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共有結晶とわたし、とこれから

活動の一区切りとなったBL短歌合同誌「共有結晶Vol.4」が発行されて4か月、発行に伴うもろもろが落ち着いてきて、といっても今回本当に大したことはしていないので、落ち着いたもなにも、というかんじだけど、少しいままでのことを書いておこうかな、という気持ちになったので書き始めてみる。

わたしが共有結晶に関わるようになったのはVol.2からで、そのときから進捗管理をやっている。といっても任命されたわけではなく、スケジュール管理や制作依頼するための台割を作るひとがいなかったのであわててやり始めた、というのが近い。たまたま普段の仕事がそれに近しいことをしていたのもあって、制作を進めていくのが苦ではなかったのもある。

編集もやってたでしょ、と言われることもある。けれど、わたしがやっていたのは編集や企画を考える行為というよりも、会議のファシリテーションに近い。参加者の発言を促したり、今日はここだけは決めないといけません、これは次回にまわしましょう、とかそういう。Vol.2でもVol.3でも自分の意見を言わなかったわけではないし、本はきちんと仕上がった。けれど自分の行為が本に残ったわけじゃないと思っている。多くは流れてしまって留めておけなかったと感じて、ずっと、ほんの少しだけかなしいような気持ちだった。
進捗管理は目には見えづらい仕事だ。ものづくりの一連のなかにあるのに掲載される作品やデザインのように他者に手渡せる種類のものではない。最初に引いたスケジュール通りに進んでいるか、スケジュールの調整が必要なところはないか。本づくりの場面ではそれを追いかけ、発刊後に何かトラブルがあれば頭を下げるのも仕事のひとつだった。誰が悪いとかいう話ではなく、仕方なかったことがたくさんあったと思う。だけど、Vol.3を出し終わったあとはへとへとで、本当にへとへとで、ああもうこんなことはできない、と思った。

だからVol.4が出たのはわたしにとってはご褒美みたいなものだった。別冊は作れても本誌はもう作れないと思っていたから。
柳川さんが代表編集にたってくれ、わたしは一番ゆるやかな気持ちで進行を見守り、いくつもの要望を伝えることができた。それはVol.4に至るまでに、毎月なんとなく集まっておしゃべりしつづけたことも関係していると思う。とうらぶを発端として歴史認識の勉強をするところからはじまって、途中、穂崎さんが「二次創作短歌の本をつくりたいんですけど」と企画を持ってきて別冊を作ったりもして。Vol.4には、そういった一連のことが留まっていてくれているようにおもってうれしい。

そしていまになって思えば、柳川さんと砂漠谷さんといっしょにシェアオフィスという場を設けられたのもよかったんだなと思う。本の在庫や会計といったものをわたしは家に持ち続けていて、データとしての共有はしても誰かと物質として共有するということがなかった。誰かに一部を持ってもらうことがこんなに助けになるんだなと感じている。

あと、短歌との仲たがいについて。
ずっと自分のなかで落としどころを探していて、この1年、短歌の教室にも通ってみたりしていた。当然変化はあって、短歌を作り、読む。その一連の行為のなかで、短歌の世界へ感じていた憎しみのようなものも、すっかりと言い切れないまでもだいぶ払拭された。BL短歌という場も、わたしにとってはもう戦う場ではなくなった。きちんと遊び場としてのBL短歌が手元に戻ってきていると思うし、わたしはわたしの場を大事にしようという気持ちも生まれて、4月からはしばらく短歌の教室のほうはお休みする予定だ。

6年という時間の経過を考えれば、当時の自分自身の異性愛規範に対するカウンターもすでに遠くになりにけり、というかんじもあって、シスジェンダーかつヘテロセクシュアルのふりをして発言しなくてもよくなった。カウンターするときでさえ、わたしは世間からはじかれないように自分を整えなければならなかった、と思うと、なんてねじれた姿で抗議していたのだろう。

こうやっていろんなものが、少しずつ過去になりつつある。
きっと完全に過ぎ去ってしまったらもう書けないから、いま書き残しておく。なんてことはないらくがきのような、おわりそうで、おわらない、これからのはなしです。


さいごに。読んでほしいな、Vol.4!笑



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平田有

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