン設定。 それにしても今回は、全てが静かだった。ストーリーの展開も出演者のキャラもおとなしめで、それはそれで、若い頃と違い、アコースティックな澄んだサウンドになった村上バンドの演奏を聴くような心地よさがあった。 村上春樹が、コロナ禍の壁の中、現代人の「集合的無意識」の深い層から、湧き上が

    • 「生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」(紀貫之『古今和歌集』あるいは、坂本龍一さんによって解き放たれた五感)

      この夏(2022年)、斎藤真理子さんの「韓国文学の中心にあるもの」ではじめて知った1948年済州島での大量虐殺事件(済州4.3事件)。その事件をテーマにした映画「スープとイデオロギー」をYCAMにて鑑賞。 その凄惨な体験を生きながらえるも、戦後、国家とイデオロギーに分断された大阪のある家族の物語を長女であるヤン・ヨンヒ監督が、ホームビデオで記録した作品。生者にも死者にも均等に刻一刻、過ぎゆく時の流れ。否応なく消えゆく記憶。遺されたものは、すべての悲しみを鶏一匹まるごと煮込ん

      • 坂本龍一は死なない

        「わたしはあなた方を見捨てて孤児とはしない。あなた方のもとに帰ってくる。もうしばらくしたら、世はもはやわたしをみなくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので、あなた方も生きるからである。」 「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなた方の喜びが満ちあふれるためである。」(ヨハネ福音書14章、18−19節、15章11節) 今夜、坂本龍一さんの訃報に触れた時、僕は偶然、キリストの復活にまつわる文章を読んでいました

        • 「アントンが飛ばした鳩」を読む

          「アントンが飛ばした鳩」30の物語、読了。幸福な時間でした。 ユダヤ人差別、ナチスの侵略、そしてホロコーストという人類史上でも稀に見る 漆黒の闇を背景にしながらも、いつもどこかしらほのかな光の存在をかんじさせる作品ばかりで、ぐいぐい惹き つけられました。 こういう不思議な読後感は、初体験です。 冒頭、「テーブル泥棒」で、、敬虔なユダヤ教徒の祖母が、制服を着た警察官に 象徴される法と国家の権威より、自らの信心を優先させ、罪人を許した上、救いの手を差し 伸べる。 この幼少

        村上春樹「街とその不確かな壁」

        • 「生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」(紀貫之『古今和歌集』あるいは、坂本龍一さんによって解き放たれた五感)

        • 坂本龍一は死なない

        • 「アントンが飛ばした鳩」を読む

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        • 2019 北欧旅
          14本

        記事

          藤井風のライブ配信開始

          Netflixにて3/10より藤井風のライブが、満を持して世界同時配信開始。 岡山県の片田舎のYouTuberだったピアノ中学生が、25歳に成長し、Divide(分断)/孤独ではなく、Unite(統合)/愛を唱える世界観を真っ正面から打ち出し、大いなる歓声で今、世界中から迎えられている。 近ごろ完全に「風にノっている」妻は「ジョンレノンの再来」と評した。 確かにこれは間違いなく事件だ。作詞作曲ダンス演奏そしてシンガー。WBCの大谷翔平の二刀流もすごいし、ヌートバーのペッ

          藤井風のライブ配信開始

          切り株

          日曜日のランニングは、海峡の人道トンネルを抜ける門司港を目指した。自宅から海峡までは、最短ルートでなく、走行距離を稼ぐため、下関駅周辺の市街地を抜ける廻り道のルートを選んだ。 道中、国道やバイパス沿い、終始人の目に触れる場所では、表面的に化粧を施されたような造成地の真新しい建材が、多少は目にはいる。 しかし、一歩路地に入ると、半世紀前に僕が生まれた頃の街並みのまま、時が停まっている。看板一つ動かされていないのではないかと、勘ぐりたくなるほど、ただ、年月だけが重ねられ、すべ

          切り株

          スウェーデンからの訪問者

          今宵は、明後日に娘と一緒にスウェーデンに帰国するボーイフレンドと、ゆっくり食事をとる最後の機会だった。週末、一緒にドライブで立ち寄った酒蔵、大嶺酒造のフレッシュな酒瓶の封を切った。 優しい口当たりと甘い香りで、とても呑みやすい。下戸なのを忘れて、つい飲み過ぎた。 「娘のどんなところが、好きなんだい?」と彼に質問。 ”Funny!”と即答。そして、「個性的な動き方や仕草」と続け、最後に” Cute ! “といってニコリと笑った。 妻が、それって、『ゆるキャラ』に使われる

          スウェーデンからの訪問者

          ゴットランドで生きる

          昨夜、久しぶりにバルト海の孤島、スウェーデンのゴットランド島にいる娘とLINEで話した。 スウェーデンでは最も南に位置し中世の街並みが残る観光地とはいえ、北緯57度は、アラスカの南端とほぼ同じ。10月の今頃は、すでに日照時間はかなり短くなっている。 現在、サンボビザ申請中(結婚はしていないけれどsweden人と一緒に住んでいるパートナー「サンボ」(sambo)審査結果待ち)で、認定されるかドキドキしている。 一つ年下のパートナーは、ポテト農家のせがれ。2年前、ハート型の

