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世界を繋ぐふたつの書店:Traga Mundosとワールドエンズ・ガーデン

先月、復活祭のさなかにポルトを訪れた。ポルトガルの北部の古都である。

(ポルトの町の様子はこちらから↓)
https://note.mu/eyepoet/n/n5a22350d3f8b

本当の目的地は、スペイン・ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラだったのだが、地図を見るとそれほど遠くないようなので、寄り道することにした。街自体もさることながら、会いたい人がいたのだ。

そのひとりが、アントニオ・アルベルト・アルヴェス(Antonio Alberto Alves)だった。昨年秋ガリシアの詩祭で出会った男で、ポルト近くの町で本屋を営んでいるという。詩祭にも、ライトバンにどっさりと本を積み込んでやって来て、会場の一角で即売会を開いていた。なんとなくその佇まい(つまり書物と、アントニオそのひと両方の)から、小さけれども厳選された本だけを揃えた個人書店が想像された。書店の名前はTraga Mundos、調べてみるとBring Worlds、「世界を運んでくる」というような意味らしい。

ポルトに着いたその日、バスターミナルで町の名を告げた。Vila Real。チケット買って驚いた。なんと90分もかかるではないか。慌てて地図を調べるとちょうど100キロ離れている。「近く」とは極めて相対的な概念なのだった。

日暮れ時にようやくたどり着くと、アントニオがひとりぽつねんと店番をしていた。ほかに客はいなかった。というか、Real Vilaの町自体がひっそりとしていた。だがTraga Mundosそのものは、想像以上に個性的な書店だった。


思った通り書籍はもっぱら詩集、エッセイ、写真集、そして子供の本。ベストセラーや雑誌の類は置いていない。その代わり、ワインがある、オリーブ油がある、石鹸がある、毛糸で編んだ子供のカーディガンや手袋がある。どれもこの町に住むアントニオの友人たちが作ったものだという。そればかりか、籠があり陶器があり時代ものの箕がある。壁にはイランからの留学生が描いたという絵が掛かっている。

これはもはや書店ではない、アントニオの個人博物館だ。実際、彼は若い頃からドイツやアフリカに住み着いては、その土地の民芸品を集めては実家に送り続け、膨大なコレクションを作り上げて来たという。なるほど、世界を運んできたのは、アントニオその人だったわけだ。

売り物のひとつにマスクがあった。いかにも呪詛的というか、カーニバルで使われるようなものだった。聞けばこの土地の風習で、クリスマスの後から年明けまでの期間、独身の男たちは、女の子を追っかけるなり、勝手に店に入って飲み食いするなり、好き放題に振る舞うことが許されている。その時に被るマスクだという(下の写真はお土産に貰ったミニチュアです)。

話しているうちにアントニオは店の奥から、彼自身が若い頃身にまとったマスクと衣装を引っ張り出してきて、僕に着せてくれるのだった。↓
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2331176527198189&set=a.1416243648691486&type=3&theater

愉しい時を過ごしながら、僕は地球の裏側にある、もうひとつの個人書店を思い出していた。考えてみればその店の名にも「世界」が入っている。但しこちらは世界の終わりの庭、「ワールドエンズ・ガーデン」。神戸の灘にある本屋さんだ。「古本屋」を名乗っているが、新刊本も取り扱っている。

去年の暮れ、僕はここで新刊の小説のイベントさせて貰ったのだ。当日は残念ながら名物店長の猫はいなかったが、代わりに人間店長の小沢さんが、あっという間に店内の机やソファやベッド(そう、なんとこの店にはベッドがあって、立ち読みならぬ寝読みが出来るのだ!)の配置を変えて、和気あいあいとした空間を作り出してくださった。おまけに「出張バーテンダー」の娘さんが各種酒瓶を抱えてやってきて、その場でいろんなカクテルが飲めるという心尽くしも。

ふたりの話を聞けば聞くほど、本離れ、キンドル隆盛のこの時代に、ひとりで書店を切り盛りしてゆくのは大変なことだと痛感する。でもそれだけに、アントニオや小沢さんが作り上げた空間は、かけがえのない好奇心と想像力の王国だ。それは限りなく私的でありながら、国境を超えた人類の普遍性に達している。ふたつの書店が、揃って「世界」という語を店名に含めていることは、決して偶然ではないだろう。

PS1 僕は「Traga Mundos」と「ワールドエンズ・ガーデン」の両方に足を運んだ極めて稀な人間だと思うが、もうひとり、その二つの世界に触れた男がいる。ガブリエル・アルヴァレス・マルティネス、通称GAM君。彼は僕の小説『偽詩人の世にも奇妙な栄光』をガリシア語に訳してくれたのだが、実は神戸大学に留学していたことがあり、「ワールドエンズ・ガーデン」の常連客だったそうだ。その彼は、去年秋の詩祭でアントニオとも会い、「Traga Mundos」のレジのそばには、さりげなく彼の訳書が置かれていたのだった。

PS2 この翌々日、僕はポルトからバスに乗り、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ移動した。そこからいわゆるCamino de Santiagoの最後の行程90キロを歩くためである。終着点は、大西洋に突き出した岬の先で、その名を Finisterre。文字通り、ワールド(Terre)エンズ(Fini)なのである。どうやらこのあたり、奇妙な符合が幾重にも絡まりあうパワースポットであるらしい。

(Caminoのフォトエッセイはこちらから↓)
https://note.mu/eyepoet/n/n6871ae1a73ac


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