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現実におもいっきりブン殴られた気分になった映画の話

千代田線に乗ってから、しばらく経った。

この雨で湿気がすごくて、バスケをやっていたときの名残で、膝あたりが痛くなる。我慢できない痛みではないから放っておくけど、気持ちよくはない。

仕事の合間に見たニュースで、田辺聖子が亡くなったことを知った。そうか、そうだよな。

田辺聖子と聞くと、あの映画を思い出す。『ジョゼと虎と魚たち』。劇場で観たくて、わざわざ渋谷まで茨城から観に行ったっけ。今は亡きパルコの映画館に(懐かしい)。

当時、一足早く大学受験を終えて、友達はみんな受験真っ最中だったから暇すぎたのも理由の一つだけど、映画観に茨城から渋谷行くって、今となっては、もはやバカとしか思えない。

当時から邦画ばかりをレンタルで観ていた俺。でも、この映画の終わり方の衝撃はなかなか忘れられなかった。

現実を叩きつけられたような、あの感じ。映画にもともと理想を求めてもいなかったけど、あんな、観てるだけなのに、現実におもいっきりブン殴られた気分になった映画を、あのとき、もうすぐ高校生じゃなくなる頃に、初めて観た。

なんなら田んぼだらけの田舎から電車に揺られて大都会に忍び込んで、そんな映画を観て帰るって。我ながらのマゾ具合に、今更ながら少しビビる。

でも、なんというか、ちゃんと言葉にならなかったけど、

そうだよね、うん、そうだよ。

って。なんか、すごく思ったことを覚えている。この映画の妻夫木聡を責める気にはなれない。上野樹里を責めるのも違う。そして、池脇千鶴に同情するのもなんかおかしいのかもしれない(今は同情するのは絶対違うと思ってる)。

淡々とこの映画の終わりに流れてたような気がする、くるりの『ハイウェイ』。田辺聖子の訃報を目にしたあたりから、今日は頭の中でずっとこの曲が流れてる。

旅に出る理由は、最初はたくさんあったはずなんだけど、よくよく考えると、そんな理由どこにもなかった。

生きることもそんな気もするっちゃあ、する。なんなら、生きる意味は生きてきた後にできる気もする。

人生なんて、節目節目、全部がハッピーエンドで結べるとは限らない。バットエンドで迎えた節目だってある。でも、それは悪いことなのか。そうでもないはず。うん、そうではないはず。

バットエンドを経験して、それを帳消しにするハッピーエンドを目指したりもするし、その目指そうって思うことが、生きる意味と化していたりもするんじゃなかろうか。なんて。

無理矢理に生きる意味なんか作んなくたって、勝手にできてくるんだよ。きっと。

さぁ。千代田線とサヨナラするタイミング。

ご冥福をお祈り申し上げます。
そして、『ジョゼと虎と魚たち』は素敵な映画です。

#日記 #コラム #エッセイ
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