          ゴットランドで生きる

          黒田征太郎x柴田元幸@テラノダイドコ

          ある日、中学生が、あつまって、ただ料理と食事の楽しさを共有したいという一心で、「テラノダイドコ」という広場(フィールド)をつくった。 そして、仲間と広場に大好きな楽器を持ち寄ってメロディーを奏ではじめた。 すると、ある日、やばい翻訳家とぶっ飛んだイラストレーターがやってきた。 翻訳家は、ボーカリスト。ときには語りかけるように、ときには絶叫するようにスウィフト、ポール・オースター、エドワード・ゴーリー、イヌイット、スティーヴン・ミルハウザーの愛してやまない歌を次々と歌いあ

          黒田征太郎x柴田元幸@テラノダイドコ

          「コーヒーと少年」

          夕方、ルーティンのランニングとEV車のバッテリー充電を終えると、コーヒーボーイへ向かった。ようやく見つけた駐車スペースに車を停め、滑り込むように入店した。 バレンタイン・セールの最終日、休日のカフェは、コーヒードリップ教室終了直後のタイミングと重なり、満員の来客でごった返していた。 並んだコーヒー豆棚前で戸惑っていると、顔馴染みの店員、パクさんがカウンターから出てきてくれた。ロースト柔らかめ、バランスのいい豆について、試飲も交えたアドバイスをしていただき、いつもと違う3種

          「コーヒーと少年」

          韓国文学の中心にあるもの

          斎藤真理子「韓国文学の中心にあるもの」。 出版日に届き、一晩で読み切ってはや2ヶ月以上経つが、いまだ読後の余熱のなかにいる。これまで韓国文学はほとんど読まずにきたが、この本で紹介されている作品一つ一つを順に手にとっている。 1945年以降の韓国現代史に対峙する。いつか日本人の誰かが取り組むべき課題を、膨大な量の韓国の「詩心」と向き合ってこられた翻訳家、斎藤真理子さんの筆致で、韓国文学を通じて成されたことはとても幸運だったとおもう。 その卓越したガイドで、「広場」に立つ文

          韓国文学の中心にあるもの

          「ドライブ・マイ・カー」と「分人」と

          アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した、濱口竜介監督の映画「ドライブ・マイ・カー」で描かれていたのは、作家・平野啓一郎氏の「分人」の世界だった。 平野氏の「分人(dividual)」は、人間を「個人(individual)」から解放する思想だ。 「個人」(individual)は、もともと、それ以上分割出来ないという意味。その成立は西洋近代社会の一神教に由来し、一なる神と対峙する一なる人間を最小単位として「個人」を定義づける。 だが、現実には、対話する他者、あるいは対面し

          「ドライブ・マイ・カー」と「分人」と

          Monkey

          新しいMonkeyが届いた。最近やたら「眉間にしわ寄せ人生本」ばかりに囲まれていたので、ホッとする。 1ページ、1ページにこれほどまで作り手の愛着を感じる雑誌はない。 編集長の柴田元幸さんは、エッヘン東大名誉教授である。英語翻訳の権威で、村上春樹さんの翻訳の師範代である。 でも、東京の下町育ち、引きこもりがちなロック好き少年の匂いが今でもする。紛れもない優等生だけど、底抜けに世界を愛している「モノホンの文学者」なので、劣等生の気持ちも死ぬほどわかる。 翻訳家は、日本の

          君の傍らにあるもう一つの世界

           先週の土曜夕方、仕事帰り。スーパーの駐車場で妻の買い物を車内で待つ。テレビのスイッチを入れ、TBS「報道特集」を観る。昨年からコロナ禍の日本で、10代、20代の若者の自殺が20%増加したニュースが流れる。 紹介されたのは、関西で育ち地元の大学を卒業した22歳の男性のケース。今春、なんとか就職を決めた埼玉のIT関連会社の寮に転居。両親も車で一緒に実家から荷物を運び、引っ越しを手伝う。帰り際、いつもは、ツンケンしている息子が、「遠くまで本当にありがとう」と照れくさそうに謝辞を

          君の傍らにあるもう一つの世界

          多様性と普遍性

          2018年秋、こまばアゴラ劇場で、ISEP所長の飯田哲也さんと劇団青年団「ソウル市民」「ソウル市民1919」の連続公演を観劇した。 オリザ作品は、開場して観客が入場する段階で、すでに舞台では演劇がはじまっている。出演者が寝そべったり、あくびをするプロローグのような最初の短いシーンが、開演時間までリピートで演じられている。 しかも、こまばアゴラ劇場は、舞台と客席の間には段差がなく、小さな空間に膝を曲げた観客が、互いの肩を寄せ合って、舞台を囲んで鑑賞する丸く包み込まれるような

          多様性と普遍性

          「さらば愛しきアウトロー」と晩年のカント

          映画「さらば愛しきアウトロー」をAmazon Prime Videoでみる。いい作品だった。 ストーリーは実話に基づいている。ロバートレッドフォードが主演の銀行強盗役を演じる。1930年代の少年時代から、1980年代高齢にいたるまで数え切れない窃盗や強盗を犯し、収監されるがそのたびに脱獄を繰り返した一人の男の物語。 一方で、追いかける40才なりたての刑事を演じるのは、ケイシー・アフレック。いつも悶々と憂鬱な表情の役柄が多いが、この作品でも人生の下り坂の始まりに、日々、憂鬱

          「さらば愛しきアウトロー」と晩年のカント