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チェスワフ・ミウォッシュ詩集『世界』の仕掛け人とワルシャワで会う!

所用でポーランドのワルシャワに来ている。

ポーランドは僕にとって詩人の国だ。何よりもまずAdam Zagajewskiが思い浮かぶ。はじめてこの国を訪れたとき、ワルシャワ中央駅近くの書店でジャケ買いした彼の英訳詩集を、クラクフまでの車中で読んですっかり好きになった。

クラクフといえばシンボルスカだ。憧れのAdam Zagajewskiとある詩祭で一緒になったとき、彼もまたクラクフに住んでいてシンボルスカと時々会っているという話を聞いてからは、ノーベル賞詩人というレッテルが剥がれてひとりの詩人として身近に感じられるようになった。

そのシンボルスカの生涯最後の朗読に立ち合うことができたのは、スラブ文学者の沼野充義さんとポーランドの国民的詩人チェスワフ・ミウォシュのおかげである。2011年ポーランド全土にわたって開かれた大規模なミウォシュ生誕100年祭に、沼野さんが僕を誘ってくださったのだ。

普段人前に姿を現すことのないシンボルスカが朗読をするらしいというので、クラクフの教会にはTVクルーをはじめ大勢の人々がつめかけた。ところが中ではまだミサが行われていて、それが終わったとたん中へ入ろうとする文学愛好者たちと、外へ出ようとする敬虔な信者たちがぶつかり合い混ざり合ってちょっとした混乱になった。最前列を与えられている沼野さんが手招きしてくださらなかったら、僕はそこへ入ってゆく気力をなくしていただろう。

ところが僕の後ろから猛然と人波を掻き分けてやってきた細身の男がいた。それがなんとアイルランドの詩人デニス・オドリスコルだった。彼は僕が兄貴分のように感じている旧知の詩人で、中学を卒業してからずっとダブリンの税関局で働き続けながら詩を書き、アンソロジーを編み、シンボルスカを初めとする東欧の詩人たちを翻訳し、そして詩と仰ぐ先輩詩人ヒーニーとの分厚いインタビュー集を出す、まさに詩に取り憑かれたひとだった。

もうすぐ引退して、そしたら年金で暮らしながら思う存分詩が読める、書けるといっていたのに、その翌年のクリスマスイブの夜に急死してしまった。僕が見た彼の最後の姿は、シンボルスカの朗読会が終わって教会の祭壇にいる彼女のもとへ聴衆がつめかける、その人ごみに飛び込むようにして遠ざかってゆく痩せた背中だ。僕は外へ出てビールでも飲もうよと誘ったのだが、彼はどうしてもシンボルスカと言葉を交わしたいんだ、ごめんと泣きそうな笑顔を浮かべたものだ。それがいまだに目に焼きついている。

それから何年かたって、ミウォッシュの詩集『世界』が僕の手元に届いた。それもまた沼野さんのご配慮だったと聞いている。そういう縁で「現代詩手帖」2016年7月号に掲載されることになった書評が下記のものである。

この素晴らしい詩集を訳したのは、つかだみちこさんと石原耒。つかださんは、ポーランドの女性詩人Urszula Koziol (コジォウと発音するようだ)に紹介してもらって、いっしょにAdam Zagajewskiの詩を訳したこともあるのだが、もうひとりの訳者、いしはら・るいとは何者なのか?

どうやらワルシャワに住んでいる舞踏家らしいというのだが、それ以上のことはわからない。書評が掲載されてからも、しばらくの間つかださんのお手元には届かなかったようで、つかださん経由で本人からメールを貰ったのは今年になってからだった。でもそれも礼儀正しく短い文面で、相変わらず正体は不明なのだった。

そこへたまたま今回の所用である。僕はさっそく石原耒氏に連絡をとり、到着した日の夕方ワルシャワ市内で会うことにした。若いのか、中年なのか、もしかしたらもう何十年もこの地に住んでいる伝説の老舞踏家だったりして。そもそも男なのか女なのかもわからない。たしかなことは日本人であるということだけ。

目の前に現れたのは若々しい男だった。長身でひげ面、頭のうしろで短いちょんまげを結っていて、白い歯が眩しい。そのまま幕末の若い藩士の役で映画に出られそうな感じだった。

ホテルの近くまで出てきてくれて、ピザを食べながら話をした。彼がやっているのは舞踏ではなく、ダンスなのだったが、そもそもダンスを始めたきっかけ、日本を出てきた理由、そのあと現在にいたるまでのワルシャワ暮らしの様子など、話はつきない。ミウォッシュの詩集『世界』に出会い、それを日本語に訳そうと思い立ったきっかけは、やはり2011年のミウォシュ祭だったという。あの時どこかで僕らはすれ違っていたかもしれないのだ。

最近僕はベルリンで音楽をやっているひとや、ミュンヘンで芝居を作っているひとや、漫画を描きながら理想の地を求めてウィーンやベルリンをさまよっているひとと知り合いになった。いずれも日本人である。いつかどこかで一堂に会していっぱいやろうと、再会を約束して別れた。詩で触れ合う他生の縁。ヨーロッパでのネットワークができればいいなと思っている。



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四元康祐

詩人、小説も少々。でも本当に好きなのは写真? このホームページは現代詩の批評フォーラム Japan Poetry Review (jpr) と連動し、その一部をご紹介するとともに、現代詩以外の話題も取り上げています。jpr へはこちらから。 https://note.mu/jpr

噤みの午後 Diary

「噤みの午後日記」の続編。ただし身辺雑記厳禁。
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