人は、自分の見たいものしか見えていない。

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朝、瞑想をしていると
さっきまで聞こえていなかった音が
ふいに聞こえてくることがある。

たぶん何か考えごとをしていて
そこから、ふっと意識が外に向いたときに
起こるのだと思うのだけど、
例えば、サーキュレーターの回る音、
隣の家の室外機の音、
時計の秒針の音が
ふいに耳に飛び込んで来る。

さっきまで聞こえていなかったけど
確実にずっと鳴っていたであろう音。

意識を向けない間は、
私の中では確実に「ない」ものと
されていた訳で、聞きたくない音、
聞く必要のない音を
勝手にシャットアウトしていた、
ということだ。

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人は、自分の見たいものしか見えていない。

ライター 江角悠子

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京都くらしの編集室

京都に住むフリーライター江角悠子の日々のつれづれを記録していきます。日々考えたことや人生の気付き、仕事についてのメモ。ブログには書けない本音をつづっています。購読初月は無料です!
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